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箱庭と猫 第二部 ―聖霊の試練編― 下  作者: 山本陽之介
第3章 霹靂ヲ裂ク

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第28話 阿吽の瞳

 ベル歴995年、氷の月12日。


 ガルズ湖の東岸、湖畔から高台へ向けて三段のテラス状に広がる水門都市アルステラ。


 水際には重厚な花崗岩の防壁が聳え、『紫電の水門(ヴォルタ・ゲート)』から走る青紫の放電光が、蒼く静まり返った水面を不規則に照らし出している。


 石畳の坂道にはテラコッタ瓦の屋根が連なり、ジャカランダの木陰や水仙の花々が湖風にそよぐなか、その坂を上り詰めた高台に、街と湖の水平線を一望するアルステラ大聖堂が静かに佇んでいた。


 大理石の両開き扉がゆっくりと開かれると、そこには大聖堂の長たる大司教ゴンサロ・ナルシソを筆頭に、聖職者たちが揃って待っていた。


 随行してきたイザベラ率いる花の騎士団と雷鳴騎士団長アルベルトらは、聖堂の定めに従って扉の外に整列し、そこで待機する。


 大聖堂へ足を踏み入れることを許されたのは、王とアーロン侯爵、聖女シルビア、そして彼女の護衛の者たちだけであった。


 鋭い銀髭を蓄え、背筋の伸びた、白銀と黄金の刺繍が走る典礼法衣を纏った老司教ゴンサロは、胸に静かに手を当て、自国の王アントニオへ粛々と最敬礼を捧げる。


「……ようこそお越しくださいました、アントニオ陛下。それにアーロン侯爵閣下。騎士国の王たる御身と、ご同行の皆様を無事にお迎えできましたこと、至高の誉れにございます」


 その声に浮ついた感情や取り乱した気配はなく、長年この大聖堂を預かり守り続けてきた者だけが持つ、静かな重みと厳かな気品が宿っていた。


 名を呼ばれたアーロン侯爵は、無言のまま静かに目礼を返す。


 アントニオ王が静かに応じる。


「出迎え感謝する、ゴンサロ大司教」


 そう告げると、王は半歩だけ身を引き、背後に控えていた少女へ静かに手を向けた。


「紹介しよう。……聖女シルビア殿だ」


 シルビアが一歩前へ進み出て、胸の前で両手を重ね、丁寧に頭を下げる。


「バーディア聖王国スワン伯爵家が三女、シルビア・スワンと申します。突然の訪問となりましたこと、お詫び申し上げます」


 大司教の背後に控えていた聖職者たちの間に、さざ波のようなざわめきが走った。ゴンサロ大司教もまた目を見開き、ゆっくりと深く腰を折る。


「聖女様……。お目にかかれて、光栄に存じます」

「彼らは、シルビア殿の護衛として同行している」


 王の言葉を受けて、残る三人が順に前へ出た。


「マロニーなのです!よろしくお願いするのです!」


 小柄な少女が、ぴんと背筋を伸ばして元気よく頭を下げ、その隣でリエリーが優雅にスカートの裾をつまんで膝を折る。


「リエリーと申します。お見知りおきくださいませ」


 最後に、グレーのコートの襟元に丸いレンズのゴーグルを提げた銀髪の青年が、飄々としながらも折り目正しい所作で一礼した。


「レオ・クロースと申します」


 その名を耳にして、ゴンサロ大司教がわずかに眉を上げ、何かに思い当たったように、ほんの一瞬だけ言葉を止めた。


「クロース……。もしや、オスヴァルト様の」

「ええ、息子です。父がいつもお世話になってます」

「ということは、アメリア様の甥御様で……」

「はい。伯母もお世話になってます」


 紫電の水門の整備のため、クロース家の者は父オスヴァルトや先代たちの代から、折に触れてこの地を訪れている。聖職者たちの間にも、控えめなざわめきが静かに広がった。


「失礼いたしました。お父上にご挨拶したおりの面影が、どことなくおありでしたので」


 かねてよりエナドを通じて、聖猫たちの主がレオであるとは伝え聞いていた。その本人を目にするのは、これが初めてであったが、ゴンサロ大司教の視線は、そこでふとレオの傍らに並ぶ二人の少女へと移った。


「もしや、そのお二方は」

「ええ」


 短い肯定に、大司教はすべてを察したように静かに息を呑み、レオへ、そして二人の少女へと、今度は深々と腰を折った。マロニーが得意げに胸を張り、リエリーが微笑んで会釈を返す。


 それから大司教は、一同へ改めて胸に手を当てた。


「アルステラ大聖堂の大司教、ゴンサロ・ナルシソにございます。遠路はるばるのご来訪、心より歓迎いたします。もしや、水門巡礼でございますか?」

「ああ、それもそうなのだが……」


 アントニオ王はそこで一度言葉を切ると、声を低く落として続けた。


「……大司教、唐突な問いで申し訳ないのだが、この大聖堂に鏡はどれほどあるか?」

「鏡?……ですか」


 ゴンサロ大司教は一瞬だけ意図を測りかねて微かな疑問を覗かせたものの、すぐに居住まいを正し、恭しく頭を垂れた。


「儀礼用や装飾用のものが、回廊や控室に幾つかございますが……」

「案内してもらえるか」

「承知いたしました。どうぞこちらへ」


 大司教の先導で、一行はステンドグラスの色彩が床に淡く落ちる回廊へと進み、壁際に据えられた飾鏡の前に辿り着いた。


「レオ殿、たのむ」

「ええ」


 短く応じたレオは、鏡の前に進み出て両手をかざし、時空属性のマナを視覚回路と精神へ集中させる。


「≪ディセリア≫」


 第五位階時空属性鑑識魔法が発動し、空間に刻まれた過去の痕跡や位相の歪みを読み解く術式が淡い光となって広がると、情報の奔流がレオの脳裏へなだれ込んだ。


 こめかみの奥を鈍痛が走り、レオは奥歯を噛み締めて表情を保つ。しかし、磨き上げられた鏡面の奥からは、大罪魔法の反応も二人の魂の波長も、ひと筋として検出されなかった。


 レオが静かに手を下ろす。


「……違いますね。これらの鏡ではありません」

「……では、二人はどこにいる」


 アントニオ王の声が、わずかに低くなった。


「少々お待ちを」


 レオはこめかみを指先でそっと押さえ、痛みを押し殺しながら、≪ディセリア≫の解析波長を大聖堂全体へと押し広げる。


≪エンヴィー・ミラー≫の干渉波長を辿って突き止めた先は、この大聖堂である。


 本来なら世界のどこかの鏡へランダムに飛ばされ、失われるはずだった二人の波長が留まっている「引き込みの接合点」を、レオは無数のマナの糸の中から手繰り寄せていった。


「……マナの波長が強力に収束している場所は……この回廊の鏡じゃない。――もっと奥ですね」

「大祭壇か」


 その言葉に導かれ、アントニオ王と一行、そしてゴンサロ大司教たちは、静寂に沈む大聖堂の最奥、聖なる大祭壇へと駆け込んだ。


 燭台の炎が揺れる薄闇の中、祭壇の正面には雷の大聖霊グロムティルを象った巨大な聖像が鎮座し、その左右には、鏡写しのように向き合う二体の威容が立ちはだかっている。阿吽の双像が、揺らめく灯りの下に厳かな影を落としていた。


 シルビアが二体の像を見上げ、戸惑いを滲ませて問いかける。


「この像は……」


 アントニオ王が像を見据えたまま、低く答えた。


「……グロムティル様の固有魔法《オリジン》、≪金剛仁王《ツイン・フルグル》≫で生成した白雷と黄雷を模した像だ」

「グロムティル様の固有魔法《オリジン》……」

「そ。あの口を開けた白いのが白雷で、口を閉じた黄色いのが黄雷だよ」


 レオは何気ない口調でそう言いながら、ふと二体の像の瞳に視線を滑らせ、そこでぴたりと動きを止めた。


 やがて、感心とも呆れともつかない息を小さく漏らす。


「……こんな場所に引き寄せられてたのか」


≪ディセリア≫が捉えた強烈な位相反応は、姿見の類ではなく、職人が磨き上げた二体の像の「瞳」――特殊な鏡面鉱石『瞳鏡』から放たれていたのだ。


 レオの感覚には、向かって左手、口を開いた阿形の『白雷像』の瞳鏡に、眠たげな目をした幼い雷の聖猫エクレア――クレアの姿が、右手、一文字に口を結んだ吽形の『黄雷像』の瞳鏡に、走査端末を抱えたまま静かに身を寄せるアメリア・ヒラソルの姿が、はっきりと映っていた。


「……見つけました。二人とも、あの像の瞳の中です」


 アントニオ王とアーロン侯爵が息を呑み、揃って一歩、祭壇へ踏み出す。


 レオは瞳鏡に絡みつく術式の接合面を鋭く解析しながら、小さく呟いた。


「……罠にしては、妙に綺麗に留まってるな」


 やがて顔を上げると、固唾を呑んで見守る一同へ向き直り、静かに告げた。


「……本来なら、どこか遠くの鏡へ飛ばされていたはずなんです。それがこの瞳鏡の中に留まっている。理由はともかく、そのおかげで、二人の精神は無傷です」


 安堵の息が漏れかけた一同を制するように、レオは再び瞳鏡へ視線を落とし、声の調子をわずかに引き締めた。


「ですが、強引に像や鏡を壊せば位相の歪みが破断し、次元の隙間へ散逸して消滅する二重トラップ……所謂、フェイル・セーフのような仕組みは活きていますね。これは、精密に『分離』する必要がありますよ」


 アントニオ王が身を乗り出す。


「レオ殿。手立てはあるのか」

「ええ。これを使います」


 レオは懐へ手を入れ、掌に収まるほどの小さな鍵を取り出した。蝋燭の灯を受けて、細い鍵身が淡く白い光を返す。


「それは?」


 アントニオ王が短く問う。


「【ラクスコネクト試作型一号】です。箱庭への扉を開く【ベルコネクト】の仕組みを応用して、この数日のあいだに組み上げました」


 レオは鍵を指先で軽く弄びながら、あっさりと続けた。


「扉を開く代わりに、絡まった術式の接合を一本ずつ解いていく道具だと思ってください。ただ、解く瞬間は二つの像と鏡が同時でないといけません。片方だけ先に外れれば、残った側が引っ張られて破断します」


 そこで一度言葉を切り、レオは一同の顔を見渡した。


「だから、手が要ります」


 そう答えると、レオは仲間たちへ次々と指示を飛ばす。


「マロン。地のマナが揺れると位相がぶれる。白雷と黄雷の像の足元……接地《アース》のラインを地の力で固定し、像と大地のマナ循環を完全な平衡状態に保ってほしい」

「はい!なのです!」


 マロニーが両の掌を石床にぴたりと押し当てると、重厚な地のマナが波紋となって広がり、双像の基部を地殻のエネルギーでしっかりと支え込んだ。


「リゼは、上空の屈折率を固定して、光と空気の散乱を防いでくれ。接合面を読み違えたくない」

「承知いたしましたわ、ご主人様」


 リエリーが風の薄膜を解き放つと、気圧が整えられ、像を包む光はこの上なく静かに凪いでいった。


「そして……アントニオ陛下。白雷と黄雷の像へ、ご自身の持つ雷の『第一位階の微弱な雷属性マナ』を流し込んでください。強すぎても弱すぎてもいけません。二体の像が放つ『阿吽の波長』を、完全に揃える触媒になってほしいのです」

「……引き受けた」


 アントニオ王は深く息を吸い、寸分の狂いもない出力制御で指先から繊細な雷光を紡ぎ出すと、二体の像の額へ静かに注ぎ込んだ。


 額に灯った微かな雷光が瞳鏡へと伝い、白雷像と黄雷像が小さく共鳴を始める。瞳鏡から放たれる青白い光が、二つの旋律が溶け合うように美しく調和していった。


「マロン、リゼ、それにアントニオ陛下。三人が揃って、ようやく二つの鏡が釣り合います。……そのまま、維持を」


 レオは首元のゴーグルを目元へ引き上げると、【ラクスコネクト】を正面に掲げ、チャクラ器官の熱エネルギーをマナ器官の時空属性マナへと重ね合わせる。


「よし、こんなもんかな。……ちょっと眩しいですよ」


 レオが鍵を瞳鏡の接合面へそっと差し入れ、半歩退いた。


 次の瞬間、鍵身から白い光が糸のように溢れ出し、黄雷像と白雷像の双眸を結んで、薄暗い大祭壇を昼間のように照らし上げる。


 一同が思わず目を細める中、レオだけが平然と光の中心に立ち、右手をかざした。


 第五位階時空属性魔法≪クロノ・リフラクト≫が静かに編み上げられ、絡まった術式の糸が一本、また一本と解け始める。


 その途中、黄雷像の瞳鏡の位相が、ぐらりと大きく揺らいだ。


 アントニオ王の指先の雷光が、一瞬だけ乱れる。


 王は奥歯を噛み締めて、出力を引き戻した。


「……問題ない。続けてくれ」


 阿吽の波長が、ふたたびぴたりと揃う。


「……ええ、その調子です」


 レオが静かに頷き、最後の一層を、時空の指先でつまみ上げた。


 パチン、と硬質な破砕音とともに、ジ・レヴォの呪縛が完全に断ち切られる。


 レオが【ラクスコネクト】を回した瞬間、空間にカチリと解錠音が響いた。


「おかえり」


 次の瞬間、白雷像と黄雷像の瞳から溢れ出した眩い光の粒子に包まれて、二つの影が現実世界へと滑らかに舞い降りた。


「きゃっ……!?」


 実体化したアメリア・ヒラソルの前へ、誰よりも早くアーロン侯爵が踏み出し、よろめく身体を両腕でしっかりと受け止める。


「アメリア……」

「あ……あなた……?わたし……ずっと、光の中にいたような……」


 アーロンの震える声に、アメリアは頭を押さえながらも、支えようとする夫の腕をやんわりと押し返し、しっかりと自分の足で立ち上がった。


「ア、ア、アメリア様?」


 思いがけない人物の出現に、ゴンサロ大司教が目を丸くして声を漏らす。


 アメリアはゴンサロ大司教へ軽く手を挙げて応えた。その傍らで、アーロンが彼女の顔を覗き込む。


「大丈夫かい?アメリア」

「ええ、ご覧のとおり無事よ。……それより、あなたこそ怪我はないの? まったく、無茶して」


 アーロンは言葉を継げないまま、彼女の無事を確かめるようにじっと見つめ、ようやく深く息を吐くと、アントニオ王へ向き直って頭を垂れた。


「陛下……。感謝の言葉もございません」


 アントニオ王は静かに首を横に振り、視線をレオへ向ける。


「礼を言う相手は、私ではない。……レオ殿だ」


 アーロンはレオの前へ進み出て、深く頭を下げた。


「……レオ殿。恩に着る」

「いえ、間に合ってよかったです」


 その傍らで、アメリアがそっと一歩前へ出る。


「レオ……」

「無事でよかったよ、アメリア伯母さん」

「ふふっ、どうりで、あの時エクレアちゃんが落ち着いていたわけね」

「ん?」

「なんでもないわ。ありがとね、レオ」

「なんだよ、気になるなあ」


 その傍らでは、白雷像の瞳から転がり出た幼い影――クレアが、空中でくるりと一回転すると、猫のようなしなやかさで身を低くして、軽やかに床へ着地していた。


 薄い金色の瞳がゆっくりと開き、そのまぶたの奥から、気高い青白の稲妻がぱちりと爆ぜる。


「ん……」

「エっちゃん――っ!」


 マロニーが勢いよく飛びつき、クレアをぎゅっと抱きしめる。


「無事だったのです! よかったのです!」


 マロニーは涙声のまま、クレアを力いっぱい抱き締めた。腕の中で小さな身体がもぞりと身じろぎする。


「ん……マロン、苦しい……」


 眠たげに薄く目を開いたクレアは、苦しいと言いながらも手を伸ばし、マロニーの頭をぽんぽんと撫でた。


 そのままゆっくりと顔を巡らせ、ぼんやりとした視線が見慣れた顔の上でぴたりと止まる。


「……あるじ」


 レオが歩み寄り、クレアの頭にぽんと手を置く。


「大丈夫か?」

「……ん。平気。あるじなら、来てくれるって……わかってたから」


 その声に怯えの色はひとつもなく、鏡の中にいた間も、ただ静かに、迎えの光を待っていたのだと伝わってくる。


 レオは口元をわずかに緩めると、撫でる手に少しだけ力を込めた。


「ははっ。そうだな」


 クレアは目を細めて、こくりと頷く。


 張り詰めていた空気がほどけ、大祭壇に温かな安堵の息が満ちていった。


 ステンドグラスを透かした午後の光が、白雷像と黄雷像の肩に淡い虹色の影を落とし、燭台の炎がやわらかく揺れている。


 マロニーは相変わらずクレアを抱きしめたまま離れず、その様子をリエリーが微笑ましげに見守り、シルビアは胸の前で両手を重ねて、静かに目を伏せていた。


 アメリアの肩には、アーロンの手がそっと置かれたままだった。彼女はその手へ視線を落とすと、呆れたように笑う。


「もう、大げさなんだから」


 アーロンは何も言えないまま、それでも手を離そうとはしなかった。


 ひとり状況が呑み込めずにいたゴンサロ大司教が、戸惑いを隠しきれないまま口を開いた。


「これは……――なにがあったので?」


 アントニオ王は、事の次第を手短に語って聞かせた。


 嫉妬のマオンであるジ・レヴォの大罪魔法で二人が鏡の中へ飛ばされかけたこと、レオの鑑識魔法によって、大祭壇の双像の瞳鏡に留まっていると突き止めたこと、そして二人を無事に救い出したことを、言葉少なに、けれど一つひとつ確かめるように。


 ゴンサロ大司教は驚きに目を見開いたまま黙って耳を傾け、やがて祭壇の双像へ向き直ると、深く頭を垂れた。


「……阿吽の像が、お二人を護ってくださったのやもしれませぬな」


 アントニオ王はその言葉に小さく頷き、ほんの微かに口元を緩めると、ゴンサロ大司教へ静かに向き直った。


「大司教。水門巡礼の支度を頼む」

「かしこまりました。……日取りは、いかがいたしましょう」

「五日後だ。民にも広く伝えてほしい。ラ・ヴェラの復興もあるが……ここは盛大にやりたい」

「盛大に、でございますか」

「ああ。国中に垂れ込めた鬱屈を、まとめて吹き飛ばしたい」


 その一言に込められた静かな決意を汲み取り、ゴンサロ大司教は深く頷いて胸に手を当てた。


「承知いたしました。アルステラの総力を挙げて、お迎えいたしましょう」

「それなら、巡礼に集まる人たちの宿が要りますよね」


 レオが目元のゴーグルを首元へ下ろし、気軽な調子で話に加わった。


「大司教、宿を建てられる広い土地は、アルステラに余っていませんか?」


 ゴンサロは銀の髭をゆるりと撫で、少し考えてから頷く。


「それならば、『紫電の水門(ヴォルタ・ゲート)』へ続く道程に、まだ大きな土地が残っております。巡礼の折にも、人の往き来の妨げにはなりますまい」

「助かります」


 レオはマロンのほうへ顔を向けた。


「マロン、ここアルステラに仮設の宿舎を建ててもらえるかい?」


 マロニーはエクレアを抱きしめていた腕をぱっと広げ、小さな胸をどんと叩いた。


「任せろなのです!」


 その元気な声が大聖堂の高い天井に弾むと、張り詰めていた聖職者たちの表情にも、ふっと笑みが広がっていく。


 ゴンサロ大司教が合図を送ると、聖職者たちが静かに、しかし迅速に動き出した。


 こうして一行はアルステラ大聖堂に数日間逗留し、巡礼の準備を進めながら、水門巡礼の五日後の開催を国民へ伝えることとなった。


 窓の外では、『紫電の水門』の放電光が、傾き始めた陽の下で、青紫の瞬きをひとつ返していた。

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