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子曰く  作者: 神秋路
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母曰く ⑤

 例の少女は母親の隣にずっと寄り添っていた。腹を抑えながら奥の部屋まで行くと、彼女は泣きそうな顔をしながらこちらを振り向いた。


「道心さん…」

「…ごめんな、お母さん守ってやれなくて」

「ううん、道心さんたち、私たちのことかばってくれたから。むしろ、私が助けを呼んだせいで道心さんも怪我しちゃって…ごめんなさい」

「子供が大人に謝罪しなくていいんだよ。それに被害者なんだから…」

「うん…お母さん、大丈夫なの?」

「大丈夫だよ。だけど、しばらくここにいなくちゃいけないから、お家には帰れないけど…命ちゃんは、しばらくどこか別の家にいなくちゃいけないよ。大丈夫?」

「うん。でも、親戚も誰もいないの」

「そうか…この家も限界があるしな…」 

 

その時、凪の家に預かってもらおうという素晴らしい案が孔の頭に浮かんだ。凪は命のことを知っているようだったし、彼女は少し恐縮してしまうかもしれないけれど一番安全なところだろう。後で連絡を取って手はずを取ることにした。


「ところで、どうしてあんなことになったの?」

「ええとね、お母さんと二人で、お買い物に出たの。そしたら、あのおじさんたちが突然怒鳴ってきて…お母さんが「何にもしません、許してください」って言ったらもっと怒ったの…何をしゃべってるか分からなかった」

「そっか…それは怖かったね…よくやったよ。命ちゃんがこうして俺たちを呼んでくれなければ、お母さん死んでたかもしれないからね。そういえば本当に怪我はないの?何かされてない?」

「うん。見つかる前に、道心さんたちを呼びに行ったから」

「そうかそうか。命ちゃんはきっと強い魔女になれるな。頭が良い」


 命の頭をそっと撫でてやりながら、母親の様子を見た。ほとんどが土や泥の汚れだったようで、綺麗にしてやると目立った外傷はないことが分かった。その代わり、内臓や骨に何かあったかもしれないので、彼女を簡単に動かす訳にもいかなかった。

 まじまじとその母親を見ているうちに、孔はあることに気づいた。


(…母さん?)


 その母親は、間違いなく命の母親であったが、孔の母親にそっくりだった。しかし、彼が今思い出せる母親の顔はおぼろげでしかないので、厳密にいえば「何となく似ている」程度であった。

 紛れもないその人の子供が隣にいるので一切口にはしなかったが、他人の空似として片付けるのは容易ではなかった。


「命ちゃん」

「うん?」

「預かってくれる人がいるから、その人と話がまとまるまではこの家に泊まって。でも、お母さんがどうしても苦しんでしまう時もあるから、あまり長い時間はいられないけど」

「うん、大丈夫。私、我慢できるよ」

「それなら良かった」


 命は笑顔で答えてくれたが、きっと本当はもう大丈夫ではないはずだった。以前や今日に限らず、これまでも散々な目に遭わされてきたことだろうから。それが分かっていながら、「大丈夫?」だなんて愚の骨頂だとも思ったが、それ以外にかけられる言葉は思いつかなかった。


 命はこの三日後、凪の家に引き取られた。


 平気そうにしていながらも、母親から離れる時の彼女は本当に寂しそうな表情をしていた。

 この時にはすでに母親は目を覚ましていた。彼女も娘を引き取ってもらうことに賛成しており、娘に何度も声をかけて安心させようとしていた


「…やっぱり、十歳の女の子には酷い仕打ちよね…私がこんなに弱くなければ…」

「術者の能力は古いものが多くて、現代技術に太刀打ちできなくなったのは本当に仕方のないことですから…いくら魔女でも、女性が男に全力で暴力を振るわれてはそれも関係なくなってしまいますしね…」


 案外、その母親と孔はすぐに打ち解けた。どこか気まずくなるのも覚悟していたこうだったが、母親の方が予想外に明るい人物だったのが幸いした。


 その人の名は伊織(いおり)といった。孔は自分の母親も伊織という名かどうか思い出そうとしたが、いつもの通り、なぜか思い出すことができなかった。


「でも、本当にこの町に魔女が他にもいて良かった。きっと、家系を辿ると同じ先祖に当たるのでしょうね」

「そうですね」

「あれから三年かしら?魔女だけじゃなくて、術者全体の人口が減ってから…だから寂しかったの。私の夫もその頃にはもういなくなったから…」

「あの…何の話ですか?」

「あら、知らないの?三年前の、大きな戦争。術者削減大戦争なんて言われてるけど、実際は第三次世界大戦も同然よね」

「は、はあ…存じ上げませんが…」


 三年前にそんな大きな戦争があったのか。しかし、孔の記憶の中にそんなものはないし、もし実際に起きていたとして、大きな戦争が行われていることに全く気付かないでいられるだろうか。


 …そもそも、自分は三年前何をしていたのか、それすらも分からなかった。

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