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朝の遭遇、あるいは銀色の誘惑

翌朝。

カーテンの隙間から、暖かな朝日がシミアの部屋へと忍び込んだ。

熱を帯びた光が毛布を通り抜け、微睡まどろむ彼女の元へと届く。

シミアの意識がゆっくりと浮上する。眩しい陽光に追われるように重い瞼を持ち上げると……視界に映ったのは、自分の胸元にある可愛らしいリボンだった。


(あれ? 私、制服のまま寝ちゃった……?)


記憶が潮満ちるように蘇る。


(そうだ。昨日、コーナ先生の図書室で遅くまで調べてて、部屋に戻ってそのままベッドに倒れ込んだんだ!)


ガバッと上半身を起こす。

恐る恐る確認すると、制服には無惨なしわが刻まれていた。それを見たシミアの眉間にも、同じような深い皺が寄る。


(どうしよう。これじゃ着ていけない。洗い直して干さないと……寮のメイドさんにお願いするしかないか。その前に着替えを……)


慌てて周囲を見回すと、椅子の上に綺麗に畳まれた春用制服が置かれているのが目に入った。


* * *


皺だらけの制服を抱え、シミアは寮のホールへと出た。

入り口からは朝の爽やかな風と共に、話し声が聞こえてくる。


「アレクシス様、そこをなんとかなりませんか?」


女子寮の入り口付近で、一人の貴族の女子生徒が男子生徒に懇願している。

その女子生徒の肩越しに見えたのは、クラスメイトであるアレクシス・ミノールの整った横顔だった。


「ダメだ。銀潮標準券シルバー・スタンダードでの貸付が絶対条件だ。ただし、金利や返済サイクルについては相談に乗ろう」

「……シミア様。何か御用でしょうか?」


メイドの声に、シミアは意識を引き戻された。


「あ、はい……お恥ずかしいのですが、制服が皺になってしまって。午前中に授業があるんですけれど……」

「お洗濯とプレスですね? 承知いたしました」


メイドはシミアの手から制服を受け取り、カウンターのバスケットに入れると、手際よくシミアの名前が書かれたタグを取り付けた。

あっさりと引き受けてくれたことに、シミアは安堵の息を吐く。

貴族的な、身の回りの世話を全て任せる生活にはまだ慣れないが、この手際の良さと親切さには心から感謝した。

その時、花の香りを纏った風が吹き抜けた。

先ほどアレクシスと話していた女子生徒が、逃げるようにシミアの横を通り過ぎていく。

視線を向けると、その背中を見送っていたアレクシスと目が合った。

一瞬の躊躇い。

だが、シミアは歩き出した。背を向けて去ろうとする彼を呼び止める。


「あの……アレクシス・ミノール君」


アレクシスが振り返る。巨体と衝突しそうになり、シミアは急ブレーキをかけた。


「アレクシスでいい。シミア君」


彼は習慣なのだろう、シミアを頭のてっぺんから爪先まで値踏みするように眺め、緩りと問うた。


「君も、『業務』の話かな?」

「『業務』、ですか?」

「ああ。私は家門および個人への融資サービスを行っている。君の友人の価値コネクションを考慮すれば……そうだな、金貨五百枚相当の『銀潮標準券』くらいなら、無審査で貸せるぞ」


アレクシスの営業スマイルを見て、シミアは言葉を失った。

(金貨五百枚!? 私に? 使い道なんてないけど……待って、今『銀潮標準券』って言った?)


「あの……銀潮標準券というのは?」

「我が国が新たに発行した融資用通貨だ。現在、一単位につき金貨二枚のレートで取引されている」


アレクシスはポケットから精巧な紙幣を取り出した。

複雑な透かし模様が入ったその紙片の中央には、『壱百(100)』という数字が額面として刻印されている。


「この券一枚で、連邦のあらゆる店舗、商会、銀行で金貨二百枚と交換できる」

「金貨に換えられるなら、どうして最初から金貨を貸してくれないの?」


シミアの素朴な疑問に、アレクシスの顔に微かな驚きが走る。


「銀潮標準券には多くのメリットがあるからだ。まず携帯性。金貨二百枚を持ち歩くのは重いだろう?」


シミアは頷く。確かにその通りだ。


「それに、連邦の加盟店ならどこでも使える。王都にも我が国の商会は増えているから、使用に不便はしないはずだ」


そこで彼は人差し指を立てた。


「唯一の違いは、『我々は標準券で貸す。ゆえに、君が返す時も標準券でなければならない』という点だけだ」

「……なるほど」

「で、いくら必要なんだ?」

「ごめんなさい、アレクシス君。今のところ、お金を借りる必要はないかな……」


シミアの回答に、アレクシスは目を丸くした。

彼は目を細め、目の前に立つ華奢な少女を品定めするように見下ろす。


「……そうか。なら、失礼する。金が必要になったら来るがいい」


隠そうともしない不機嫌さを滲ませて、アレクシスは踵を返し、中庭の方へと歩き去った。

その後ろ姿を見送りながら、シミアは深い思索に沈んだ。

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