馬鹿と変態と喪失症 ⑦
「は、はい?」
顔を合わせただけで、まだまともな会話をしたことがない教頭が何の用事があるのか。彼は小さな声で用件を話す。
「ここには人がいるから、ちょっと付いてきてくれませんか。いい場所がありますから」
手招きされながら連れて来られたのは、校舎の裏。日陰になっていて空気が冷たく、肌に触れると心地よかった。
道中で知ったことだが、どうやら彼は占い師の末裔らしい。常連の老婆のことを思い浮かべたがそれとは全く関係がなく、こちらは卜占などの占いをする日本古来からの一族だそう。
「あなたは若いのにすごくお強い人だね。この老いた目でもよく視える」
「別に俺は……」
「何も隠さなくていい。少なくとも、私の前ではね」
「ああ……占い師ならそうですよね……」
「しかし、その力も私の祖母の代で終わってしまってねえ。母方の血筋だったけれど私の母も姉も私も、ほんのひとかけらですら受け継ぐことはできなくてねえ。だから私たちは祖母の力に憧れたものだけど……」
彼はそれ以上何も言おうとしなかった。その訳を分かってはいたが、しばらくすると彼自ら続きを話し始めた。
「あなたもまだまだお若いのに、たくさん苦しい思いをしてきたんだろうねえ。私たちのようなものは皆必ずその道を歩むんだ。けれど、まだ幼い私たちはそれに気づくことが出来なかったし、祖母も何とか隠し通してきた。ただの人間だった母も、奇妙な術を使う祖母から生まれた化け物だと罵られていたようだが、祖母と同じように私たち兄弟に伝わらないようにしてくれた。実はそれを知った時──怖くなってしまって」
「それは当然の話です」
「私にこんな力が無くて良かったと思ってしまったんだ」
「それもまた一つの考え方です」
「気を悪くさせてしまったのなら申し訳ないね。……私はね、あのときそう思ってしまったのを今でも後悔している。もっとも、もういい歳になってしまった時だったがね。なえぜもっと早く、祖母や貴方のような者がこの世に存在する意味を理解できなかったんだろうと……ずっと、そう思っているんだ」
意味。存在意義。
それは孔が長年ずっと探してきたものだ。しかし、どれもこれも納得のいく答えは出ない。
「では、先生は私たちの存在する意味は何だとお思いですか」
「申し訳ないが私の口からはとてもとても……恐れ多くて何も言えやしませんよ。力がない以上、ただの一般人に過ぎないからね」
「そんなことはどうだっていいんです」
「いいや。これは貴方たち自身が自分で見つけなくてはならない。例えどんなに見つからなくても……」
「自分で見つけるためにお聞きしているのです」
「とても悲しくて、口にはしづらい運命だけど……術者の存在意義のために人間から言葉を聞くのは本末転倒だ。更に迷うことになってしまうよ」
この人は人にものを教える立場でありながらも、なぜ自分にはこうも頑なに語りたがらないのだろうと少し苛立つ。自分も師という立場に立ったことがあるからその理由も分からないでもないが、焦りもあるとなりふり構っていられない。
教頭は、そんな孔の心情を見透かしたのかもしれない。占い師の末裔というだけある。
「焦ることはありませんよ。私は力を受け継ぐことが出来なかった出来損ないのただの「人間」ですが、歳を取ると何となく分かるものなんですねえ。あなたが何を成したいのかは知りませんが、その目的に臆して言い訳を考える必要はないのです」
「……」
「さあ、あなたも師になるのですから、そんなに揺らいでいては生徒たちも揺らいでしまいますよ」
「……はい」
「ええと、神崎さんだったね。申し遅れたが、私は遠藤という者だ。よろしく頼むよ」
「はあ……こちらこそ、お世話になります」
時刻は夕方。黄昏時ともいえる頃で、魔女や妖が喜ぶ時間だ。けれど魔女である孔は、動く気にも喜ぶ気にもなれず、今度こそは死んでやれる気がした。
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