エゴ塗れの対峙
時間は進んで夕刻のアウロン沿岸部の貿易港、本来なら荷物を運ぶトラックや作業員で溢れている筈のその場所には今、多種多様な勢力の人間が偶発的に集結していた。
超能力者で構成され過激な活動を繰り返す私設組織マグメル、アウロンを初めこの国の広域に根を下ろす自警団由来のマフィア逆鱗、そして社会の治安を守る警察組織の機動隊という、本来なら顔を合わせるだけで血が流れそうな面々だが、彼等は皆この時だけは共通の目的を持って集っていた。
「こんなに、集まるもんなのか……」
そんな異様な状況の中に駆けつけた現在無職の青年ゴンは、マグメルの超能力者達の後方から首を伸ばすようにして、前方十メートル弱ほどの場所に確認出来る、彼が今日一日探し求めてきた少女の姿を見据える。
(やっと見つけた、エリシア!)
亜麻色の髪の映えるワンピース姿の美少女、強大な超能力者であり、この街で起きたテロの関係者であり、そしてゴンがもう一度会いたいと願ってやまなかった少女は今、手足を縛られスーツ姿の男の後ろで武装した男達に抱えられていた。
マグメルも逆鱗も警察も、そしてゴンも彼女を求めて今この時まで奔走してきた。ぶつかり合い、せめぎ合い、そして今は一時的な協力をし合い、各々の目的のためにエリシアという少女を見つけ出し、手が届きそうな位置まで近づいてきたのだ。
そして彼女を拘束しているスーツ姿の男ロウと全身黒い装いの兵士達こそ、黒づくめの集団だ。昨晩マグメルと銃撃戦を繰り広げ、今日の昼にはエリシアを逆鱗の人間が乗る車から連れ去った謎の勢力である。
「おい、ローウ! これだけ追いつめられたらさすがに降参するしかないし! とっととエリシア離せし!」
大勢の中からラファエラが一歩進み出て、銃を遠くに見える停泊中のコンテナ船の方へ向けながら要求を伝える。コンテナ船には黒づくめの仲間らしき連中が複数身を乗り出して銃でこちらを警戒しており、彼女の出方を伺っているようだった。
「フン、よくもまぁ、光に群がる蛾のようだな。諦めの悪い」
「当たり前だし! てめぇにエリシアを預けとく訳にはいかねぇんだし!」
ラファエラの気迫に感化され、マグメルの超能力者達がジリジリとロウとの距離を詰めようとする。
「自分達に危害が及ぶ事を恐れているとでも思ったか?」
ロウは焦る様子を見せず、冷静な口ぶりのまま懐から拳銃を取り出すと、自らの頭に突きつけた。
「俺が死んだらエリシアの超能力も消えてしまうかもしれない。俺にも分からないが、虎の子のエスパーの異能を失ってでも強硬するか?」
「チッ、いけすけない野郎だし!」
「ですが彼女の稀有な力が無くなってしまうのはやはり惜しいですわね」
ラファエラとロウの会話を聞いていたマルグリテが、車の窓から顔だけを出してそう呟く。
「お嬢様、危険です、じっとしていてください」
「ここは引いてはならない場面だと思いましてよ。ワタクシも逆鱗の一員、逆鱗の同志は敵意に屈してはならない、ですわ!」
マルグリテはアイギスの忠告を拒否し、防弾仕様の車から怖気づく事なく降りると、ロウ達と何も遮るものがない状態で距離を置いて向かい合い、こう告げる。
「あなた方の目的をお教えくださいまし。ワタクシ達が納得出来る真っ当な回答が得られれば、復讐に手を抜く事を知らない逆鱗の同志達にあなた方の血を流させずに済むかもしれませんでしてよ」
「マフィアのドンの娘が偉そうな口を利くじゃないか、撃ち合いになればお前もエリシアもただでは済まないぞ?」
「その選択肢をワタクシが選べないとでもお思いになって?」
あえて挑発するように、マルグリテは銃口を黒づくめ達に向けられても退く事なく堂々と立ったまま、ロウと視線を交わして牽制し合う。
「ちょっと、何相手を刺激してるのあの子は……!」
それを見ていたナターシャの呟きを傍で聞き、緊迫した状況に少し気圧されていたゴンは我に返ると、突き動かされるように足を前に進めてラファエラ達と肩を並べるように、マルグリテの度胸に負けないように、エリシアを捕らえているロウ達を睨みつける。
「……っ、お前も物好きだな。こんな異常な状況に自ら首を突っ込んでくるとは」
ゴンの姿を確認したロウは視線をこちらへ向け、やや目に浮かぶ敵意を強めて言葉を投げかけてきた。
「仕方ないだろ、俺だってお前等みたいなヤバい奴等とは関わりたくなんてないけど、エリシアを放ってはおけない」
「んー! んー!」
エリシアが身動きを封じられた体を揺さぶってもがき、兵士達を煩わせる。
「……お前はエリシアを取り戻して、何が出来る」
それを一瞥してからロウは自らの頭に向けていた銃をゴンの方へ向けて、そんな問いを投げかけてきた。
「何って……」
「お前も、そいつも、あいつ等も、エリシアを取り戻して何をする? サイコキネシスを利用した破壊活動か、力をひけらかした恐怖のシンボルか、悪事に加担した犯罪者扱いか。全部お前達の勝手な都合で、エリシアが欲しいんだろう?」
ゴンに続き、ラファエラ、マルグリテ、それからやや離れた位置に見える機動隊を指差し、ロウはエリシアを狙う連中それぞれの思惑を言い当てる。
「エリシアは超能力者だ、それも比肩出来る者がいない程に強い力を持つ。今の社会じゃ必ず普通には生きていけない、お前達のように力を使いたい奴等の事情に巻き込まれる。象徴だの戦力だの危険だの、そんな狭い了見で彼女を扱ってはならない」
「自分は違う、とでも言いたげな口ぶりですのね」
「当然だ。俺は見てきた、エリシアが異能によって苦しみ虐げられて苦しんできた姿を。どうせ平穏に過ごせないのなら、出来る限りマシな利用のされ方をさせてやりたかった」
「エリシアを一番マシに利用出来るのがてめぇらだって言うのかし! 大体てめぇと一緒にいる連中、余所者だし! アウロンから連れ出して何をする気だし!」
レイナのテレパスが読み取った情報では、黒づくめの連中は海外の人間で、危険な戦闘行為に遥かに慣れているという話だった。
つまりロウがエリシアを一番良い形で利用出来る相手と判断したのが、黒づくめだという事になる。ロウにそう思わせた彼等の正体を気にするのは、エリシアを各々の目的で取り戻したいと思う者達にとっては当然の事だろう。
「……役立てるのさ。超能力というものが何かを調べて、それを人の生活にどう応用出来るか、そのための研究素体としてな」
「はぁ!? ふざけんなてめぇ、それのどこがマシなんだし! てめぇの言い方じゃただのモルモットじゃねぇかし!」
「だが命と生活の安全は保障される。お前達のように不安定な繋がりの寄り合いではない、基盤とシステムが確立された組織の保護の下、お前達のような連中からエリシアの身柄を守って貰える。この超能力者を受け入れられない社会の中じゃ、一番エリシアが落ち着いて生きられる環境の筈だ」
「そんなもん分かんねぇだろうし! てめぇの言う事が本当なら、エリシアが研究材料にされるって事だろうし!」
「それでも、お前達に利用されるよりはマシだ」
ロウは窮地に追いつめられていながらも臆せずに、自身の行いがエリシアのためだと堂々と言ってのける。
「超能力者が生きにくい世の中だから、私達マグメルが超能力者の生きやすい社会を作るんだし! エリシアを仲間として受け入れる事が出来るのは同じ超能力者の私達だけだし!」
「あらあら、勝手にお話が進んでいるようですけれど、あなた達はどちらもエリシアに逃げられたんですのよね?」
「なんだし!? てめぇさっきも偉そうな態度してやがったが、たかがマフィアがなんでエリシアを狙ってるし!」
「ワタクシにとってエリシアは大切な友人ですの。友人を襲う危害を取り除いて差し上げたいし、ワタクシにはそれを実現する力がありますの。彼女が逃げてきた相手に彼女を渡すのを黙って見過ごす訳にはいきませんわ」
銃の射線が交錯し合う場に置いて、マルグリテは体を委縮させる事もなく優雅な笑みを浮かべたまま、ラファエラとロウの双方にエリシアは渡さないと宣言する。
『港にて戦闘行為に参加した全ての者に告げる。今すぐ武装を解除し、両手を頭の後ろに回して地面に伏しなさい!』
遠くから機動隊がこれ以上面倒事を起こさないように大人しくしろと要求してくるが、エリシアを狙う三勢力の面々は誰一人従おうとしない。逆鱗の構成員が真っ向から睨み合っているのでこちらへの介入も出来ないようだ。
「くっ……これじゃエリシアを確保出来ないじゃない。せっかく目の前まで来てるのに……!」
唯一警察関係者でエリシアの近くにいるナターシャも、どうすればこの緊迫した状況を打破出来るか、苦悩している様子だ。
(……なんだ、この感じ)
どいつもこいつもエリシアにただならぬ感情を抱いているのは会話を聞いていて伝わってくる。
だがゴンは形容しがたい違和感を、小さいながらもはっきりと感じていた。
「お前達じゃエリシアを敵意ある輩から防ぐ事は出来ない。超能力が受け入れられない社会から遠ざけなければ、エリシアは救われない」
「それはあなたも同じではなくて?」
「いや違う。俺はエリシアを守る手段を持っている。だから、お前達には渡さない」
「エリシアはあなたから逃げようとしていたのに? 至極身勝手ですわね」
「構わない。結果が彼女にとってプラスになるのなら、彼女の感情など関係はない」
ここまできて素直に敵対する相手の言葉を聞き入れる者などいない事ぐらいは分かっていたが、彼等の会話を聞いているともやもやした感覚が胸を覆ってくる。
つまるとこエリシアは自分達が手に入れる、他人には渡さない、マグメルも逆鱗も警察もロウと黒づくめ達もその点において意志は共通していた。
だが、エリシアのためだとかそうでないとか、会話の多くを占めているそんなニュアンス、ゴンにとっては正直どうでも良かった。
「……気持ち悪い」
気付けば口から本音が漏れていた。
「何だ」
「あんたらの会話聞いてると気持ち悪くなってきたって言ってんだよ。特にお前!」
呟きに気付いて不快そうな顔をするロウを指差し、ゴンは湧き上がってきた『エリシアを狙う連中』への不満を声に出す。
「つまりあれだろ、お前はエリシアのためならエリシアがどう思っても良いって事だろ」
「だから何だ」
「だから! 腹立つ。お前が好き勝手するための言い訳にしか聞こえないんだよ!」
「ではお前はどうなんだ? エリシアを俺達から救いたいのは、エリシアを自分の手元に置いておきたいお前のエゴによるものではないのか?」
「それは……そうかもしれないけど……でも分かるだろ! エリシアはお前等黒づくめから逃げてた、エリシアはお前等の思い通りにされる事を嫌がってる!」
マグメルと黒づくめに追われていたエリシア。両者のどちらとも付き従うつもりがないからこそ、彼女は一人で必死になって逃げ続け、偶然出会ったゴンに助けを求めてきた。
エリシアは俺に助けて貰いたがってる、なんて自惚れるつもりはないが、少なくとも彼女の気持ちを汲み取らずに自由を奪うロウや黒づくめ達の手に落ちたままで良いとも思えない。
「お前がエリシアを手にして、その後どうする。マグメルも逆鱗も警察も、勝手な目的でエリシアを狙う、お前では決して守りきれないと思うが」
「っ……!」
痛いところを突かれてゴンは奥歯を噛み締める。
「分かっているんだろう? お前じゃエリシアを安全に保護してやる事は出来ないと……!」
ただのフリーターに、社会の裏側で暗躍してきた勢力の行動を妨害する事など不可能な話だ。
ここまできて、まだエリシアを助ける前に達成した後のビジョンを思い浮かべて悩む自分が憎らしい。
「だーうっぜー喋り方だし! てめぇそうやって話逸らしてんだし!」
それを横で聞いていたラファエラが我慢し切れないとばかりに声を上げて、銃口の先を空へと向ける。
「結局、気に入らないって事なんだし。どんな魂胆があっても、とりあえずてめぇにエリシアを預けとくのだけは許せねぇって事なんだし!」
「フン、短絡的な考えだな。それにラファエラ、そもそもエリシアが逃亡するはめになったのはお前達が拒絶されたからだぞ」
「っ、うるせーし! それでもてめぇに渡すよりはマシだし!」
ラファエラに続くように、他の超能力者達は一層ロウや黒づくめ達に鬼気迫る表情を向け、今にも飛び掛かりそうな雰囲気だ。
「あらあら、中々割り切った気持ちの良い考え方ですのね。ワタクシも後先を気にするのは苦手ですの。その結果タテワキやワンさんに注意されて、困っちゃいますの」
「それは、マルグリテ様が、好き勝手に行動し過ぎ、だからです」
「手厳しいですのね、アイギスさん」
アイギスと呼ばれた、逆鱗の一員らしきスーツ姿の女性は「当然です」と小さく答えてから、視線をロウ達の方へ向け、
「我々逆鱗は、マルグリテ様に危害を加えた報復のため、ここまで来ました。その少女を人質に、時間を稼ぐつもりの、ようですが、あくまで我々の目的は、あなた達への攻撃であり、人質などどうなろうと、関係はありませんよ」
彼女の言葉に続いて、控えていた逆鱗の構成員の男達が物騒な武器を構えながら、一歩前に出てロウ達への敵意を曝け出す。
「それは、ダメだっ!」
一気にその場の殺気が高まったような気がして、ゴンは思わず逆鱗の構成員達のさらに前に飛び出してから叫ぶ。
「フン、見てみろ。どいつもこいつも自分の事だけを考えてエリシアの命運を左右する。早く動かんと先手を打たれるぞ?」
「チッ……!」
早く助けなければエリシアを狙う他の連中にエリシアを奪われてしまうかもしれない、緊迫状態が崩れて起きた衝突でエリシアが傷ついてしまうかもしれない。
だが自分が助けてどうなるという不安が未だに体に纏わりついて、次どう行動すべきか僅かな時間で必死に考えても結論が浮かんで来ない。
睨み合いに誰もが痺れを切らし、状況を打開するために動き出そうとしているのが空気で分かる。
このまま突っ立って喚いているだけではダメだ、エリシアに手は届かない。
「待って……!」
とにかく動こうとした時、ナターシャがゴンの腕を掴んで引き止めてきた。




