SS1.リヒャルト~とんでもない私の妹~
私の名前はリヒャルト。アルティノーレ家の長男です。今はお父様のような立派な王国騎士になるために騎士学校に通っているのです。
私には弟と妹がいます。弟は少しやんちゃな性格でよくハンスに叱られていました。ああ、ハンスというのはうちの執事で私と弟のエーリッヒの教育係です。
そして私が騎士学校に入学する少し前に妹のアインが生まれたのですが、この妹が私の理解を超える存在だったのです。
妹は名をアインスターといいます。初めての女の子ということもあってアインが生まれるとお父様もお母様もアインにかかりっきりになりました。赤ちゃんなので手がかかるのもあるかもしれませんが、エーリッヒの時はそれほどでもなかったような記憶があるのでやはり女の子は嬉しかったのでしょう。私はそのことが少し面白くありませんでした。
ただ生まれたばかりのアインは数日の間、泣きもせず眠ったように微動だにしませんでした。お父様もお母様もそれは心配そうに毎日メイドのターニャやハンスと交代で様子を見ていました。実際私もそんな妹がとても心配でしたが、もしかするとその時からうちの妹は何か特別な存在だったのかもしれません。
目を開けたアインはそれからは普通…いやむしろ勝手にどこかに這っていくし、エーリッヒ以上に落ち着きの無い子供でしたが、物心が付きだすと急におとなしく可愛らしい女の子になりました。
私が最初に驚いたのはアインがお父様の書斎の難しい本を読んでいた時でした。家のものは何故かアインが本を読んでいるのを気にしている様子はなかったのですが、あんな本子供がスラスラと読めるものではありません。
いや、アインも最初は文字が読めないようでしたが、いろんな本を読み比べたりしながら凄いスピードで読み書きを覚えていきました。しかもそれが魔法の本だったなんて…
瞬く間にアインは難しい言葉と魔法を覚えたようでした。普段は学校でなかなかアインが何をしているかわからないのですが、私が家にいる間はアインは剣の素振りを早々に終え、魔法の練習をしているようでした。
あれはアインがお父様に言われて初めて剣の素振りを行った日でした。慣れない手つきで剣を振っていたアインが、私との話の最中に急に何かを思いつき、信じられない動きを見せたのです。本人は身体強化だと言っていたのですが…
まあ、身体強化にしても騎士学校での学年が上がって覚え始めるもので、5年生の私でも少し感覚が掴めてきたかどうかというところでした。それがアインはお父様の動きを見てすぐに自分でも身体強化を覚え、私やエーリッヒにも教えてくれたのです。
身体強化の仕方など学校でも教えてくれるものではありません。実践の中で徐々に身に付くものだと言われていたのです。それが私はもちろん、エーリッヒまでできるようになってしまったのです。
そんなアインが魔法学校に行きたいと言い出した時には驚きました。いえ、私はアインが魔法を勉強していることも知っていたので怪しくは思っていたのですが、それでも私なら間違いなく騎士学校へ行くでしょう。行けば間違いなく騎士学校で主席です。それは断言できます。
しかも何故か私がアインの魔法学校行きを賭けて試合をすることになってしまったのです。アインの実力は知っていましたから、私が試合に負けたらもちろん、万が一勝ってもお父様に口添えしてアインが魔法学校へ行けるよう応援しようと思っていました。
…そんな気遣いは完全に無用でしたが。
お父様にアインは魔法しか使わないから大丈夫だ、と言われて試合を受けた私が馬鹿でした。いや、普通の魔法師なら私も一対一の試合で負けるわけがありません。魔法を使われる前に間を詰めて戦うというのが騎士のセオリーですから。しかしそんなセオリーにアインが気付かないはずはないと、何故あの時私は考えなかったのでしょう?
試合開始とほぼ同時にアインは魔法で空に浮きました。ええ、浮いたのですよ。信じられないでしょう?私がいくら剣を振ってももう届きませんよ…
そう思って空を見上げる私にアインは魔法で容赦ない攻撃を仕掛けてきました。無数の火の玉が私めがけて降ってきたのです。
咄嗟にお父様が出てきて試合を止め、空中に浮かぶのは無しだと言っていましたが、そんな魔法が使える時点でアインはこの国の騎士よりも強いことは明白です。だって剣が届かないのですから…
これでアインの言うように魔法の有用性は証明されたと思っていましたが、何故か諦めきれないお父様とアインが試合をすることになりました。
…その試合も圧巻でした。
アインの本当の強さは空中に浮く魔法だけではなかったのです。剣こそ自分で言うように未熟ですが、その剣の腕を考慮したうえでの試合運び。とても実戦経験が無いようには思えませんでした。そして気が付けばお父様が仰向けに倒れていたのです。
実戦では使い物にならないと言われていた魔法をいとも簡単に連発していたことなど些細なことだ、と
思えるほどにアインの戦いぶりは美しいものでした。
それからお父様もアインの魔法の有用性を認め、アインも無事魔法学校に行くことになりました。きっと魔法学校でもとんでもないことを普通の事のように起こしてしまうのでしょう。そしてアインが卒業して魔法の使える騎士になればきっとこの国は変わります。
その時に少しでも可愛い妹を守れる兄でいられるよう、私は頑張らなければなりません。このままでいけば最終学年を首席で卒業することは難しくないでしょう。でもアインを見ていると、そんなことは何の自慢にもならないと、そう思えるのです。何をどうやればいいか、今はまだ思いもつきませんが…
でも私は…アインの兄なのですから。