序章(旧序章の統合)
噎せ返るような煙草の匂いと、安物のカップ麺のそれが混じり合い、古びたネットカフェの淀んだ空気の中で固まっている。制服姿の少女は、そんなものには気づきもしない。旧式エアコンの隙間から流れ込む冷たい風に、彼女はただ無意識に、イヤホンから流れるリズムに合わせて足を揺らし、骨の髄まで沁みる寒さに、リズムで抗っていた。
彼女にとって、この冷たい世界に意味などない。唯一のリアルは、ただ、目の前のこのデータで構成された戦場にのみ、存在した。
スクリーン上では、古の戦争の盤上遊戯が、すでに終局を迎えていた。彼女のIDは、一連の、冷たい数字。そのIDを縁取る、煌びやかな黄金の龍紋のフレームは、しかし、このサーバー内で知らぬ者のない恐怖の象徴――勝率が限りなく百パーセントに近い、第二位の証。
彼女のカーソルが、冷静に、古地図と駒の記号で構成された戦場を滑る。陣形の中央にいる剣盾兵と長刀隊は、一見、防衛の核に見えるが、彼女の目には、ただ、対戦相手に捧げる生贄に過ぎない。彼女は躊躇いなく彼らを後退させ、機動性の高い騎射兵を前線へと押し出した。精鋭の騎士は、鞘に収められた利刃のように、側翼の影に潜んでいる。そして、両翼の森の中では、真の切り札である長槍兵が、とうに、闇と一体化していた。
罠は、すでに、仕掛けられた。今、ただ、あの唯一の、彼女が生贄を捧げるに値する相手が、足を踏み入れるのを、待つだけ。
……
ネットカフェの喧騒と隔絶された、もう一つの、ほとんど無音の世界。
単調な生命維持装置が、規則正しく「ピッ、ピッ」という音を刻み、消毒液の匂いが、目に見えぬ薄い紗のように、この、暖かく、そして、白すぎて落ち着かない特等病室を覆っている。病弱な少女は、ベッドに半ば身を起こし、巨大な窓から差し込む陽光がその身に降り注いでいるが、その、ほとんど透明に近い皮膚に、一筋の血色をもたらすことはない。
あの、水の入ったコップを握ることさえ、少しばかり億劫な、青い血管がはっきりと見えるその手は、しかし、今、安定して、ノートパソコンのタッチパッドを操作していた。
彼女の陣形は、相も変わらず、まるで完璧に稼働する精密機械のようだった。二隊の重盾兵が、揺るぎなく陣頭に立ち、まるで越えることのできない山脈のようだ。四隊の長弓兵が、その後方で交差するように配置され、完璧な十字砲火網を形成している。いかなる、大胆にも近づこうとする敵も、有効射程に入る前に、引き裂かれていくだろう。
彼女は、そっと額の冷や汗を拭い、視線を、スクリーン右上の、あの数字のIDへと落とした。「残酷な軍神」と呼ばれる、あの一連の数字のID。彼女は未だ、一敗も喫していない。この病室の少女が、彼女の前に立ちはだかる、最後の障害だった。二人は、等しく、この世界で、残酷な戦術と戦争芸術の壮麗さを、極限まで発揮できる、天才と称えられていた。
彼女は深く息を吸い込み、あの、冷たい空気が、衰弱した肺の中で、抑えつけられた痙攣を引き起こすのを、なすがままにした。
そして、彼女は、最後の力を振り絞り、人生で最後の、「準備完了」ボタンを、押した。
……
戦争は、雪のように白い大平原で、勃発した。
病弱な少女の軍隊は、まるで一つの、移動する鋼鉄の要塞のように、重々しく前進する。「残酷な軍神」の弓騎兵は、しかし、血に飢えた一群の餓狼のように、要塞の周りを高速で駆け巡り、狡猾な冷たい矢で、絶えず陣形の側翼を引き裂き、混乱と、死傷者を生み出していた。
病弱な少女の対応は、電光石火の速さだった。彼女は、即座に自軍の騎士を派遣し、的確に、相手の弓騎兵へと向かわせた。「残酷な軍神」は、まるでそれを予期していたかのように、彼女の騎士もまた、同時に出撃し、躊躇いなく、病弱な少女の騎士と、絡み合うように戦い始めた。側翼の騎兵戦場は、瞬く間に、膠着した泥沼へと、陥った。
それは、教科書のような、序盤戦だった。双方は、共に、最も正しい対応を取った。
しかし、盤上の遊戯は、この瞬間から、ようやく、本当に始まったのだ。自軍の騎士によって解放された弓騎兵が、即座に馬首を返し、致命的な矢の雨を、側翼を支援しようと試みる、病弱な少女の長槍兵の陣線へと、注ぎ込んだ。
「やはり、私の歩兵の核を、揺さぶるつもりか」病弱な少女は、相手の意図を見抜いていた。彼女は冷静に、前列の重盾兵を前進させ、完璧に、移動中の長槍兵を庇った。一つの、標準的で、堅実で、一切の隙のない、防御。
だが、まさに、その重盾兵が前進し、後方の歩兵陣線との間に、微小な隙間が生まれた、その一瞬――
「残酷な軍神」が、勝利の笑みを浮かべた。
彼女の、あの、ずっと動かずにいた剣盾兵が、まるで檻から放たれた猛虎のように、あの、瞬く間に消え去る隙間を通り抜け、猛然と、病弱な少女の弓兵陣地へと、突撃した!
「何?!」病弱な少女は、初めて、驚きを感じた。彼女は、即座に中央の長槍兵を、慌てて後退させ、急ごしらえの槍の陣で、剣盾兵の衝撃を、食い止めようとした。
だが、それこそが、「残酷な軍神」が、待ち望んでいた、瞬間だった。
病弱な少女の中央陣線が、後退防御によって混乱したのに合わせ、「残酷な軍神」の、あの、ずっと予備隊として扱われていた長刀兵が、まるで死神の鎌のように、剣盾兵の両翼から、唸りを上げて飛び出し、長槍兵が晒した、脆弱な側翼へと、非情に、斬りかかった!
ほぼ、同時に――
「ブオォ――!」
一つの、重々しい角笛の音が、あの、ずっと沈黙していた、森の中から、響き渡った!
とうに、潜伏していた長槍隊が、まるで地獄から湧き出た復讐の矛のように、狂暴に、飛び出し、あの、とうに膠着し、勝敗が、ただ一線の上にあった、騎兵戦場へと、まっすぐに、突き刺さった!
これこそが、真の、切り札!
病弱な少女の顔に、初めて、驚嘆と、苦渋が入り混じった、微笑みが浮かんだ。彼女は知っていた。自分が、負けたのだと。これ以降の抵抗は、ただ、あの、緻密な陣形を、この、環と環が連なるような、連撃の下で、より、徹底的に、崩壊させるだけに過ぎない。
潔白な雪原の上に、暗赤色のピクセルが、絶えず咲き誇り、最終的に、一つに繋がっていった。
……
「勝った」
少女はイヤホンを外し、一ヶ月にも及んだ、頂上への道が、この瞬間、句点を打ったことを、宣告した。喧騒のゲーム音が消え、ネットカフェの、あの、息が詰まるほどの寒さと、腐敗した匂いが、再び、彼女を包み込んだ。
彼女は、疲れたようにスクリーンを眺めた。チャットボックスに、あの、たった今、彼女に打ち負かされたIDが、一行の文字を、残していた。
【また、一緒に遊ぼう。】
相手のアバターは、すでに、暗く、消えていた。
「いいわよ」彼女は、無意識のうちに、そっと応えた。一股の、抗うことのできない眩暈が、しかし、猛然と、彼女を攫った。机の上に、山のように積まれた菓子袋と、あの、勝利の文字が点滅するスクリーンが、彼女の視界の中で、次第に、ぼやけ、回転し、最終的に、永遠の闇へと、帰した。
……
病室の中の少女は、静かに、ノートパソコンを閉じた。その顔には、一筋の、安堵の笑みが浮かんでいた。
数名の、白衣をまとった医師が、すでに、ベッドの傍らに、音もなく立ち、久しく、待っていた。彼女は、申し訳なさそうに、彼らに微笑みかけると、そして、素直に、あの、冷たい、可動式の病床に、横たわった。
手術室の、あの、重々しい扉へと、押されていく時、彼女は、天井の、絶えず後退していく照明を見つめながら、心の中で、そっと、祈った。
「もし、また、一緒に遊べたら、いいのに」
同じ、寒い冬の日、同じ、偶然の時刻。
二人の、素知らぬ少女が、盤上の両端で、共に、人生の終局を、迎えた。
初めましての方も、いつも読んでくださっている読者の方も。『軍神少女』の世界へようこそ。もし、タイトルの変更にお気づきになり、このページを開いてくださったのなら、これほど嬉しいことはありません。
本日、2025年6月29日は、『軍神少女』にとって、一つの節目となる日です。今日この日より、更新のペースを少し緩め、より一層クオリティを優先して、この作品全体を見つめ直していきたいと考えております。詳しい理由につきましては、7月上旬の更新にて、改めてご説明させていただきます。
以前の私は、これは六年も前に書いた作品だからと、読者の方が限られていることを自分に言い聞かせるように慰めていました。ですが、本日より、今の私の持てる力のすべてを注ぎ込み、過去に執筆した章の全面的なブラッシュアップを行ってまいります。その中には、これまでに無かった新しい内容も含まれるかもしれません。読者の皆様、どうぞご期待ください。