最終話「遺失」
登場人物
蓮実凛/売れない作曲家
長瀬結衣/家出お嬢様
一年後――
「っと……どうもこの姿勢に慣れないな」
くの字に曲げた俺の肘に手をかける結衣が、クスッと微笑む。
ショートだった髪は長く伸び、
結婚式用のメイクを施してもらった結衣。
綺麗だ。いや、美しい。
そう、今日は俺たちだけの小さな結婚式。
本番前、少し緊張しながら、
チャペルの大きな扉の前で式の開始を待っていた。
「靴も慣れないからな、バージンロードでコケるかも……」
「ヒイィ! 転んだ拍子にブーケも潰しちゃいそうです……!」
「それは悲惨すぎるな。お互い気をつけよう」
「はいい……」
「ところでさ、その傷……」
チラリと、右目の下に視線を送る。
「メイクで隠さなくて良かったのか?」
あ、聞かない方が良かったかな?
一瞬後悔したが、結衣はすぐに笑って答えた。
「はい! だって、この傷も私の一部ですから!」
「そっか、そうだよな」
その答えが全てだった。
最初、目出し帽を被って隠していた傷。
だけど俺にはまるで星のように見えた。
そして結衣自身、もう傷へのコンプレックスなんて、
完全に過去のものにしてしまったのだから。
ハレの舞台だからと言って隠すことはないわけだ。
愚問だったな。
それにしても……。
「5000円とは思えないよな、そのドレス」
「メロカリ様様です!」
「はは……」
なんと、結衣が身につけているドレスはフリマアプリで購入したものだ。
ウェディングドレスは普通、
レンタルするだけで数万円、いや数十万円するところ、
メロカリで好みのドレスを探して購入してしまった。
それでいいのかと少し心配すると、
「自分が着たいドレスをお得に買えて、最高です!」
だそうだ。
ただ、ドレス姿の結衣を見て、これが5000円とは誰も思わないだろう。
それくらいに美しい。
さらに。
俺たちの結婚指輪はステンレス製。
ペアで4万円台。これまた破格だ。
しかし、ステンレスのメリットは安さだけではない。
金属アレルギーを起こしにくく、サビや変色に強い。
つまり、耐久性や実用性は最強格なのだ。
せっかく指輪を作るのなら、普段からつけよう、
つけるなら気兼ねなく使え、長持ちするものにしよう。
そう話し合ってステンレスにした。
ついでに言えば、この結婚式も格安だ。
新郎新婦だけでも式ができ、挙式料は10万円以下。
のところを、半額キャンペーンで5万円以下。
もちろん、オプションをつければもっと高額にはなるが、
俺たちはほぼ基本プランのみの料金になった。
どうだろう、俺たちの結婚式は惨めだろうか?
見窄らしいだろうか?
社長令嬢なのに、
フリマアプリで買ったドレスに身を包み、
指輪も挙式も格安の長瀬結衣は、
「不幸」なんだろうか?
もし、誰かにそう思われたならそれでいい。
結婚雑誌に載っているような指輪だったり、
総額何百万円もする華々しい結婚式と比べれば、
誰だってそう思うだろう。
でも、『比べ』なければ?
俺たち自身が幸せであれば?
それで良くないだろうか。
あのパンデミックの絶望の中で、俺が辿り着いた答えだ。
だから別に結婚式だって、そもそもやるつもりはなかった。
たまたまキャンペーンを見かけて、
この値段ならやってみるかとなっただけだ。
なので、俺たちだけでひっそりとおこなうつもりだったのに……。
「しかしあの二人、どうやって嗅ぎつけたんだ?」
「ふふ、見てくださる人がいるのは、それはそれで嬉しいです!」
前日に式の担当プランナーさんから聞かされたんだ。
ご列席希望の方が二名いらっしゃるんですが、と。
結衣と相談してOKし、列席者は二人だけの結婚式となったわけだが、
今頃になってなんだか不安になってきた。
あの二人に式をぶち壊されないか、と。
まあこの際、どうにでもなれだ。
そもそも結婚なんてのは所詮、人間が勝手に作った単なる制度だ。
もともと俺はそんなものに、期待も憧れもない。
結婚が自分を幸せにしてくれるわけじゃない。
婚姻届にサインすれば、
結婚式や指輪にお金をかければ、
幸せになれるわけじゃない。
大事なのは見栄だとか世間体だとか、
そんなものに囚われず、
自分たちが見出した幸せを大事にすること。
愛で続けること。
結衣となら、それを……。
「あれ、どうなさったんでしょう?」
こちらへ向かって、
担当プランナーの秋本さんが慌てて駆けてくる。
「あの……すみません!」
「どうしました?」
「式のプログラムの一つの、『結婚指輪の交換』なんですが……」
秋本さんは息を切らし、
俺たちが預けた指輪ケースの、
赤い方を開けて見せる。
「奥様のものが、入ってなくて……」
「ギョエエーーーーー!!!」
ウェディングドレス姿のプラチナブロンド美少女が発したとは思えない、
世にもけたたましい雄叫びがあがった。
「妻さん、まさか……」
「今日、洗顔するときに外して、そのまま洗面台に……」
みるみるうちに青ざめる結衣。
あっけにとられたが、俺はすぐに笑った。
前の自分だったら慌てていたかもしれない。
でも今は、指輪ひとつ無かろうがどうってことはない。
だって長瀬結衣ってやつは、いつだって予測不能なんだから。
これからも当然、あれこれやらかすだろうし、
トラブルも起こし続けるだろうけど、
それでも愛おしいんだ。
離れることはない。
俺たちの行く末がどうなるか、
この身、いや、
この人生をもって『検証』していこう。
だからさ。
良いところもダメなところも全部ひっくるめて、
一緒にいさせてくれ。
さて。
もしここまで長々と、
俺たちの物語を聞いてくれた人がいたなら、
心からの感謝を伝えたい。
そして最後に、一つだけ聞いてみたい。
俺の中で答えは出ているが、
果たして皆様はどちらを選ぶ?
それでは問う。
長瀬結衣はポンコツお嬢様である。○か×か。
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○か×か、
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