わんこと白狐さまの一大事5
おれたちがささやかに白狐さまを助けたいと頑張っている裏で、父ちゃんはこんな風に手を尽くしてたみたいだ。
正直、かなわないと思った。
さすがおれの父ちゃん。伊達に長く生きていない。
血相を変えて泡を飛ばしながら大学教授が電話を掛けたのは、後で夏輝が教えてくれたけど文部科学省の外局、文化庁というところだった。
国内の遺跡の管轄をしてるところらしい。
電話を受けたのは、なんでも文化庁次長とかいう、お笑い芸人によく似た感じの役職の人で大学教授のかつての教え子だった。
「ナイト、名前が似ているだけで、お笑い芸人じゃないから」
「わかってるよ、そのくらい」←お笑い芸人も、売れてない奴は副業で食べてかないといけないから大変だなと、ちょっと思ってた。
そのお役人が教授の教え子だったから、普通ならお役所仕事らしく全てゆっくりと運ばれるややこしい事が、ものすごいスピードで進んだらしい。文化庁から直接電話を受けた、教育委員会の人たちがわらわらとやって来て、白狐さまのお社を含む辺りの広い一帯を調べ、工事関係者を呼んで工事中止を厳かに決定した。
犬の聴覚は、うんと遠くの物音も拾う。
おれは耳を澄ませて会話を拾い、夏輝に役所の人が言っている通りのことを告げた。
きっと、昔の忍者って、狗神の末裔だったりするんだよ。
想像だけど。
「文化財保護法に……って言ってる。発掘調査いかんでは、このあたり一帯が文化財保護指定を受けるかもしれないって。地層を掘り起こせば、他にも埋まっているものがあるはずだ……って」
「よっしゃ!」
よくわからないけど、夏輝が言うには、とりあえずともかく当分は大丈夫という事らしい。
おれは安心したのと同時に、盛大にため息を吐いた。
結局、おれって何も出来てない。
とうに成犬(一歳)になったのに、いつまでたっても父ちゃんにはかなわないんだ。
父ちゃんは、おれたちが慌てふためいている時に、きっちりとどうすれば白狐さまを守れるか一番いい方法を考えていた。
普段、つれない素振りをしていても、好きな奴の一大時には、なりふり構わずそいつを守る為に動くんだ。
好きな奴を守ると言うのは、こういう事だと、父ちゃんが背中で教えてくれたような気がする。
その証拠に、あれほど儚く消え入りそうになっていた白狐さまは、父ちゃんの姿を見た途端、くしゃと顔をゆがめると声を上げて泣いた。
「……長次郎っ!……ああぁーん……っ」
「よしよし。遅くなって悪かったな。八紘。何とか手を打って来たぜ」
「え……?長次郎、我につけてくれたその名……覚えて……?」
「常世を誓ったんだ、忘れるかよ。おまえの本当の名は荼枳尼天がつけた「淡嶋」ってんだが、おれがそんなふざけた名前はやめて、八紘にしなって言ったんだ。おれにとってお前は宇宙で一等別嬪で、相性の良い番の相手だぜ」
白狐さまが江戸時代の初めのころに告げた、本当の名前を父ちゃんは覚えていると言った。
白狐さまは、動物の中ではかなり位の高い狐で、神さまから「神さまの出来そこない」という名前を貰っていた。
やることをやりながら父ちゃんはいつも、悔しいくらい格好良い……。
「日露戦争の頃にも言っただろう?お前の名前は、「淡島」なんかじゃないってな。おれが付けてやった八紘という名前には「世界」という意味がある。この世の果てまで、一緒に居てやるって言ったはずだぜ。末世も近いが、まだその時じゃないからな。なあ、八紘。おれぁ、お前に何かあった日には、いつだってすべてを投げ打って駆け付けるぜ。それが惚れた相手に対する男のけじめってもんだ」
「長次郎~……ああんっ」
おれは、そんな会話を聞いて、ちょっとだけ感激して泣いた。
白狐さまの本当の名前なんて知らなかった。
あんなに綺麗なのに、荼枳尼天のくそばばぁ……さまったら白狐さまのことを本人の目の前で「できそこない」って呼んでたんだ。
ひでぇ……。
愛する男の腕の中で満ち足りて、白狐さまは翌日には、『つるつるぴちぴちたまごはだ』の輝きを取り戻していた。
※
淡島というのは、日本の最初の神様、伊邪那岐命・伊邪那美命の夫婦神が国生みの際、最初に生んだ島(子供)のことを言うらしい。
父ちゃんが言うには、泡のように頼りないという意味を持つらしい。人の形を成さない水蛭子に次いで生まれ、不完全な失敗作の子(島)とされたため、れっきとした神々の名前ではない。
名前の響きはとても綺麗だけど、愛情込めて付けたとは言えないんじゃないのかな。
例え自分の神使だとしても、男神の白狐さまに、婦人病や、安産、子授けなどを司る女性神の名前を付けるなんて、荼枳尼天のくそばば……さまもどうかしてるぜ。




