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ゼロから始める軍神少女  作者:
第一巻:二つの戦場、二人の将軍 (だいいっかん:ふたつのせんじょう、ふたりのしょうぐん)
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昇格

ミラー・エグモンドは、机の上に置かれた救援要請の手紙を疲れたように見ていた。切々とした言葉で綴られたそれは、この五日間で受け取った七通目だった。彼は重々しく椅子の背にもたれかかり、長くて深いため息を一つ漏らした。


救援路の上には、敵の主力部隊があたかも大口を開けて獲物が自ら網にかかるのを待つ巨大な網のように堂々と駐留し、その行方を隠そうともしていない。これは現在の辺境にとって解く術のない死局だった。彼はもはやあの気分の滅入る地図を見ることさえ億劫になり、いっそそれを丸めて書斎机の隅へと放り投げた。


――コンコン。


場違いなノックの音が響いた。


ミラーの疲れた顔に一筋の疑惑が浮かんだ。彼が応えるのを待たず、扉はそっと押し開けられる。実り始めた麦の穂のように黄金色の中長の髪と、活力に満ちた海のように青い大きな瞳が、中を覗き込んできた。


その瞬間、とうに戦火にすり減らされてざらざらになったミラーの心が、まるで砂漠で道に迷った旅人がついに一泓の甘美な清泉を見つけたかのようだった。彼は猛然と椅子から立ち上がり、足早に戸口へと駆け寄った。


「トリンドル! 来るならどうして事前に父さんに一声かけてくれなかったんだ! じい様が知ったらきっと大喜びなさるだろうに……」


しかし、娘の背後にいる見知らぬ黒髪の少女の姿を見た時、彼の心の底からの喜びは、まるで最高点まで登り詰めたジェットコースターのように唐突に終わりを告げた。


「……シミア・ブレン」


シミアが礼をするのを待たず、トリンドルはすでに興奮気味に彼女の言葉を遮り、誇らしげにシミアの腕を組んで父親に紹介した。「お父様! こちらが、トリンドルの騎士様です!」


「騎士……」ミラーの眼差しが瞬時に鋭くなった。彼は顔色一つ変えずに目の前の平静すぎる少女を値踏みしながら、心中で迅速に思考を巡らせていた。この、どこからともなく現れた自分の宝物の娘に近づく不審な人物をどう処理すべきかと。


「トリンドル、お前とお前の……『騎士』は、長旅で疲れただろう。まず彼女を客室へ連れて行って休ませなさい。何か用があるなら明日にでも話そう」ミラーの口調は温和だったが、そこには有無を言わせぬ追い払うような響きがあった。


彼がまさに扉を閉めようとした時、トリンドルは一歩戸口の前に立ちはだかった。


「お父様! シミアにはこの上なく緊急の用件があって、あなた様にご相談したいのです。どうかまず、彼女の話を一言聞いてあげてくださいませんか?」


「……」


前線の死局はすでに彼の心を乱しきっていた。今また素性の知れぬ厄介者が現れ、ミラーの心情は完全に谷底へと沈んだ。彼は拳を固く握りしめ、抑えきれない嫌悪感が込み上げてきた。


トリンドルは父親の氷のような視線を感じたが、それでもなお頑固に両腕を広げ、シミアを守る姿勢を取った。「お父様! シミアにそんな態度を取ってはなりません。彼女は私の最も大切な……」


「トリンドル」平静な声が彼女を遮った。シミアはトリンドルの前に歩み寄り、優しく彼女の頭を撫でた。「あなたはもう十分に良くやってくれたわ。ここから先は私に任せて。まず、階下で私を待っていてくれるかしら?」


シミアの、人を安心させる眼差しに見つめられ、トリンドルは少し名残惜しそうではあったが、それでも素直に頷き、一歩進んでは三度振り返りながら階段を降りていった。


娘の姿が階段の角へと消えたのを確認した後、ミラーの目から最後の一筋の温情も消え失せた。彼はシミアの腕を掴んで書斎に引きずり込むと、「バン」と音を立てて扉を閉めた。


「座れ」彼は書斎机の前の椅子を指差し、自分は再び主人の席へと戻り、居高臨下の姿勢で彼女を審視した。


「貴様が誰であろうと、どのような甘言で我が娘を騙したかなどどうでもいい」開口一番、彼の声は氷のように冷たかった。「貴様の目的を言え。金か? それとも、どうでもいいような爵位か? 貴様がすぐにでもトリンドルから離れるというのなら、どちらもくれてやらんでもない」


シミアはすぐには答えなかった。彼女はただ微笑みながらミラーの敵意に満ちた視線と向き合い、平静に口を開いた。「シミア・ブレンと申します。先日の領主の証の授与式にて、幸いにもグリン・エグモンド様にお目にかかる機会がございました」


ミラーは疲労で痛む目を揉み、父親の手紙に書かれていた噂を思い出した。「ああ、貴様が、あの女王に楯突いたという『罰せられし者』か? 南方の農業領の出身だと聞いているが」彼は冷笑し、その目に凶光が満ちた。「先に言っておくが、我々エグモンド家には王室の敵を庇護する習慣はない。もし貴様がこれ以上トリンドルを利用し続けるというのなら……この辺境で貴様を音もなく消し去る方法など、百も心得ているぞ」


その赤裸々な脅しを前に、シミアの顔の微笑みは些かも変わらなかった。彼女はただ静かに、ミラーの言葉の中に隠された強硬な態度の下にある苦渋を味わうと、ゆっくりと腰をかがめ、スカートの内側から王室の蝋印が施された二通の手紙を取り出した。


「もし、わたくしの立場が閣下のご想像とは全く逆であると申し上げたら?」彼女は、まだ自分の体温が残る二通の手紙を、厳粛に両手でミラーの前に差し出した。


ミラーは封筒の裏にある見慣れすぎた王家の紋章を見て衝撃を受け、顔を上げてシミアを見た。


彼は俯き、震える手で手紙を開封し、一字一句読み始めた。


シミアは急かすことなく、ただ顔を上げてこの機会を借り、この書斎を小声で観察した。彼女はエグモンド家の邸が王都の伝説にあるほど華麗ではないことに気づいた。部屋の多くは古風で重厚な木製の家具で満たされ、長年戦場を経験してきた実用主義の気風に満ちている。これがローレンス王国で最も富裕な家族の一つであるとは、にわかには信じ難かった。


しばらくして、ミラーは震える手で手の中の手紙を置いた。その顔には欣喜、気まずさ、そして信じられないという気持ちが入り混じった複雑な表情が浮かんでいた。


「ということは……王室の援軍はすでに到着していると?」


「はい、ミラー様」シミアの声は平静だが力強かった。「しかし、この援軍は今、巨大な危険の中にあります。アルヴィン将軍はすでに敵の間諜の罠に落ち、彼らを罠へと導いております。わたくしには彼らを救うため、閣下のお力が必要です」


「何だと?! 王室の援軍が、逆にわしに救いを求めているだと?!」ミラーは「サッ」と音を立てて椅子から立ち上がり、その声量は無意識のうちにオクターブも上がっていた。


「はい」シミアは肯定的に答えた。「もし閣下が援軍の全滅を座視なされば、この辺境戦争は完全に失敗に終わるでしょう。その時になれば唇滅びて歯寒し。エグモンド家とて例外ではいられません」


ミラーの目にようやく燃え上がった希望の火が、瞬時に一盆の氷水で消し去られた。彼は力なく椅子に座り直し、苦痛に額を揉んだ。


しばしの後、彼は顔を上げ、その顔には水の漏らさぬような形式的な笑みが浮かんでいた。「シミア嬢、先ほどは君を誤解してしまい申し訳なかった。私の謝意を表すため、府内で最上の客室を用意させよう。今日はまず、ゆっくりと休んでくれたまえ。戦のことは……じっくりと話し合おうではないか」


これは送客の令だった。


「お待ちください、ミラー様!」シミアは身を乗り出し、両手を机の上についた。そのいつもは平静な瞳に、初めて焦りの炎が燃え上がった。「この戦争はただ辺境を守るだけのものではありません。これと同時に、女王陛下もまた王都にて、フラッド家、あの反逆者どもと最後の決戦を行っておられるのです! 我々がここで勝利を収めさえすれば、您が王室の軍を救いさえすれば、戦が静まった後、エグ蒙ンド家は王国全体で議論の余地なき第一の家族となるでしょう! 女王陛下も必ずや、閣下のいかなるご要望にも気前よくお応えになるはずです!」


彼女は顔を上げ、ミラーの目を真っ直ぐに見つめた。その声には一筋の懇願の色が混じっていた。


「ですから……どうかアルヴィン将軍をお救いください」


ミラーの視線が、彼女の焦りに満ちた澄み切った瞳と相対した。恍惚の間、彼はまるでとうに亡くなった自分の妻を見ているかのようだった。幾年も前、彼女もまたこのような瞳で、自分に彼女のまさに没落しようとしている家族を救ってくれと懇願した。しかし当時の彼は家族の利益のため、冷酷にそれを拒絶した。その時から妻は鬱々と楽しまなくなり、最終的には……。


なぜだ? なぜ、この自分とは何の関係もない小娘が、あの王家の軍のためにこれほどまでに悲痛な表情を浮かべるのだ?


「……ここ数日、敵軍はずっとわしの主力が出動するのを待っていた。あれは罠だ。誰もが知っている」ミラーの声は乾いて嗄れていた。「わしが一体何をもって、配下の数千名の兵士を死なせる危険を冒してまで、自ら罠に飛び込んだあの頑固な老いぼれを救わねばならんのだ?」


シミアの脳裏に一筋の閃光が走った。これまで数日間彼女を悩ませてきた全ての謎が、この瞬間、完全に一本の線で繋がった。


彼女はゆっくりと顔を上げ、その眼差しは鋭く自信に満ちていた。


ミラーは彼女のその表情を見て、竟然、無意識のうちに半歩後ずさった。


「なぜなら、あれは全く罠などではないからです、ミラー様」シミアの声は冷静で身の毛がよだつほどだった。「あれはただ……粗雑に作られた、閣下を『恐喝』するための案山子に過ぎません」


シミアは胸を張り、真摯に顔を上げてミラーに説明した。「敵の真の計画は、我が方の前線の三人の領主の間で、もはや互いに信頼できなくさせることです。ですから彼らは故意に少量の兵力で城を囲み、あなた様と他の二人の領主に『敵は一撃も耐えられない』という錯覚を抱かせ、それによって兵を擁して自重し見殺しにさせるのです。そして王家の援軍が全滅しさえすれば、彼らは初めて真の牙を剥くでしょう。その時になれば、彼らの真の実力を目の当たりにした領主たちは、自らの領地を保全するため、降伏する以外に選択肢はなくなるのです」


彼女は一息置き、まるで語る結末が真実となる光景を目の当たりにしたかのように悲しげな表情を浮かべ、一種憐れみに近い眼差しでミラーを見た。


「そしてあなた様は、ミラー様。ご自分が敵の罠を見破ったとお思いになり兵を動かさなかった。しかしそれこそが、まさに……完璧に、彼らがあなた様のために書いた脚本通りに行動しておられるのです」


ミラー将軍の顔色が、一瞬にして真っ白になった。


シミアは止まらなかった。彼女はこの瞬間、自らの最後の、そして最も狂気じみた切り札を全てさらけ出すことを決意した。


彼女は歴史の授業での弁論を、彼女が王国経済全体に対して抱く構想を、あの大陸の勢力図を変えるに足る「黄金回廊」計画を、一から十まで全て打ち明けた。


ミラー将軍は呆然と聞いていた。最初の衝撃から途中の信じられないという気持ち、そして最後の……完全な畏敬の念へと。彼は目の前で滔々と語る少女を見て、以前彼女に対して抱いていた全ての疑問がこの瞬間、答えを得た。


なぜ、何の魔法の血統も持たない小娘が、女王からこれほどの寵愛を受けられるのか?


なぜ、女王は戦局を覆すに足る最高権力を、年僅か十五歳の子供に託すのか?


彼は甚だしきに至っては、自分の娘トリンドルはとうにこの少女のあの怪物のような底知れぬ智慧を見抜いていたからこそ、これほどまでに執拗に彼女を自分に引き合わせたのではないかと疑い始めた。


「……シミア嬢」ミラーの声は少し震えていた。「君は考えたことはないのか。もし……もし先に降伏するのがこのわし、エグモンド家であったなら、と? わしが鋼心連邦と協力し、君の言うその全てを手に入れることはできないとでも?」


それは彼の最後の、そして最も無力な試探だった。


シミアの顔に、自信に満ちた勝利者の微笑みが浮かんだ。


「もちろん可能でございます、ミラー様。しかしお考えになったことはございますか? 敵の最終目的は辺境全体を完全に制御し、それを大陸各国へと通じる貿易の中枢へと作り変えることです。その時になれば、彼らがどうして一人の『降伏』した領主に、彼らが戦争で奪い取った最も肥美な戦利品を分け与えることなどありえましょうか? それは彼らの利益に適っておりません」


ミラーの顔の張り詰めていた全ての筋肉が完全に弛緩した。彼はゆっくりと、ゆっくりと一口の濁った息を吐き出した。まるで千斤の重荷を下ろしたかのように。


彼は書斎机の隅まで歩み寄り、そこから以前彼が苛立たしげに傍らへ放り投げ、二度と見たくないと思っていた戦場の地図を手に取った。彼はシミアの前に戻り、地図を二人の間に再び広げた。押し平められた羊皮紙が鈍い音を立てた。


「……よかろう、君の勝ちだ」彼は彼女を見て、その眼差しは複雑で、畏敬と賛嘆、甚だしきは安堵の念さえあった。


「今、どうすべきか教えてくれたまえ、シミア将軍」


こうしてシミアは初めて、この黄金回廊を争う戦争において、自らの最初の一手を打ったのであった。

皆様、本日の展開はいかがでしたでしょうか。

これが、辺境の戦における、シミアの初めての反撃……になるのでしょうか?


この章の読後感を損なわずに、物語の体験をできるだけ一体のものとして皆様にお届けしたいと考えた結果、今回は章を分けずに投稿させていただきました。ですが、これほど長い章は、皆様にとって読みにくいのではないかと、少し不安に感じております。


もし、何かご意見がございましたら、いつでも教えていただけますと幸いです。


追伸:そのため、本日の更新はこの一節のみとなります。何卒ご理解いただけますと幸いです。


また、現在、書き溜めていたストックを使いながら、初期のエピソードの修正作業を進めております。一部の章には、新しい内容が追加されることもございますので、ご興味のある、初期からの読者の皆様は、修正済みと注釈のある箇所をぜひご覧いただければ幸いです。近いうちに、『軍神少女』は高頻度更新から、よりクオリティを重視した更新スタイルへと移行いたします。(専業で執筆しておりますので、更新ペースが極端に落ちることはございません。)

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