診察
ビフレストの街に到着すると馬車は門を抜け、街の奥へと進んでいく。
街路には所々に兵士が立っており、馬車の邪魔にならないように人通りを整理しているようだ。
街の中を慌ただしく馬車が走り抜けていくと、事情を知らない街の人達が何事かとこちらを見て来た。
その際、馬車の中ではセティが膝の上でまだ寝ているものだから、何だか恥ずかしい。
馬車は街の奥へと進み続け、少し小高い丘の上に建てられた立派な屋敷へと到着した。
馬車は入り口にある大きな門を潜り抜け、屋敷の方へと進んでいく。
門から建物までは少し距離があり、敷地の広さと綺麗に整備された庭に驚いた。
まるでテレビで見たヨーロッパ地方にあるお城の庭園のような造りだ。
いつか箱庭の中に、こんな庭園を作る事が出来たら面白いかもしれないな。
って、客を呼ぶ予定も無ければ、こんなの作っても邪魔になるか。
すると屋敷の前で馬車が停止する。
「長旅お疲れ様でした。どうぞ外へ。」
「ライルさんもお疲れ様です。ほら、着いたぞ。セティも起きてくれ。」
セティは呑気に背伸びをして馬車から降りていったのだが…。
「カル、どうかしたの?」
「セティがずっと膝に乗っていたから、足が痺れて動けん…。」
「女の子に失礼だよ。大体、私はそんなに重くない。」
ようやく足の痺れが抜け馬車から外に出ると屋敷のドアが開き、中から数名のメイドさんと執事さんが現れた。
その中には他の人達とは少々服装の違う一人の男性が混じっている。
顔や雰囲気から気品のようなモノを醸し出す男性は、俺とセティの方へ走って来た。
「良く来てくれた。君達がカルとセティだな?遠い所から着いたばかりで申し訳ないが、早速詳しい話をしたいので、屋敷の中へ来て欲しい。」
挨拶もそこそこに屋敷の中へ案内されると、外観とは裏腹に内装はシンプルなものだった。
調度品やシャンデリアなどはあるのだが、煌びやかとまではいかない質素なものだった。
恐らく目の前の男性が領主様なのだろうが、あまり贅沢を好まない貴族なのだろうか?
一階の一室に案内されると、男性は執事らしき老人に、アンダリアさんとキアラさんを呼んで来るようにと指示を出していた。
アンダリアさんは薬品店を営んでいるので何となく理解出来るが、一介の受付嬢であるはずのキアラさんを呼ぶ理由は何なのだろう?
「まずは自己紹介をしよう。私はこのビフレストの街を任されているデニス・フォン・バルシュタイン伯爵という。」
「私はカル、こっちはセティです。」
「えっと、こんにちは。」
「突然呼び立ててしまった事を、まずは謝罪させて欲しい。娘の命が掛かっていたので方法を選んでいられなかったのだ。不快な思いをさせてしまっていたのであれば謝罪させてくれ。」
何と領主様は深々と頭を下げて来た。
貴族って平民に頭下げていいものなのか?
誰彼構わず命令をするような、偉ぶったイメージしかないんですけど?
「い、いえ、お気になさらないで下さい。丁度用事も終わった所でしたから。」
「そう言って頂けるとありがたい。早速で悪いが、事情を説明させて欲しい。実は数日前から娘の容体が悪くなってしまってな。医者もさじを投げてしまい困っているのだ。」
この世界の医療技術がどの程度なのかは分からないが、貴族お抱えの医者がさじを投げるとは、相当容体が悪いという事だろう。
「そんな時、商業ギルドのマスターから、セティ嬢の話を聞いたのだ。何でも素晴らしい薬を作るとか。それで急ぎの使いの者を送ったという訳だ。」
「商業ギルドのマスター、ですか?」
どうして商業ギルドのマスターが、セティの事を知っているんだろう?
だが、キアラさんの上司になる相手だから、そこは仕方ないのかな?
「そこで、セティ嬢に折り入って頼みがある。どうか娘を救っては貰えないだろうか?もちろん医者が見放す程の病だ。もし、ダメだったからといっても、君達に責任を押し付けるような真似はしないと約束する!だから頼む!娘を診てやってくれ…!!」
セティはきっと助けたいと言い出すだろう。
俺ももちろん助けたいという気持ちはあるが、一番の問題はセティの事が世に知れ渡ってしまう事だ。
セティの作るちょっと規格外の薬の情報が何処かに漏れたら、かなり面倒な事になるだろう。
「カル、その子を診て来るね。」
「いいのか?」
「大丈夫。多分、カルが心配しているような事にはならないよ。」
セティがデニスを見て、そう判断したのなら信じるしかない。
「そうだ、この件を知っているのは、私とアンダリア、そしてキアラの3人だけだから安心して欲しい。セティ嬢の事に関しては、秘密を守る事を約束する。」
「ん?待って下さい。出来れば商業ギルドのマスターにも守って頂きたいので4人なのでは?」
「商業ギルドのマスターはキアラだが?」
「あの人、ギルマスだったんですか!?」
ただの受付嬢だと思い込んでいたら組織の長だったとは予想外だ。
何でアンダリアさんの紹介とはいえ、新規の客相手にギルマスが自ら対応するんだよ。
だがこれで懸念が消えたのは確かだ。
この様子なら、これ以上セティの情報が流れる事も無いだろう。
懸念が払拭された所で、領主様に2階の一室へと案内された。
ドアを開けると薄暗い部屋には看病をしていると思われるメイドさんが二人と、ベッドには10歳前後と思われる痩せ細った少女が横たわっている。
燭台の蝋燭の灯りに照らされた少女の顔色は悪く不自然な咳を繰り返しており、かなりの重症だと伺える。
するとセティは躊躇う事も無く少女の隣へ歩いていった。
領主様にこれまでの症状を聞いてみると半月ほど前から咳が出始めると、次第に寝込むようになり頭痛や吐き気を訴えたらしい。
そして数日前から今度は目が見えなくなったと言い出し、一昨日からは痙攣までするようになったようだ。
今はセティがアンダリアの薬品店と商業ギルドに卸したポーションを飲ませる事で、症状が和らぎ何とか凌いでいる状態なのだという。
「クリス様、私の声が聞こえますか?」
「・・・だ、れ?」
「私はセティだよ。あなたの病気を治しに来たの。」
「ほ…とう?」
「うん。必ず治してあげるから、もう少しだけ待っていてね。」
「うん…」
セティはこちらへ戻って来ると領主様に空いている部屋を貸して欲しいと頼む。
領主様は俺とセティを隣の部屋へ案内した。
「ここは書斎だが、何をするつもりなのだ?」
「えっと、他の人と一緒に領主様にも部屋の外に出てもらってもいいですか?」
「すまないが、それは出来ない。君達の事は信用するが、娘に何をするのかは父親として知っておきたいのだ。」
セティは俺の方を見る。
箱庭についてどう説明したらいいのか、という事だろう。
だが、領主様の言い分は父親として当然の事、俺は黙って頷く事にした。
「分かりました。それでは、もう1つだけ約束をして下さい。」
「私に出来る事なら、何でもしよう」
「今から少しだけ不思議な事が起きますが、秘密にして頂けますか?」
「もちろんだ。それで娘が助かるのなら何でもしよう。」
「カル、お願い。」
「分かった。…狐の箱庭。」
壁に向かっていつもの様に呟くと、目の前に箱庭に通じる扉が現れる。
「こ、この扉は一体…!?」
「内緒です」×2
俺達は領主様と一緒に、箱庭の中へ入っていった。




