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ゼロから始める軍神少女  作者:
第一巻:二つの戦場、二人の将軍 (だいいっかん:ふたつのせんじょう、ふたりのしょうぐん)
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鞘中の剣

今宵の夜空は漆黒に塗り込められ、一筋の星の光も見えない。シミアが主天幕に足を踏み入れた時、アルヴィン将軍は巨大な軍用地図の前に身をかがめ、燭台の炎が、その一心不乱で疲労に満ちた横顔を天幕の壁に映し出し、まるで沈黙の彫像のようだった。


「こんばんは、アルヴィン将軍」シミアはスカートの裾をつまみ、静かに会釈した。


「ああ、お前さんか、小娘」彼は顔も上げず、その視線は依然として地図に釘付けにされたまま、口調にはどこか上の空な響きがあった。地図の上には、赤い炭筆で新たに記された敵軍の動向が、シミアの昼間の推論と、ほぼ完全に一致していた。


シミアはそれらの新しい印を注視していた。心中の、「推測が当たった」という喜びは一瞬で過ぎ去り、それに続いたのは、より深い困惑だった。特に、カシウス先生が最後に投げかけたあの問いが、まるで抜けない棘のように、彼女の思考に深く突き刺さっていた――敵軍の指揮官は、なぜこれほどまでに正確に、我が方の援軍の規模を予測できたのか?


「あの……何か、また発見がございましたか? シミア嬢」アルヴィン将軍はようやく顔を上げ、シミアの固く結ばれた眉を見て、少し不思議そうに頭を掻いた。


「はい、将軍」シミアは、昼間のカシウスとの推論の過程全てを、あの最も肝心で、説明のつかない論理の欠陥も含めて、ありのまま将軍に複述した。


シミアの話を聞き終えると、アルヴィン将軍は、しかし、意に介さずといった様子で鼻で笑った。


「小娘、お前さんは、あの象牙の塔から来た教師と、あまりつるむべきではないな。机上の空論でしかない陰謀論など、本当の戦場では、何の役にも立たん」彼は指揮杖を手に取り、自信満々に地図上の三つの堡塁を叩いた。


「わしに言わせれば、事態は単純だ」彼は、教え諭すような口調で言った。「前線の三堡塁は互いに掎角の勢を成しており、敵軍がどこか一箇所を猛攻しようと、他の二箇所から挟撃される危険を冒すことになる。奴らが今やっているのは、虚勢を張って我々の支援を阻み、一つの堡塁に集中攻撃できるように見せかけているに過ぎん。ここ二日間の、あの弱々しい攻撃を見るに、何が精鋭だ。鋼心連邦のあの傭兵どもなど、所詮はその程度のものよ!」


「であるならば、将軍」シミアは、即座に彼の言葉の矛盾を突いた。「彼らが攻め落とせぬと分かっていながら、なぜ撤退しないのですか? 時間から計算すれば、我々の主力は明日には到着いたします。彼らは、誰よりもそのことを理解しているはずです」


その問いに、アルヴィン将軍の自信に満ちた顔は、瞬く間に真っ赤に染まり、横顔の筋肉が、無意識に引き攣った。


「それは奴らが傭兵だからだ! 雇い主の任務を果たすため、当然、死ぬまで戦うだろう!」彼は、無理やりな弁解を口にした。


「ですが、傭兵であるならば」シミアの追及は冷静で鋭く、一切の逃げ道を与えない。「自らの命を、より重んじるべきです。もし任務の達成が不可能だと判断したならば、いち早く兵力を温存し、安穏と撤退することこそが、彼らの利益に最も適う選択のはず」


「もうよい!」アルヴィン将軍の忍耐は、明らかに限界に達していた。「ならば、我が軍が到着し次第、このわしが自ら大軍を率いて出撃し、貴様自身の目で、その所謂『傭兵』とやらが、本当に一撃も耐えられぬ烏合の衆であるか、見させてやろう!」


「なりません、将軍!」シミアの声は、無意識のうちに大きくなっていた。「我々は、一つの考えを検証するためだけに、兵士の命を無駄に犠牲にすべきではありません! 敵の真意が明らかになる前に、我々はもっと慎重になるべきです……」


「バンッ――!」


頑丈な拳が、天幕の木の机に重々しく叩きつけられ、机の上の茶杯が跳ね上がった。シミアは、目の前で激昂するアルヴィン将軍を見て、驚きのあまり、その硝煙と汗の匂いが混じった圧迫感に、思わず一歩後ずさった。


「わしがこの天幕への出入りを許したからといって、このわしの指揮に、口出しする資格ができたとでも思ったか!」彼は一歩前に踏み出し、ほとんど怒鳴るように言った。「小娘、わしが軍を指揮してきた時間は、お前さんが生きてきた月日よりも長いのだぞ!」


「将軍、わたくしはただ……」


「その口を閉じろ!」アルヴィンはさらに詰め寄り、シミアを天幕の隅へと追い詰めた。彼女の膝裏が隅の木製の椅子に当たり、よろめいて、そこに座り込んでしまった。


シミアは、目の前で怒りに顔を赤らめる将軍を仰ぎ見た。彼の影が、燭火の揺らめきの中で、彼女を完全に覆い尽くしている。彼女の手は、無意識のうちに、スカートの内側に縫い付けられた、あの、女王自らの手による、まだ温もりの残る手紙へと伸びた。


巨大な無力感が、胸に込み上げてくる。もし、将軍の信頼を得られなければ、前線を勝利に導くどころか、おそらく明日からは、この天幕に足を踏み入れる資格さえも、剥奪されてしまうだろう。


このまま……終わらせるわけには、いかない。


シミア・ブレンは、固く唇を噛みしめた。束の間の逡巡の後、彼女は、狂気的とも言える一つの決断を下した。


彼女はスカートの内側から、王家の蝋印が施された授权の手紙を取り出すと、アルヴィン将軍の驚愕の視線の中、それを彼に差し出した。


アルヴィン将軍は、訝しげに手紙を受け取り、蝋印を破り、その内容に目を通した瞬間、彼の真っ赤に染まった顔が、「サッ」と音を立てるかのように、真っ白に変わった。


シミアは、彼のその衝撃を受けた表情を見ながら、椅子から立ち上がり、この上なく平静な口調で言った。「アルヴィン将軍。わたくしは、書状に記された権力を行使するつもりはございません」


彼女は一息置き、将軍の、信じられないといった視線と向き合い、一言一言、区切るように続けた。


「ただ、お願いがございます。どうか、引き続き、わたくしがこの天幕へ出入りすることをお許しいただきたい。そして、わたくしがご提案を申し上げた際、閣下には……もう一言だけ、耳を傾けていただきたいのです」


アルヴィン将軍は、その手紙を握りしめ、指が、力のあまり、微かに震えていた。彼は目の前の少女を見つめ、心中に、荒れ狂う嵐が吹き荒れていた。彼は、あらゆる可能性を予測していた――彼女が泣き喚くことも、理を尽くして争うことも、果ては、あのカシウスの詭弁を持ち出して自分をやり込めることさえも。だが、彼が唯一、予測していなかったのは、彼女が、盤面全体をひっくり返せる切り札を持っていながら、その切り札を見せびらかした瞬間に、自らそれを放棄するということだった。


これはもはや「提案」ではない。権力を賭け金とした、赤裸々な「賭け」だ!


「……将、外に在っては、君命も受けざるところ有り」良久、アルヴィンは、ようやく歯の間からその言葉を絞り出した。彼は、嘲るように笑いながら、手紙をシミアに突き返した。「もし今日、貴様が本当にこの手紙でわしの権力を奪うつもりであったなら、貴様も、貴様の所謂『仲間』とやらも、一人として、この野営地から生きて出ることはなかったぞ!」


その脅しは、虚勢に満ちていた。


シミアは、黙って手紙を受け取った。彼女は知っていた。自分の賭けは、勝ったのだと。


「指揮権は放棄いたします。ただ、引き続き、閣下にご提案を申し上げる許可を、お与えいただけますか。よろしいでしょうか、将軍?」


アルヴィン将軍の顔に、初めて、複雑で、ほとんど苦々しいとも言える表情が浮かんだ。彼は頷き、随即、まるで自らの失態を隠すかのように、再び、荒々しく手を振って怒鳴った。


「わしは今、気分が悪い! とっとと出て行け!」


シミアの体は、先ほどの緊張でまだ微かに震えていたが、その心は、かつてないほどに静かだった。彼女は将軍に一礼すると、踵を返し、あの眩しいほどに明るい燭光から、再び、野営地の、果てしない漆黒の夜の中へと、溶け込んでいった。


一人、天幕に残されたアルヴィン将軍は、誰もいなくなった入り口を眺め、そして、足元に目をやった。先ほどの怒りで倒れた茶杯から溢れた茶が、地図の大半を濡らしていた。その眼差しは複雑で、久しく、言葉を発することはなかった。

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