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箱庭と猫 第二部 ―聖霊の試練編― 下  作者: 山本陽之介
プロローグ

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第1話 八英雄杯

 魔法球技『エレメント・サル』、飛翔競技『ライド・ラクス』、斥力競技『リパル・ディスク』。


 魔法を駆使する世界三大スポーツの頂点を決める国際的な祭典、それが『八英雄杯』である。


 参加するのは、八英雄の国八カ国と、中央同盟諸国二十カ国の計二十八カ国。


 だが、他種族に対し排他的なセルバン森林都市国は『リパル・ディスク』にしか特例参戦しないため、今年開催される『エレメント・サル』に彼らの姿はない。


 そのため、セルバンを除く【八英雄の国枠】の七チームと、厳しい予選を勝ち抜いた【中央同盟諸国枠】の九チーム、計十六チームのみが本大会のトーナメントへと駒を進めることができる。


 全試合が【エナド式マナビジョン】を通じて生中継され、世界中が熱狂するこの大会は、各競技が一年ずつズレて開催されるため、一つの競技に注目すれば三年に一度の開催となる。


 そして今年、魔法の最先端を行くゲンマ魔法国を舞台に開催されている『エレメント・サル』は、マナによる属性の上書きと身体強化という、最も基礎的かつ純粋な魔法制御技術を競う競技であった。


 競技は五対五。


 1クォーター15分の4クォーター制で行われ、ゴレイロ以外の四名は手を使うことが禁じられている。


 最大の特徴は、ボール『マナ・スフィア』にマナを流し込んで属性を付与し、火の爆発や風の変化といった物理挙動を引き起こせることだ。


 ボールを奪うには、自身のマナで属性を強制的に『上書き《オーバーライト》』しなければならない。


 コート全体は透明な絶対防御結界≪マナ・ケージ≫でドーム状に覆われており、その壁や天井を駆ける三次元機動や、マナ防御前提の激しい体当たりフルコンタクトも許可されている。


 両端の壁面に設置された『マナ・ポケット』へボールを蹴り込み得点を競う、魔法と肉体の極限のぶつかり合いだ。




 ベル歴995年、雷の月22日。


 ゲンマ魔法国王都『マグノラ』にそびえ立つ、マグノラ・ドーム・アリーナ。  グラウンドをドーム状に覆う絶対防御結界≪マナ・ケージ≫の内部は、数万人の観衆が放つ熱気と歓声によって白く霞んで見えるほどだった。


 八英雄杯、『エレメント・サル』決勝戦。


 第4クォーターの残り時間は、すでに三分を切っている。


 コート内で対峙しているのは、圧倒的な優勝回数を誇る前回大会の覇者、ティアゾン獣人国代表「ティアゾン・マムーツ」と、今大会最大のダークホースである中央同盟諸国のシルヴァーナ共和国代表「シルヴァーナ・ゼファー」。


 現在、スコアボードは『9対8』。シルヴァーナが王者を一点リードして終盤を迎えていた。


 無色透明のボール――マナ・スフィアが、シルヴァーナの選手ユリアンからアランを経由し、エースであるクラウスの足元へと収まった瞬間、緑色の光を帯びた。


 クラウスは自身の風属性マナをボールへ流し込み、壁面を蹴って宙へ跳躍する。


 徹底されたフォーメーションと、ミリ単位で計算された属性変化のパスワーク。


 だが、今大会の彼らの躍進の理由は、その戦術面だけではない。


 個の身体能力で圧倒的に劣るシルヴァーナのはずが、戦術面においても、純粋な身体能力のぶつかり合いにおいても、強靭な獣人たちと完全に互角に渡り合っていたのだ。


 限界を超えたような異様なマナの出力による身体強化。彼らはビスト族の暴力を真っ向から受け止め、五人が一つの生命体のように連動してコートを支配していた。


 風の属性を付与されたボールは、直進すると見せかけて急激に軌道を曲げ、不規則に揺れるナックル軌道を描きながら、前線へ走り込んでいたエミールの足元へと正確に収まる。


 だが、ボールがエミールに渡った直後。ティアゾンの狼のビスト族ムビトゥと、サイのビスト族キファルが壁面で囮の動きを見せ、その死角から遊撃手チュインが跳躍した。豹のビスト族特有の異常な瞬発力。空中で両者が激しく交錯する。


 チュインの強靭でしなやかな肉体が、マナによる身体強化を施したエミールに真正面から激突した。


 空気が破裂するような重い衝撃音がコート内に響く。フルコンタクトが許可されたこの競技において、マナ防御を前提とした体当たりは正当なプレーだ。


 本来であれば獣人の質量に吹き飛ばされるはずの衝撃を、エミールは異様なほどの体幹とマナ出力で耐え抜き、空中でチュインと真っ向からせめぎ合いを見せる。


 だが、純粋な質量と本能的な瞬発力の差で、わずかにチュインが上回った。


 空中で強引にボールを蹴り奪ったチュインは、瞬時に自身のマナを流し込み、ボールの属性を強制的に上書き《オーバーライト》する。


 緑色だったボールが、深い青色へと染まる。


 氷属性の付与。


 チュインは着地と同時に、コートの壁面に向けてボールを蹴り放った。


 青いボールは壁面に接触しても減速することなく、摩擦係数を完全に無視して滑走する。壁から床、そして再び壁へと、反射角を正確に計算された氷の滑走パスがコートを駆け抜けた。


 激突で床に叩きつけられたエミールが素早く立ち上がり、自陣のベンチへと向かって走り出す。それとすれ違うように、控え選手のミランがベンチからコートへと飛び出していった。


 マナ欠乏《ガス欠》を起こす前に、消耗した選手を下げて常にフレッシュな状態を保つフリー・ローテーション。


 だが、異常な身体能力を引き出し続ける代償として、シルヴァーナのローテーションの回転率は後半に入ってから異様なまでに上がっていた。


 一人あたりのコートでの滞在時間が極端に短くなっている証拠であり、王者の暴力を受け流し続けるため、着実にマナと命を削り取られていたのだ。


 氷の滑走パスを受け取ったティアゾンのエース、獅子のビスト族であるジンバが、ゴール前へと一気に攻め込んでいた。


 ジンバの足元に収まった青いボールが、瞬時に赤黒い光を放つ。火属性の爆発力と、地属性の質量増大を掛け合わせた複合属性の上書き。


 ジンバは太い脚を振り抜き、壁面の高さ三メートルに設置されたマナ・ポケットへ向けて、砲弾のようなシュートを放った。


 赤黒いボールが、直線的な軌道でシルヴァーナのゴールへと突き進む。


 シルヴァーナのゴレイロであるトビアスが両手を突き出し、無色透明な防御網を展開して受け止めようとする。ゴレイロのみが使用を許された手による防御。


 限界を超えたマナの壁がボールの勢いを殺しかけるが、土属性によって質量を増大されたボールの運動エネルギーが防御を強引に貫通した。


 重厚な衝突音が響き、トビアスの手を弾いたボールがマナ・ポケットへと吸い込まれた。


 結界全体が赤く発光し、同点を知らせる電子音がアリーナに鳴り響いた。


 スコアボードが『9対9』に書き換わる。観客席から地鳴りのような歓声が沸き起こった。


 残り時間はあと一分。試合再開の合図が鳴る。


 シルヴァーナは残る全てのマナを振り絞り、クラウスを中心に精密なショートパスを繋いで敵陣へと切り込む。


 王者のプレッシャーを前にしても、彼らの連携は一切乱れない。異常な身体強化によるパス回しの速度がさらに上がり、流れるような陣形移動でティアゾンのディフェンダーの死角を次々と作り出していく。


 クラウスが壁を蹴り、風の属性を纏わせたボールを蹴り放つ。不規則に揺れる軌道が、見事にディフェンスラインをすり抜け、ゴールへと迫る。


 だが、ティアゾンのゴレイロ、ドゥーブが静かに立ち塞がった。


 熊のビスト族であるドゥーブは、巨体を微動だにさせることなく、両腕に茶色の地属性マナを極限まで収束させる。


 不規則に迫る風のボールに対し、ドゥーブは軌道を予測することなく、ゴール前の空間そのものを己の質量で塗りつぶすように両腕を交差させた。


 ボールがドゥーブの腕に激突する。  風のマナが弾け散るが、ドゥーブは一歩も退かなかった。地属性の圧倒的な質量と防御力が、風の軌道変化を物理的にねじ伏せたのだ。


 ボールの勢いが完全に殺され、床面へと転がり落ちる。


 そのボールを、虎のビスト族であるミリアが足で掬すくい上げ、前線へと蹴り出した。


 受け取ったのは、ジンバだ。


 残り時間は十秒。


 シルヴァーナのディフェンダー二人が、完璧なポジショニングでジンバの前に立ち塞がる。


 だが、ジンバは止まらなかった。


 パスを選択せず、ボールを足元にキープしたまま、獅子のビスト族の全マナを身体強化に注ぎ込んで突進する。異様な出力で立ちはだかるシルヴァーナの二人に対し、ジンバはさらにその上をいく純粋な身体能力とマナの暴力を伴った体当たりで強引に弾き飛ばす。


 ゴール前へ肉薄したジンバが、大きく跳躍した。


 ボールが赤黒く発光し、限界まで圧縮された複合属性のシュートが放たれる。


 ゴレイロのトビアスが懸命に手を伸ばすが、届かない。


 ボールはマナ・ポケットへと深々と突き刺さり、アリーナ全体を赤く染め上げた。


『10対9』。


 同時に、試合終了を告げる重低音がアリーナ全体に響き渡った。


 結界が解除され、ティアゾン・マムーツの逆転勝利と大会連覇を讃える無数の紙吹雪が天井から舞い散る。


 勝者であるティアゾンの選手たちが咆哮を上げて抱き合い、全力を尽くしたシルヴァーナの選手たちがコートに膝をつく。


 個の劣勢を異様なまでの身体強化と完璧な連携で覆し、王者と互角に渡り合ったダークホースと、それを最後にねじ伏せた王者の暴力。


 魔法球技の頂点を決める祭典は、アリーナを揺るがすほどの熱狂の渦の中で、その幕を閉じた。

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