陰鬱な光明 ①
「それは嫌だなあ」
苦笑を含みながら答える凪に絶句する。
さっき、聞いても良いと言っていたじゃないか。何なんだ。
「だって、僕は本物の橘凪だよ。本物の橘凪は、君に君の事を教える事を由としないんだ」
「はあ?」
「聞かれたことには答える。だけれど、直截に答えなければいけないことは受け付けないよ。例え、君の信条に反する事でもね」
「いや、それじゃあお前、さっきと言ってることが違うだろ」
「あの孔子ですら、学ぶことにおいて時と場合は弁えていたと思うけど。君も見習ったら?」
的確な提案に何も答えられない。例え実際の孔子が常に学ぼうとがっついてまで他人に教えを乞うていたとしても、今回の場合は凪の言うことも一理あるのだから。
「君は、『聞くべきもの』を見極めなければいけない。でも、それは本当に聞いて済ませて良いこと?自ら考えなければたどり着けないこともある。本人以外の他人が干渉するべきじゃない。それは、君が一番よく理解していると思うんだけど。それだけデリケートだということにまだ気づけない?」
「……いや、気づいている。気づくことはできている。けど、なぜか上手くできないんだ」
「ふむ」
「いつもなら、どうやって知ろうとか、どうしたら知ることができるかとか、すぐに分かるはずなんだ。だけど、今はそれができないんだ……思わず誰かに直接聞いてしまうんだよ。それしか方法が無いみたいに……」
「……今日はもう休もう。これじゃあ話が進まないだろう」
「けど、あの石は……ヨミは?」
「石?ヨミ?何も連絡はないけど……」
「クソ、初っ端から騙しにかかってたのか、忌々しいなあ畜生」
誰に言うでもない、ありったけの罵詈雑言を吐き出すと凪は面白がって散々笑った。
しかし笑い事ではない。こっちは嘘だと分かる嘘も見抜けなくなっているのだから。洒落にならない。
「でも、向こうが行動を起こしたのは良くないかもね。僕からヨミへ聞いてみるよ。今ならちょうど起きてるかも知れないからね」
「頼む」
突如現れた客人から始まり、偽物と本物の凪に振り回されてしまったこの時間の落とし前は誰が付けてくれるというのか。誰も彼もが引っ掻き回すだけ引っ掻き回して、後始末の責任は取ってくれないのだから質が悪い。いや、そもそも自分が怖気づいて何の行動も起こせなかったことにも原因があるだろう。
自室の布団に横になると、ようやく冷静になれた気がした。凪の言葉が無意識に反芻される。
そうか、自ら歩み寄らねばならなかったのか。例え傷つくことになろうとも、いずれは辿りつく運命である。分かってはいるが、認められなかった。認められなかったから、一歩も進めず、知らない知らないと言いながら知ろうともしてこなかった。最近ようやくその気が起きたかと思ったら、いつまでも燻ったままその場にとどまるばかりである。
しかし、きっとそれだけの事だったのだ。我が身の事なのだから、怯える必要は無かったはずだ。
消えていなくなってしまったあの少女のくだりから、本物の凪が出てくるまでが相手の仕業だとすると、相当手の込んだ事をしてくれたのだとまた腹が立つ。なぜこんな茶番に付き合わされなければならないのか。何が目的なのか。誰が仕組んだのか……考え出せばキリがない。十中八九、あの縁起の悪そうな石の計画だろうが、もうそこまで行動できる程成長しているというのか。ヨミは何をしているのか。仕事をしろ。
「はあ……」
このところ、しばらく余裕をもって生活している気がしない。何かしら忙しいし、今日のようなこともあって疲れは貯まる一方である。
また着替えもせずに眠り込んでしまう。そして憂鬱なまま朝を迎えるのだろう。
この陰鬱な生き様を今後も晒したくはない。
彼は、ようやく真相に近づく事を決意した。
そしてきちんと着替えた。




