馬鹿と変態と喪失症 ⑥
「そういえば、凪が良い仕事を見つけたって言ってたわよ」
「マジで? なんでそれを早く言わないんだ!!」
「今思い出したのよ。知り合いがね、人を探してるんだってところまでは聞いたけれど……ごめんなさい、何のお仕事かまでは聞いていないわ」
「それなら、神社まで行っていいか?」
「ええ。忙しいから良かったら来てくれって言ってたもの。今でも大丈夫だと思うわよ」
ここまで必死になって仕事を紹介してもらい、自営業を放ってまで食いつくことにプライドはないのかと一瞬だけ考えた。しかし、幼い時から生きるために何でもしてきたつもりだったので、プライドなんかひとかけらもないということに気づいた。悲しいことである。
凪たちが勤める神社に行くと、人はちらほらいたが本殿で祈祷をしている様子もなく、とても静かな空間だった。凪が奏上する祝詞は非常に声が良く通って外まで聞こえるものだが、それがないとなると境内が少しだけ寂しくなるような気がした。
凪の姿は社務所の中に見え、参拝者であろう女性となにやら話をしていた。
「あははは!!」
「おとーさーん!」
子供たちは自分の父親を見つけた途端石段を素早く駆け上がり、何の遠慮も無しに社務所に向かって猛ダッシュした。凪も子供たちを見つけると、社務所の中から出迎える。
「二人とも、お帰り」
「おとしゃん、ただいま!」
「おとーさん、こーが一緒に来たよ!」
「そうなの?」
顔を上げると、視界に入ったのは帰ってきた妻と、白衣姿の怪しい男。孔が滅多にこの神社に来ることは無いので、そこにいるのが珍しすぎて、凪は思わず吹いてしまった。
「何がおかしんだよ、ぶっ飛ばすぞ」
「神域でそんな物騒なこと言わないでよ。悪かったって」
凪は先ほどまで話していた女性の対応を先に済ませると、すぐに孔の元へ来た。孔はその間子供たちと遊んでおり、特に暇をすることも無かった。
「お待たせ。最近、参拝者は少ないんだけれど、やることが多くてね……」
「嫌味か? 一刻も早く金を稼ぎたい俺への当てつけか?」
「そんなんじゃないって。ごめんね、この神社には稲荷はいないから……」
「そういうのはいいから、早く教えてくれよ」
「ハイハイ」
やれやれと言った顔で凪が袂からスマホを取り出す。少し操作したのち、「僕は詳しくないんだけど、ちょっと我慢すれば給料は良い方だと思うんだけど」とぼやいた。
「おうおう、ブラック企業ってやつか。ああだこうだと言える立場じゃないけど……」
「世間で聞くほど酷いものではないから、少しは我慢して。ところで、孔は自分の母校って覚えてる?」
「反吐が出る思い出しかないけど、覚えてるよ」
「僕の大学時代の友達がね、君がいた高校の先生をしててね……」
「ちょっと待て、俺に先生をしろって言いたいのか?」
「まあ、結論から言えばそういうことだね」
「そんなこと言われたって、俺、大学は途中で追い出されたから資格なんか……」
「化学の非常勤講師で良いってさ。資格がいらない方の。それなら大丈夫だろ?」
「でもさ、俺が化学を人に教えるって……」
「大丈夫大丈夫。実力もあるし、人に物を教えた実績もあるだろ」
「術者の術の使い方をな。それも道士の」
「上等だよ。じっくり人選なんてしてられないって様子だったから、少しだけでも良いからやってあげてくれないかな」
これだけ必死に頼み込んで来るのだから、きっと何かしらの事情があるのだろう。孔はそのまま承諾してしまった。こんなに簡単に決めてしまって良いものか、何か裏があるような気がしてならなかったが、世話になっている以上やたらと文句は言えない。どちらにしろ、既に決まってしまったことなのだ。
「これで友達も喜ぶよ」
凪はそう言って喜び、友人に吉報を伝えていた。
「一生化学の自習監督をさせられるところだったらしい」
それから話は滞ることなく進み、一か月もしないうちに本格的に仕事が始まることになった。一度学校まで赴いて校長や他の職員と顔を合わせたが、町の人間とは違って皆孔に敵意を向けることはしなかった。むしろ暖かく迎え入れたほどで、こんなことは凪や仲間内以来のことだ。なぜかと校長に聞けば、どうやら校長と教頭、その他一部の関係者しか孔の身元を明かされていないらしい。
──と説明してくれた校長の目は、明らかに蛆虫でも見るかのようだった。凪の友人がいるとはいえ、全員が容認派ではないのは当然のことだ。
しかしもう慣れてしまっていること。何も思うことはないが、その先が思いやられる。そう一人で憂えながら自分のデスクの整理をしていると、後ろから教頭に肩を叩かれた。




