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第6話 二人で帰る

お待たせいたしました。ようやく最終話です。

 先ほどまで何とか体を支えていた足から力が抜け、レイは杖にしがみつくようにしながら、ずるずるとしゃがみ込んでしまっていた。

 言葉も発せず、動くこともできず、目の前のアルトの背中を見つめる。

 アルトは、剣の力を最大限にし、ゴーレムの腕を押し返そうとしていた。

 血塗れの下半身は、震え、真新しい深紅を添え続けていたが、それでも折れようとしない。

 かつて古代遺跡で拾ってきたバスタードソードは、持ち主の強い意志の力を受け、剣の威力を高めることができる、という魔術品アーティファクトだ。

 ただ、あくまでも剣としての性能を高めるだけなので、今回のように斬撃に耐性のある的にはそれほどの効力を発揮しない。


 それでも、とアルトは歯を食いしばる。


 レイが力なく倒れ、呼吸も止まり、青ざめていく様は、二度とみたいものではなかった。

 目の前で急速に失われていく体温。

 二人でコンビを組むようになって間もない頃。

 アルトの判断ミスでアルト自身がケガを負い、あろうことか彼は敵に背を向けた。

 それをかばうように、レイは敵の前面に立ちふさがり、禍々しいタリスマンを輝かせて、敵のすべてを灰にしたのだ。

 細い小さな背中で、アルトのすべてを守るように。

 同時に、レイ自身もその身を劫火にさらし、倒れた。


 あの時、たまたま高位司祭のレオンが通りかからなかったら……。


 「あんな、……あんな後悔は一度で十分だ!!!!」


 剣でなぎ払い、ゴーレムの太い指が数本飛ぶ。

 ゴーレムはしかし、もはやアルトを視界にとらえようとはしなかった。

 彼の頭越しに、その後ろにいるレイに近づこうと、重い歩みを止めることがない。

 レイは放心したのか、座り込んだまま動く気配がない。

 ゴーレムの指のなくなった左腕にしがみつき、アルトは叫んだ。


 「考えろ! レイ! 二人で生きて帰るんだろ!」

 「二人で……」

 「そう、だ。二人で!」


 焦点を失っていたレイの瞳に、光が戻ってくる。

 レイは浅い呼吸を何度も繰り返す。

 怒りに目の前が真っ赤になり、せわしなく呼吸をしているのに空気が足りないほどだ。

 無意識のうちに、詠唱を始める。

 先ほどまで手に持っていた巻物は、地面に落ちたままだ。

 代わりに、レイの言葉に反応して、タリスマンが輝きを強めていく。

 「レイ!」

 あれは、あの時に見た光。

 アルトは、激痛と痺れについうっかり手放しそうになる意識を何とかつかみ直し、レイに呼びかける。

 「だめだ、レイ。聞けよ! いいか、俺は、二人で! 生きて! 帰りたいんだ!」

 あの呪文は、レイ自身を焼き尽くす呪文だ。

 奇跡は二度も起きない。

 「俺を置いていくな、レイ!」


 のどを絞るような相棒の声に、ようやくレイは深い呼吸を思い出す。

 ゴーレムはしつこいアルトを畑とは反対方向に、自分の腕ごと投げつける。

 アルトの口から血が溢れ、地面に横たわっていた。

 レイはしっかりと杖を胸に抱き、今や何の障害もなく近づいてくるゴーレムをじっと睨みつける。

 畑の中では、マンドラゴラ達がじっとこちらを見つめていた。

 「考えろ。考えるんだ。……二人で帰る道を……」


 近づいてくるゴーレムが不自然に迂回する。

 そこは、マンドラゴラの畑のしきりが飛び出しているところだ。

 そう、ゴーレムはいつだって、「畑を迂回」するのだ。

 だって、奴の知性は「マンドラゴラから得ていた」から。


 レイは、頭の中で今まで無秩序に散らばっていたパズルが、ぴったりとはまるのを感じた。


 ゆっくりと、肩(らしき部分)を寄せ合っているマンドラゴラ達を振り返った。

 間近に響いた足音も、もう気にしない。

 レイは慎重に、杖の力だけで魔術を紡いでいく。

 歌うように、だけど、感情を廃して。

 細く高い声が空に吸い込まれていく。

 《炎のファイヤストーム》が、マンドラゴラを火に包んだ。


 一瞬の静寂の後、マンドラゴラ達は一匹残らず灰となって崩れ去る。

 重い足音が止まった。

 レイが首を巡らせると、そこには活動を止めたゴーレムが、まるで何百年も前からそこにいたような当たり前の顔をして、突っ立っていた。

 すべての情報も、判断力も、そして動くための動力も、ゴーレム(これ)の中にはなかったのだ。


 見つめていたのは、一瞬なのか、もっと長い時間だったのか。


 レイは一度頭かぶりを振ると、鞄からポーションを取り出し、慌ててアルトに駆け寄る。

 息があることを確かめ、ポーションを飲ませようとしたが、浅い息を繰り返すアルトは飲み込めずに口からこぼしてしまった。

 レイは意を決してポーションを口に含み、アルトの唇にそっと自分の唇を重ねた。

 血の味が口の中に広がる。それをこらえて、液を押し込む。

 アルトののどが、こくり、と動いた。

 残りのポーションも口に含むと、また口移しに飲ませる。

 力を取り戻してきたアルトの口が、今度は逆に、ポーションを強請るように、レイに深く口付けし吸い上げてくる。

 「んん! ん~!!」

 驚いたレイが暴れてもアルトの口は離れない。

 アルトは柔らかい感触をゆっくりと味わい、何かとても甘くておいしいものを口に含んだような、夢うつつのなかで目を開いた。

 目の前には、明るい緑の瞳に涙をたたえ、上目遣いにアルトを睨みつけるレイがいた。

 「……あれ? 俺、誘われちゃってる?」

 「バカアルト!」


 稲光が、アルトの脳天を直撃した。


 手加減していたものの、気絶したアルトをどうすべきかと途方に暮れていると、唐突に地面に魔法陣が展開し、レオンが現れた。

 レオンはのんきに周りを見渡した後、「全部、終わったようですね。よかった。荒事は苦手なんですよ」と嘯き、手の一振りでアルトを癒す。

 どうやって、ここに? という二人の問いかけには、薄く笑ってこう答えた。

 「アルトの剣には、女神の加護をかけてありますからね。剣の力を使ったときは、その場所も把握できるんですよ。それを目印に、転移してきました」

 「ちょっと待てよ、じゃぁ、剣の力を使ってすぐに来ればよかったじゃないか! 俺、死にそうになったんだぞ!」

 「渦中に来て、うっかり敵の面前なんてことになったら、私の方が死んじゃいますよ。大丈夫、私さえ生きていれば、何とかなるでしょう?」

 いきり立つアルトにかまいもせず、レオンはレイのぼさぼさになった髪を柔らかく撫でてくれる。

 「レイは大きなケガはなかったようですね。あまり無理はいけませんよ。女の子なんですから」

 「そうだよ、それ! 何で二人とも知ってるんだよ! いつから!」

 これまでずっと一緒に冒険をし、頻繁に三人で雑魚寝もしてきた。

 長い旅の間に、一度として女扱いされことはない、と思っていた。

 確かに、妙に休憩時間を長くとってくれたり、夜の見張り時間を短めにしてくれたり、馬の頭数が足りないときは乗せてくれたり……。

 しかし、それらは全部、レイが魔術師だからだ、と気にしたことがなかったのだ。

 「私が合流した時を憶えていますか?」

 レオンはレイのなめらかな頬を撫でながら、笑いかける。

 「あぁ、……あの時俺、意識なかったし。気付いたら、宿屋にいて、レオンがいて、助けてくれたって聞いた」

 「あの時のあなたは、全身ひどいやけどで、ローブもほとんど焼け落ちている状況でした。私の一番の奇跡で何とか体は治せましたが、服は……ね。あなたの荷物からアルトが出してきて、二人で着替えさせたんですよ」

 「……それはつまり……」

 「見たってことですね」

 さらりとレオンが肯定し、アルトは視線を合わせないようにそっぽを向く。

 「うぎゃぁぁぁぁ~!」

 まるで今目の前で裸を見られたかのように、レイは顔を真っ赤にして、うずくまったのであった。


 「何か今回は散々だった」

 夕闇が迫る中、三人はもう一晩だけここにキャンプし、明るくなってから、ゴーレムが入っていた小屋を徹底的に調査することにしていた。

 子ども達はレオンの手で、ギルドの職員達に預けられている。

 傷を癒された後は、行方不明の届け出が出ていないか、ギルドの方で探してくれることにもなっていた。

 それらを聞いてほっとしたレイとアルトは、たき火を囲んで座り込んでいる。

 夕食の用意は、味にうるさいレオンが一人で行ってくれていた。

 「でも、おまえが望んだとおり、子ども達は全員助かった。ゴーレムは倒せた。マンドラゴラも一匹だけだけど手に入った。めでたし、めでたし、じゃん」

 アルトは地面に敷いたマントの上に横になったまま、たまにごそごそと動く自分のリュックを眺めて、とても満足そうだ。

 そう、アルトは自分のミスでゴーレムを招いたものの、そのおかげで一匹だけリュックに入れていて、レイに焼き払われることなくマンドラゴラ入手に成功したのであった。

 全部、燃えてしまえばよかったのに。

 舌打ちとともにそんなことを考えるが、さすがのレイにも、今更残った一匹まで燃やし尽くす気にはなれない。

 代わりと言わんばかりに、枝をまとめて数本、たき火にくべる。


 「レイ! あまり火を大きくしないでください! 鍋が焦げます!」


 すかさずレオンの叱責が飛ぶ。

 レオンは少し離れたところで野菜を刻んでいる最中だった。

 レイは首をすくめた。

 「や~い、怒られた~」

 アルトの台詞がカチン、とくる。

 「まぁ、いいけどな! どうせ、ギルドに戻ったら、仲間は解散だ」

 「え? 解散?」

 アルトは驚きに声を失ったように、レイを見返してくる。

 その表情にますますイライラし、枝で地面をほじくった。

 「だって、そうだろ。おまえは……マンドラゴラを姉ちゃんに渡してウハウハかもしれねぇけど、俺は命がけで手に入れたのを、そんな風に渡しちまうのは絶対にやだ。……でも、おまえが命がけでとってきたのはあの姉ちゃんのためだし。……俺が納得できないだけなんだ。だから、一緒にいられない」

 胸の中のもやもやを言葉にするうちに、イライラはなくなり、代わりに切なさがこみ上げてくる。

 なのにアルトは、汚れたことなどなかったかのようなきれいな金髪を揺らして、くちゃっと笑った。

 「ん? 違う違う。そんなんで命懸けられないよ。これはおまえのだ」

 胸が激しく高鳴る。レイの一番大好きなアルトの笑い顔。細められた青い瞳は、じっとレイを見ている。

 「お、俺のためなら、命懸けられるとでも言うのかよ!」

 顔を背けようとしたところで、いつの間にか、アルトがすぐ横に来ていることに気付く。

 はじかれたようにアルトを見上げると、アルトはそのレイの頭をぎゅっと抱き寄せ、太くたくましい腕の中に囲い込んだ。

 「当たり前だろ。俺の大切な相棒だ」

 のどの奥が熱くなる。

 「……俺……、アルトの相棒でいいのか?」

 「俺の相棒はやっぱ、おまえしかいないわ。おまえのおかげで助かった、ありがとうな」

 瞼も熱くなったが、レイはそれをごまかすように、顔をアルトの広い胸板にすり付ける。

 「俺も……俺も、ありがとう。おまえが俺を止めてくれた。正しい方向に進ませてくれた。……俺、アルトの相棒でいたい」

 「ん。交渉成立だ。よろしくな、相棒」

 レイは声を出せず、無言のまま、拳をアルトの面前に突き出す。

 アルトは意外と泣き虫な相棒に苦笑いしながら、拳を合わせてやった。


 「元の鞘に収まるなら、始めから難しく考えなければいいのに」

 レオンは刻んだ野菜を鍋に入れながら、胸の中で独りごちる。


 「ん? 何で俺にマンドラゴラなんだ?」

 唐突に発せられたレイの質問に、目を見開いたレオンは慌てて鍋を持って火から離れた。

 何の予感もしないふうのアルトはあっけらかんと答える。

 「オッパイおっきくするため。おまえが女だって言い出せなかったの、そのせいなんだろ?」


 夏のある夜、山の中腹では大規模な山火事が起こり、たまたま居合わせた冒険者が消火活動の末、一人重傷になった、と麓の里でしばらく話題になったのであった。

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