5 あり得ない展開
今、母はなんと言ったか。
「赤、ちゃん?」
「紹介するわね」
唖然とするしかなかった沙希を放置して母は話を進めた。
恋する乙女モードというのはきっとこういうことを言うのだろう。
少しの恥じらいをもってして母、翔子は扉の向こうに立つ男を紹介してくれた。
「沙希ちゃんもよく知ってるわよね。松岡響児くん。私たち、結婚することにしたの」
そこにいたのは今日の昼にも見た、間違えようのない、黙っていれば好青年に見える腐れ縁の幼なじみで。
「……はい?」
耳を疑うこと二回目。
沙希はその場で凍り付いた。
何、コレ。
どういうことか話が飲み込めなず、沙希は必死に頭を働かせた。
母は現在四十歳。
二十歳を越えた娘がいるとは思えないぐらいに若くは見える。が、年齢は間違いなく四十歳。
そして響児はその娘と同い年。
しかもご近所さんで沙希にとっては天敵同然。
それが。
四十歳の母親と。
「結婚?」
…………ありえない。
理解して、沙希の顔は青ざめた。
冗談では、ない。
確かに、母には幸せになって欲しいと思っていた。
沙希がいることで、恋愛をしている場合ではなかったことに引け目も感じていた。
しかし、だからとよりによって何故この男なのか。
しかも。
「赤ちゃんって、何」
「え。だから。響児くんと私の子供で、沙希ちゃんの妹か弟よ」
冗談であって欲しいと思ってした問いは、沙希を現実から逃してはくれなかった。
母親、翔子が心底幸せそうに微笑んでいるのがその証拠。
二次元であれば絶対にハートマークが浮いている。
再び気が遠くなりかけた沙希に追い打ちをかけたのはもちろん翔子の未来の旦那様。
「沙希。喜べよ。お前兄弟欲しいって言ってただろ」
にやりと笑う様はいつもの意地の悪い笑みを何倍にもしたものだった。
ああ、今日の昼間感じた予感はこれだったのか。
沙希はそう思わずにはいられない。
「兄弟欲しいって、そんなの小学校のときでしょ。そんなの今頃持ち出さないでよっ」
せめてもの抵抗にと抗議の声をあげるも、それはむなしく玄関先に解けていく。
その間に、沙希は全てを理解した。
祖父母はこれを知っていたに違いない。
そっと横顔を伺えば、翔子に祝福の笑顔を向けていた。
反対する気はないことは一目瞭然である。
沙希は天を仰いだ。
ああ、天国のお父さん。
今すぐ幽霊でもなんでもいいから出てきてください。
で、この現状をどうにかしてください。
「なんだよ。嬉しくないのか」
「あたりまえよ!」
現実逃避しかけていた沙希はかろうじて踏みとどまった。
「っていうか、あんたのおじさんとおばさんは知ってるわけ。反対はされなかったの?」
「あ、沙希ちゃん。それなんだけどね」
沙希と響児のやりとりをほのぼのと見守っていた翔子はやっぱりほのぼのと、それでいて頬を赤く染めながら言った。
「ちゃんと許可はいただいたわ」
さらに。
「ま、やっぱ戸惑ってたけどな。でも、孫の顔が見られるってわかったら反対せずにオッケー出してくれたぞ」
ということは反対なのは沙希一人だけ。
沙希は何度目かの眩暈に、近くの壁に寄りかかった。
「……おじさんもおばさんも反対ぐらいしてよ」
がっくりと肩を落とす沙希だったが、この響児の両親だ。性格もまあ、押してはかるべし。
「っていうか、お母さん。こんな性格破綻男のどこがいいの?」
聞いたところで先程の母の反応を見ていれば予想はつく。
「全部よ」
真剣に、真顔で言われて沙希は頭痛を覚えた。
「響児くんってば、私の全部を愛してるって言ってくれたのよ。オバサンでもかまわないって。どうせ自分もオジサンになるんだからって。それにね。オレの人生は翔子さんのためにあるんだ。なんて言われちゃったらもう……」
娘をからかうのと同じ口で母親を口説いていたのか。
眩暈と、頭痛と、それに疲労。
もはや、何も言う気は起きない。
「翔子さん。ほら、あんまり体冷やすのは良くないよ」
普段は絶対に見ることの出来ない照れた表情を浮かべて言う響児に、翔子はうっとりとした視線を返す。
「ええ。そうよね」
いやもう、この様子を見ればお互いがお互いをどう思っているかなんて言葉にしなくったってわかるというものだ。
「嫌……誰か嘘だと言って」
定番中の定番な言葉しか出てこない自分を呪いながら、沙希はへなへなとその場に座り込んだ。




