母曰く ⑦
「あ、これは、その」
「どうして息子がいるって知っているの?」
「え?」
「…なんてね。いるのは本当だけれど、ちょっと前にいなくなっちゃった。でも、いまでも生きているのなら、あなたと同じくらいだったかもね」
伊織は意外にもあっさりと息子の話をしてくれた。本人からすれば、隠しているつもりはなく、今も生きているのかどうか危うい身内の話など話すに値しないとでも考えたのかも知れない。
「実は、俺の母親も行方不明というか…思い出せなくて」
「かわいそうに、きっと何かあるのね」
「息子さんの名前…」
「え?」
「息子さん、「孔」という名前でしたか?孔子の孔で」
「ええ、そうよ。良く知っているわね」
「俺、本当は」
言葉を遮られた。
伊織が、「しいっ」と、人差し指を立てて口元に当ててきたのだった。
その行動の意味を量ることはできなかったが、「それ以上は話すことではない」のだなと感じることはできた。
「あの子は本当に頭が良かった。私なんかよりもずっと。きっと、歴代の魔女の中で一番だと思うわ。その名前の通り、多方面の人から人望と信頼があったのよ」
「そうなんですね」
「でも、三年前のあの時に徴兵されてしまって、それから姿が見えないの。あの子のことだからとずっと信じていたけれどね。そういえば、ちょうどあなたとあの子の魔法の使い方がそっくりなの。驚いたわ」
「そうでしたか」
「ちょうどあなたと同じくらいの歳で」
「…」
「家族のことは人一倍大好きな子だったの」
「…」
「けれど、一度折れちゃうとなかなか元に戻れない、大変な子だった」
そうだ、その通りだ。
自分は、色んな同族に囲まれて、それでいて同族以上に家族のことを愛していて、残念なことにメンタルが強くなかった。そのくせ強情なものだから、母親には大いに苦労させたことだろう。
そうだ、それは自分だ。
あなたは、自分が生まれてこの方恋うた家族だ。
だけれど、その事実は伝えることができない。
自分の積み重ねられた臆病のせいで。
「あの、俺…」
「あなたも、お母さんがいなくなってとても寂しかったことでしょうね。でも、いつか必ず再会できるはずよ」
「…」
「菅道心さん」
伊織の囁くような声が部屋中に響いた。彼女は、孔の頭へと手を伸ばしてそっと髪に触れた。
そうして、呟いた。
「子曰く、父母は唯其の疾を之れ憂う」
「それは、孔子の…」
「親は子供のことが何よりも心配なのだから、あなたもお母さんと会うまでは、何をしてでも生き残るのよ」
それは、年越し前の十二月下旬、珍しく窓から夕陽が差し込んだ、どこか優雅で絢爛たる一日のことだった。




