陰鬱な光明 ②
しかし真相に近づくとは言っても、喪失症のように前例があるものではない。どんな歴史書にも、魔法書にも遺されていなければ、教えてくれる先人がいるわけでもない。他でもない自分の過去なのだ。それくらい自分で対処できなければ、もうどうにもならないだろう。思い出せたとて意味は成さなくなる。潔く忘れていた方が身のためだろう。
「とは言え……」
何も思い出せないのだから何も進まない。
孔は悪循環に捕らわれ、出鼻を挫かれたも同然であった。
彼が、ただの人間であれば。
「心霊章第一段第一番……」
魔法とは、何だって存在している。使用者がその存在と構造に気づき、扱えさえすれば、どんなものだって。魔法とは唯一、この世界でご都合主義が許されたシステムだろう。
孔は昨晩、精神的干渉を可能とする魔法の可能性を見つけ、新たに「心霊章」を作った。幻を見せる幻霧章とは似て非なるもので、こちらは直接精神に干渉できる魔法である。
「心霊章第一段第一番」。
その魔法は、特に対象者の記憶に干渉できる。彼は、うまくいけば忘れてしまった記憶も引っ張り出せるのではないかと踏んでいるのだった。
「……早く。好きなだけ漁っていけ」
あらゆる記憶を。自らの生き様を遡っていく。
(ダメだ、やっぱり所々抜けてるな……)
これまでに何度もあった、思い出せない記憶。家族から始まり、学生時代、少年時代……と様々な時期に亘り、はじめからなにもなかったかのようにすっぽりときれいに抜け落ちている。ちなみに、妹に関するものもなかった。
しばらくそのまま探ってみるも、なにも収穫はなく。やがて孔は、おとなしく魔法書を閉じざるを得なかった。そのまま床に描かれた魔方を砂を払うように雑に消し、どっかりとソファに身を預ける。
魔方陣は、非常に効率よく魔法を発動させられるものである。何があるかわからないため、必要ない場合は最低限どこか欠けさせるのがルールだ。
(は~参ったな……あんなに綺麗さっぱりなくなってるなんて……これはまた新しい魔法を探すしかないのか?)
全体重をかけてソファに座り、ひたすらに紅茶を煽る。煽るばかりなので、既に腹は液体で満たされていた。
いくら「天神」でも魔法を見つけるのは用意ではない。この心霊章も偶然見つけたものであって、またすぐに新たな心霊章を見つけられるとは限らないのだ。「見つけられる」ということを信用してはならない。
「しん……れい、しょう……と」
あらゆる魔法の研究に使っているノートへ、この新たな魔法を書き足していくうちに、それまでの焦りが消えていった。幼い頃から少しずつページを増やしながら覚えた魔法を書き込んでいたものだ。それはもはやノートの域を越え、草書へと変貌した、彼の魔女としての証である。現在はきちんとまとめられた柳原三珠の魔法書を使用しているが、彼が一番信用できるのはそのノートに限る。そんな彼の証は、彼の心を癒してくれるのだろう。
「ま、どうとでもなるだろ」
それなりに頭を抱えていたはずが、こうもケロっと切り替えてしまうのだから。
なにも自分一人でこなさなければいけないという訳ではないのだ。凪も部分的に手助けをしてくれるだろうし、最終手段としてヨミもいる。正直、自分の記憶が知り合いたちの助けがあっても元に戻る可能性もなく、信用もしていないが、ノーヒントよりマシであることに越したことはない。
さて、次はどうしたものかと悩んでいたとき、スマホに着信が入った。
画面には、「遠入」の二文字があった。




