4話
ばりばりR15です。ダークです。
私のお仕えするアメリアお嬢様は、貴族ぜんとした美しい所作で、繊細な絵柄のティーカップから紅茶を一口のむ。
「はあ~、しょうがないわね。適任があなたしかいないのよ」
「はい?」
また、毒舌が始まるな。
やたらと広い伯爵邸のアメリアお嬢様の無駄に豪華な部屋で、私は渋い顔をしている。
「だ・か・ら、下賤の街には下賤と行くべきだと私は思うの。だってロベルトなんて連れていけないでしょう?」
そうですね。彼は品がいいですね。ああ、お嬢さまは食い詰め子爵子息のロベルトの名は憶えているのですね。私の名は憶えないのに、そのきっぱりとした差別意識、いっそ清々しいです。こう見えてグラスハートなので、下賤から庶民に格上げしてもらえませんかね?
ということで、私は壮麗な屋敷を後にして、お嬢様のお供として孤児院への視察に行くことになった。
馬車でリーベの街へ向かう頃には私は疲れ切っていた。
出かける前にお嬢様の服装でひと悶着あったのだ。どうしても宝石の散りばめられた真っ赤なドレスと着ていくといって聞かない。この人そんなに攫われたいのでしょうか?売られたいのでしょうか?やっぱり馬鹿なの?
「この格好のどこが駄目なのよ!普段着よ!ふ・だ・ん・ぎ」
そのスタッカートやめて、むかつくから。鎮まれ私の拳、振り上げたらおしまいだ。
「ドレスには宝石が刺繍されていますし、髪飾りも宝石ですよね。まずいです。
あっという間に悪漢に攫われてしまいますよ」
「はあ?貴族の私に庶民の格好をしろと!」
ぱちんと扇子を鳴らす。機嫌が悪い時のくせがでた。
だったら行くなよ。庶民の街。
ええい、どうにでもなれ。
「おやおや、庶民の格好をすると何か都合の悪いことでも?どんな姿でもお嬢様の美しさが損なわれることはないと思いますが」
やけくそで、歯の浮くようなセリフを言ってみる。
「セバスティアン、部屋から出て行って」
再び、ぱちんと扇子を鳴らす。失敗だ。
「孤児院への訪問はやめにしますか」
「何を言っているの。着替えるからベッキーを呼んで」
え?まさかの素直。今までの問答何だったの?
遠い目でそんなことを回想しているうちにリーベの街についた。
そこはいつも私が気まぐれに寄付しているイケメン神父のいる教会ではなく、伯爵家の寄付で賄われているところだ。
街の入口に近くの比較的治安が良い場所にある。院長のシスターは貴族出身だ。
お嬢様を家紋付きの豪華な馬車から降ろし、孤児院とは思えな立派な場所へ入って行く。
すると感じの良い笑顔をしたシスターベルーナがお嬢様にあいさつに来る。どうやら院長室でお茶を飲んで話をするようだ。侍女のベッキーといそいそと応接室に入っていた。チラリと見えた応接室の様子はここ貴賓室?的な感じだった。
視察にきて視察は後回し。
私は外で待機していた。
なんだかこの孤児院おかしくないか?
普通知らない人が来たらガキ……いや、お子様は寄ってくるものだよな。
菓子くれだの、何だのと。
ここの子供はとても静かで礼儀正しい。清潔で、こざっぱりとした服装だ。
庶民な私はこれを素晴らしい!教育が行き届いている。
なんて露ほども思わない。
旦那様のにらんだ通りかな。
実はここを調べるように旦那様に密命を受けている。
久しぶりに、じゃじゃ馬の世話ではなく本来の仕事ができる。
解放感半端ない。
ほんと暴れ馬のお世話たいへん。
そういえば、この間執事教育で勉強したが、雇用関係には契約書というものかわすらしい。
私は伯爵家と契約書をかわしていない。これって多分、こっちが不利。ああ、隠密のお仕事だけしたい。
お嬢様の性格があんなのでなければ、この仕事は甘酸っぱい感じで、楽しいはずだ、たぶん。
心で盛大に嘆きながらも私は施設の中をうろついた。何せこのお仕着せ姿だから、こそこそしたら目立つ。だから、堂々と見て回った。収容人数は50人と聞いているが、なぜか施設はがらんとして他の子供たちを見をかけない。
すると、お嬢様に挨拶をした礼儀正しい子供が私のもとにきた。確か名前はジョシュアといっていたな。
「あの従者様、宜しければご案内致します」
にっこりといい笑顔で言われた。
金髪碧眼のイケメン神父の孤児院の子供達はこんな口は利かない。
私は「お菓子のお兄ちゃん」だ。
「ありがとう。私は貴族ではないから、そんなにかしこまらなくてもいいよ」
「いえいえ、院長先生の大切なお客様ですから」
と言ってにっこり笑う。隙がない。これ、しつけが良すぎて逆に不自然。貴族の子供でもバカは馬鹿で、しつけの悪いガキもいる。
「ちょっと!セバスティアン、何やっているの。あなた戸口前にじっと立って私を待っていないなんて。
職場放棄じゃない!」
後ろから、お茶をさっさと切り上げてきた、お嬢様のキンキン声が響いてきた。番犬よろしくたっていろと?ああ、犬のくせに「待て」ができなくてごめんなさい。
ってか御者なんて、外でタバコ吸って、女に声かけて好き勝手やってるぞ!
「申し訳ございません」
条件反射で丁寧に頭を下げる。
「わかればいいいのよ。いらっしゃい」
うん、今度私をセバスティアンと呼んだら、返事するのやめるよ。飼い犬の名前覚えないご主人ってないわあ。
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俺はじゃじゃ馬が寝静まる深夜。くだんの孤児院にいた。
正面玄関は変わりなし。
裏口に回った。男が数人警戒するようにたっている。
変だな。なんで、ごろつきが孤児院をみはっているんだ。
倒して侵入するか様子を見るか、しばし考える。
すると昼間の不気味なほど礼儀正しいガキが出てきた。ジョシュアだったか。
浮浪者の変装をして、堂々と見張っていると華美に着飾った派手な中年女が若い男達と出てきた。
よく見ると中年女は院長、男あさりにお出かけのようだ。
それを見送るジョシュア。もう、院長は街の歓楽街に消えたのに、彼はまだ外にいる。
なにかを待っているようだ。
院長についていくのはやめてジョシュアを見張ることにした。
しばらくすると大きなトランクを持った男が裏口にやってきた。
ジョシュアが手引きするように中に引き入れる。
見張りの男達達も、警戒しながら一人を残し孤児院に入る。
この時点で旦那様に報告に行くか、孤児院に侵入するか迷った。
だが昼の時点で50人収容されてはずなのに、その半分以下の子供しか見かけなった。
それが気になって仕方がない。
俺は侵入することにした。
すたすたと孤児院の裏口を目指してあるく。
「あ?てめぇーなんだあ」
不用意に声をかけてくる頭の悪そうなガタイのいい男に、予備動作なしの右ストレートを放った。見事テンプルにヒット、一匹仕留めた。
こういうやつは動きが鈍い。
中の奴らに警戒されると困るので俺は扉を慎重に開けた。行先は決まっている。子供を隠すならあそこしかない。人の気配すらないがらんと鎮まった施設を抜け、礼拝堂をへ侵入した。
チャペルのあたりにゆらゆらと灯りともっている。
男がひとり、チャペルのすみ立っていた。おそらくあそこが地下通路入口。
俺は気付かれないように這うようにして進んだ。
近寄って、当身をくらわせるとあっさり倒れた。
なんだか、今日はサクサク進む。こいつら街のちんぴら並みに弱い。
俺は服に隠した暗器を確かめ、地下へ続く階段を音を立てずに降りた。
新しい建物はずなのに、地下は妙にかび臭く、微かに糞尿の臭いがする。
奥の扉が開いていた。薄暗い廊下にちらちらと明かりが漏れている。
慎重に隠れながら近づくよりも、俺は早さを重視し、走り出した。
子供達のすすり泣く声が微かに聞こえる。
開いていた扉に飛び込んだ瞬間、ナイフが頬をかすめた。
俺は入ってすぐ右手にいた男を盾にした。
男の背中にあっという間に三本のナイフが食い込んだ。
奥の閉じられた扉の向こうから、子供の声のすすり泣きが聞こえてくる。
「ああ、何だ。昼間のお兄さんか」
変声期前の子供の声。見るとナイフを左右の手に構えたジョシュアだった。
「へえ、気が付いたんだ。勘がいいね。そういうの嫌いじゃないよ。助けにきたの?優しんだね。それともガキどもを横取りするつもり?いい商売になるものね」
ジョシュアは子供顔に悪魔のような醜い表情を浮かべた。
「お前、見かけはガキだけど、大人だろう?いくつだ」
一瞬、ジョシュアの顔が引きつった。
聞いたことがある。貧しい地区で育った殺し屋に子供姿をしたものがいるという話を。
まあ、よくある貧困だ。こいつがガキのわけがない。
「何だ、お前、裏社会の人間か?なんで、そんな奴が貴族の従者なんてやってる」
「それはこっちが聞きたいね」
俺はジョシュアに盾にした男を投げつけた。
奴はゆうゆうとよけた。でもそいつはブラフだよ。
奴の腹に蹴りを放った。
首に手をかけ、暗器のナイフを振り上げた。
「ちっ」
振り下ろせない。明日もお嬢様の世話がある。
血の臭いはかがせらせない。
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「セバスチイアン、人の世ってままならないものね」
「はあ、さようでございますか?」
明るい日差しが心地よいサロンで、お嬢様の紅茶を注ぎながら、私は適当に返事した。
思うにこの人は暇すぎる。だから、またくだらないことでも考えているのだろう。
第三王子に振られたのだろうか?そういえば最近王宮でお茶会が開かれていない。
そろそろお嬢様は愛しの君に会えなくて世を儚むころだ。
「わかってないわね。セバスティアン。この間視察に行った孤児院よ」
あれを視察と言えるのだろうか。お茶しにいったの間違いではないのか。
「ああ、つかまりましたね。院長」
「ええ、とてもよさそな方だったのに。清廉過ぎて息が詰まったのかしら、子供を虐待していたなんて」
院長は清廉と程遠い俗物で、寄付金の一部を自分の男あさりに使っていた。そして院長が歓楽街で遊んでいて留守にしている間に、あの個人では人身売買が行われようとしていたのだが、真実は伏せられている。
「息が詰まっても、決して、してはいけないことですよ」
「なっ!なによセバスチイアン!、私だって、そんなこと、あなたに言われるまでもなく、わかっていてよ!」
お嬢様が顔を真っ赤にして抗議する。
「申し訳ございません」
ただの条件反射で頭を下げる。謝罪0円。
「自分だけが苦労したとは思わないことね」
ぽつりと意外な言葉が彼女の口から零れる。……傲慢さを見透かされていた。
「まあ、私は美しいお金持ちだから、苦労なんて醜いものしらないけどね」
いつも通りのお嬢様だ。
「うわっ、にがっ!なにこれ、煮だし過ぎ、淹れなおしなさいっ!」
「はあ~」
「ちょっと、使用人が主の前でため息つくとは何事よ!」
かがんだ瞬間、ぴしゃりと扇子で頭をはたかれた。
今日もお嬢様は元気。アヴァロン家は平常運転です。