↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゼロから始める軍神少女:魔法を持たぬ少女は、天才的な智略で絶望の戦局を覆す  作者:
第一巻:二つの戦場、二人の将軍 (だいいっかん:ふたつのせんじょう、ふたりのしょうぐん)
51/283

女王の休息

ミリエルは、さほど目立たない、秘密の通路へと通じる扉をそっと押し開け、学院の図書館へと足を踏み入れた。


ここは王立図書館のような壮大さや広々しさはない。高くそびえる書架は密林のようだ。陽の光を細かく砕き、わずかな光線だけが隙間を通り抜ける。空気中を緩やかに舞う蒲公英の種のような塵を、ふわりと照らし出す。


手慣れた様子で、沈黙する書架の一列一列を抜け、図書館の入り口へと向かった。


唯一陽の光が注ぐ書斎机の前。コーナは、広げられた大判の本に突っ伏して熟睡していた。紫色の短い髪が、少し乱れている。ひっくり返ったペン立ての傍らに、羽根ペンが数本ばらばらに散らばっている。そのうち一本のペン先は、書きかけの原稿まであと数ミリの距離だ。


ミリエルの口元に、気づかれにくいほどの微笑みが浮かんだ。


できるだけ音を立てないように歩き、かつてシミアが座っていたソファの前まで来ると、膨らんだスカートの裾を持ち上げ、ゆっくりと腰を下ろした。学院のソファはやはり、王宮のものほど柔らかくはない。体を完全に預けると、内側の硬い木製の骨組みが、かすかに感じられた。


何気なく、テーブルの上の本を一冊手に取った。表紙のタイトルは――『カルル・ローレンス伝』。


本の頁を開くと、インクと古い紙が混じり合った、独特の香りが、ふわりと鼻をかすめた。目に映るのは、一列一列、秀麗で繊細な筆跡。それは、カルル・ローレンスの抗争と甘美に満ちた恋愛物語を語っていた。物語が進むにつれ、悪役令嬢エミールはあらゆる手段を尽くして、平民の侍女タリンとカルルの恋を横暴に阻んでいく。そしてカルルもまた、まさにこの一度一度の抗争の中で、勇気を奮い起こし最終的に、自らのものであるべき継承権を奪い返した。


物語の結末、カルルは宴会の席で、公にエミールの悪行を暴き、婚約を破棄した。まさにエミールが衆人に裏切られ、全ての人に見捨てられた絶望の瞬間。かつて最も深く傷つけられた心優しきタリンが、しかし敢然と立ち上がり、彼女を自らの背後へと庇ったのだった。


物語は、そこで、唐突に終わりを告げていた。


「……本当に、優しい物語ね」ミリエルは、小声で呟き、本を閉じた。


「うぅ……」


あるいは、その軽やかな囁きが、眠れる人を驚かせてしまったのかもしれない。コーナがゆっくりと目を開けた。ひっくり返ったペン立てと四散した羽根ペンを見た瞬間、慌てふためいた。急いで原稿を点検する。インクの染みが一つもないのを確認して、ようやく安堵のため息を長く一つ吐き出した。


突然、彼女の耳元で、すぐ近くから、笑みを含んだ声が聞こえた。


「こんにちは、コーナ。どうやら、とても良い夢を見ていたようね」


コーナは猛然と顔を上げ、ソファに座り、微笑みながら自分を見ている、女王陛下の姿を見た。


「あ! ミ、ミリエル様!」「噌」と音を立てて椅子から飛び上がり、慌てふためいて叫んだ。「わ、わたくし、すぐにお茶をお淹れします!」


「構わないわ」ミリエルは手を振り、彼女のその少しばかり不器用な動きを制止した。


「は、はい!」


「言ったでしょう? 私的な場では、ミリエルと、直接呼んでくれて構わないと」興味深そうに、コーナのその慌てふためいた様子を見ていた。ほとんど毎日顔を合わせている彼女にとっても、これは得難い新鮮な光景だった。


「そういえば、普段、シミアは、ここに座って本を読んでいるのかしら?」ミリエルは、自分の下のソファをそっと叩いた。


「は……はい、ミリエル」コーナは彼女の前に歩み寄り、隣のテーブルを指差した。「普段、調べる必要のある資料を全てそこに積み上げて、あなた様が今座っておられる場所で目を通しておられます」


その視線はミリエルへと移り、何か恐ろしいものを見たかのように瞳を猛然と収縮させた。


二日もかけて書き上げた小説の第一巻。本来ならちゃんとしまっておいたはずのあの恋愛小説が、まさに女王陛下によって無造作に膝の上に置かれている。


コーナは強烈な精神的打撃を受けたかのように、制御不能に数歩後ずさった。


「あ、あの本……あ、あなた様は、お読みになられましたか?!」


「ん?」ミリエルは、合点がいかない様子で、手の中の本に目を落とした。「あなたがもう少し長く休めるようにと思って、机の一番上にあったこの本を手に取ってみたの。なかなか、良く書けているわ」その手触りの良い表紙をそっと撫で、柔和な表情を浮かべた。


「分かるわ。この本の作者は、きっとカルル・ローレンスに純粋な傾倒の心を抱いている。人物の描写が、とても繊細で、心を動かされる。でも……」話の矛先を変え、その目に、一筋の「読者」としての鋭い、批評の光が閃いた。「物語の最後で、作者の重点が、変わってしまったように思うの。『愛情』から、『救済』へと。筆の墨をタリンと悪役令嬢エミールの関係に多く費やしている……それもとても感動的ではあるけれど、やはりどこか主題から逸れてしまった気がするわね」


女王陛下のそのまるで手術刀のように精密な評論を聞き、コーナの顔は、「サッ」と音を立てるかのように、耳の根から、首筋まで、真っ赤に染まった。


「そうだわ」ミリエルは、まるで、本来の用事を思い出したかのように、顔を上げた。「コーナ、カメル・フル先生を私のために呼んできてくれるかしら? 彼に、カシウス先生に対する、彼の見解を尋ねてみたいの」


「は! はい! どうか、ここで、少々お待ちください。わ、わたくし、すぐに行って参ります!」


コーナは、まるで救いの藁を掴んだかのように、一目散に、図書館から走り去った。


「もう……コーナは、今日、どうしてしまったのかしら」ミリエルは、彼女の慌てふためいて逃げていく背中を見て、小声で呟いた。その口元はしかし、抑えきれずに、微かに、上へと吊り上がっていた。


時の流れとともに、窓外の陽光はコーナの書斎机から、ミリエルのいるソファの上へとゆっくり移動していった。体を弛緩させ、自分を完全にソファの中へと沈み込ませた。


あの日、自分の腕の中でシミアの体から香った清らかな香り。まるでこのソファにまだ残留しているかのようだ。今、まさに、優しく、彼女を包み込んでいる。


自分の前で、誓いを立てた時のシミアの炎が燃え盛るような、この上なく真剣な瞳を思い出した。


彼女が、自分に「奇襲」された後、茫然自失で、頬を緋色に染めた、可愛らしい姿を思い出した。


誰にも気づかれぬ、心の底からの笑みが、王国全体を背負う孤独な女王の顔に静かに綻んだ。

読者の皆様、ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。


これにて第七章は幕引きとなり、物語はついに、二つの戦場、二人の将軍が織りなすクライマックスへと向かいます。間諜の疑いがあるカシウスと対峙するシミア、そして、二人の共通の計画のために道を切り拓く女王ミリエルの一戦。


ペンを執る(キーボードに指を置く)たび、私の心の中では、まるでキャラクターたちが目の前で演じ、リハーサルを繰り返しているかのようです。私はこの物語の作者であると同時に、最初の読者でもあります。


そして、読者の皆様もまた、ただの読者ではありません。皆様も、心の中でご自身の《軍神少女》を演出し、創り上げてくださっているのだと、そう信じております。


どうか、共に、この第一巻のこれからの物語を、見届けてください。


もちろん、もしよろしければ、物語へのご感想をぜひお聞かせください。皆様からの叱咤激励が、私の前へ進む力となります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。