春麗か ③
「命ちゃん、うちのお母さんに覚えた魔法を見せて遊んでたんだ。覚えるのが早いんだねえ」
「変な体質がなきゃもっと早く色んな魔法が覚えられるんだけどな。あの子は呪いがかかってるからどうしても時間はかかるなあと思ってたら、飲み込みが恐ろしいほど早くて、子供の頃の俺と比べたら全然優秀だったんだよ。呪いがもったいない」
「ふうん、そんなことが。固有の術が使いづらい術者は結構いるけど、命ちゃんは運が良いんだねえ」
「そうだな。ま、もし呪いがあっても無くても、波美の時より断然物を教えやすくて楽…」
その瞬間、凪の後ろから何か鋭いものが凄まじい速さで飛んで来た。それは凪の頬を掠め、向かいの孔の顔面を目指していた。彼がそれに気づいた時には既に少し遅く、少なくとも避ければ済むものを焦ったのかそうしようとしなかった。最終的には手で掴もうとして失敗し、彼の右手の甲に着地した。刺さったものをよく見ると、それはさっきまで波美が使っていたボールペンだった。
「あーーーーーーーーーー!!!??」
「孔!?大丈夫か!?」
今起きた事態を理解した凪は、慌てて雪駄を履いて外へ飛び出した。…にも関わらず、波美は痛みに悶絶する孔に白い目を向けたまま仁王立ちしていた。
「もう一度言ってみなさいよ。誰が、何だって!?」
「…何でもないです……」
「はあ!?聞こえないんですけど?!」
「はい!波美さんは飲み込みが早くて力量があって素晴らしい道士で術者の鑑です!」
「二人ともやめなよ…」
凪は、孔の手に刺さったボールペンを優しく引き抜きながら二人を窘めた。幸い、ボールペンは浅く刺さっていたため血が滲む程度の怪我で済んだが、波美の事なので、容赦なく呪いを込めている可能性も否めない。道士であれば、命そのものを扱うのはほとんど専門であるから。
「…ちくしょう、マジで痛え」
「波美…変な呪いとかかけてないよね…」
「そんなわけないでしょ。道術っていうのは寿命を延ばすのが中心であって、わざわざ寿命を縮めるような術なんて使わないわよ。道士の目的は、長生きすることなんだから」
「…どうだかなあ」
「まあ今のところ俺の体に異変も無いし、大丈夫だろ…」
「ふん。そもそも、私に道術を教えたのはあんたじゃない」
「お前の親父さん、泣いてたぞ…。『娘が一家に伝わる術を継いでくれない』って」
「興味が無かったのだから当然でしょ?私が術を覚えたところで、お家を継ぐのは兄さまなんだし。私は凪に出会ってから、同じお墓に入られればそれで良いということしか考えて無かったわ」
「んで結局俺に散々覚えさせられた…と」
波美は元々、現在凪と暮らしているこの町からずっと離れた町で生まれ育った。それだけ離れていれば生活も文化も使う方言も全く違う二人がどうして出会ったのかといえば、凪が大学時代に住んでいたアパートの近所に波美の実家があり、凪が通っていた大学の近くに波美の通っていた付属高校があったという、偶然に偶然が重なった結果である。ある朝に凪を見かけた波美はそのまま凪に一目惚れし、一週間で凪の個人情報を手に入れ、二週間目で凪に接近し、三週間目には学校で配られた進路希望のプリントに『橘さんの隣』と書いて先生に叱られたという経歴を残した。ちなみに、そんないわゆるストーカーの女を凪はなぜ愛したかと問うと、「何となく」としか答えない。
中国の術者だった道士は、今も昔も魔女のように迫害や差別を受けることは無く、現代ではその存在すらもあまり認識されなくなった。
波美の家が持つ先祖は、大罪を犯し、罰されるところを日本へ逃げ出したところを日本の術者に匿われて発展したと言われている。そのためか、これまでの世代に至るまでその家に生まれた者は必ず術者と出会い、その子孫を残してきた。現に、波美自身も術者の凪と結婚した。兄は未婚なのでまだ分からない。
しかし波美は何も考えずに凪へついて行き、実家を飛び出した。結果、波美は道士としての術を知らないまま外へ出てしまったことになるため、当主である波美の父親は頭を抱えた。その時、波美が嫁いだ地に『天神』と呼ばれる術者の天才である孔がいる事を思い出し、孔へ波美を術者として指導してほしいを頼み込んだ。それが、孔と波美の出会いである。




