4 そしてその時はやってくる
「ねえ。なんで五人分なの?」
ご機嫌な祖母の隣で牛丼をかき混ぜながら沙希は尋ねる。
食卓には祖父が几帳面に、綺麗に並べた丼が五つある。
たった二人しかいないこの家のどこに五つもどんぶりがあったのか謎だが、まあともかく並んでいる。
今いるのは沙希自身と祖父母の三人。計算ではあとひとり、母である翔子が帰ってくるだけのはずなのだが。
味見のため、ほんの少しおたまにすくって平たい小さな皿に汁を取る。
それを祖母に渡すと、祖母は苦笑した。
「すぐにわかるわ」
不審を覚えた沙希に祖母は牛丼の味を「これならいつでもお嫁にいけるわね」と評価した。
そして祖父はといえば、丼を並べる以外することがなかったのでテレビのニュースを暇つぶしに見ている。
「……もうすぐ七時なんだけどなあ」
時計を見れば、もう夜の時間帯に突入済みだ。
母が帰ってくる様子はみじんもない。
会社が終わってすぐに帰ると言っていたはずなのだが、予定が変わったのだろうか。
「あちらでの話し合いが長引いているのかしらね」
ふと祖母がそんな呟きを漏らす。
「話し合い?」
病院のことだろうか。
まさか、診察の結果が悪かったとか?
さきほど感じた不安が大きくなる。
「おばあちゃん」
鍋の火を切って沙希は再び祖母を見た。
しかし。
「大丈夫よ。とりあえずテレビでも見ながら待ちましょうか」
またはぐらかされた。
少し苛立ちを感じた沙希は「ちょっと。ちゃんと教えてよ」と祖母に詰め寄る。
母の声が家中に響き渡ったのは正にその時。
「ただいまぁ」
途端、祖父が立ち上がり、祖母も待ちかねた様子で玄関へと向かう。
わけのわからないまま沙希もそれを追って、玄関口に立つスーツ姿の母を見た。
随分嬉しそうな顔をしているが、不安を抱えたまま待たされた身としては気に入らない。
「おかえりなさい」
一応そう言って出迎えたものの、母への不満が小さく破裂した。
「ちょっと。なんでこんなに遅いのよ。もっと早く帰ってくるんだと思ってたのに」
「ああ。ごめんね。沙希ちゃん。いろいろあって。でも、喜ばしい知らせを持って帰ってきたのよ」
「……喜ばしい知らせ?」
ということは、朝言っていた病院は関係ないのか。
ホッとすると同時に少し気が抜けた。
心配は杞憂だったらしい。
母の笑顔は自慢げだ。
もしかして、勤めている会社で昇進が決まったとか。
だとしたら祖父母突然家に尋ねてきたのも頷ける。
母一人、子一人で色々と苦労してきたことが報われたのであれば沙希自身も嬉しい。
「あのね。沙希」
期待に胸を膨らませ、沙希は母の言葉を待った。
だが。
「私、赤ちゃんができたの」
「……は?」
沙希は耳を疑った。