届かない
「な、なんですか」
「動いちゃダメ、敵が動いて乱戦になったら、台無しになるから!」
声を他人に聞こえないように潜めながらナターシャにそう諭され、言葉の意味が理解出来ずゴンは首を傾げる。
「どういう意味ですか? このままだといつまで経っても……」
「分かってるけど、私達じゃエリシアを捕らえている奴等の意表はつけないわ。あいつら只者じゃなさそうだし、下手に動いても勝てない」
「けど何か起こさないと……!」
機を逃して弾丸と超能力が飛び交う地獄絵図になるのだけは勘弁だ、挑発でも何でもしてロウや黒づくめ達の気を引きでもして状況を打開しなければ。
思わず声を荒げそうになるが、肩を寄せて鋭い目つきで行動を自粛するように訴えかけてくるナターシャの迫力に、息が止まりそうになって口を紡いでしまった。
「君の気持ちは分かるわ。だからこそ、動く時を見極めないと」
「何か策でも、あるんですか?」
「あるわ。そして、もう仕掛けてる」
「え?」
それはどういう意味かと尋ねようとした時、バゴンと何かが炸裂するような大きな音が港に響き渡り、その場にいた者の多くが驚いたり怯んだりして取り乱す。
音の正体は見上げなければその存在すら分からないくらいの高さまでボディを伸ばす、コンテナ運搬用に設置されているクレーン機のフックの先端、本来貨物を吊り下げるそれからは火の粉混じりの黒煙が立ち上り、弾けた何かの破片が宙を舞っている。
何が起きたのか、多くの者がその瞬間は視線を上へ向けていたが、数人のみが僅かに生まれた隙を狙うかのように体を動かしていた。
「んなっ、ナターシャさん!?」
「はぁぁ!」
一人はゴンの傍にいたナターシャ、もう一人はマルグリテの部下であり殺気立つ逆鱗構成員の先頭に立っていたスーツ姿の女性のアイギス。
二人共、拘束されたエリシアを確保する黒づくめの男達と、彼女を譲ろうとせずにこちらと対峙していたロウに向かって突っ込んでいく。
「っ、小癪な!」
ロウは身構え、先に肉薄してきたアイギスから繰り出される拳と蹴りに対処するが、その脇をすり抜けてナターシャがエリシアに手を伸ばす。
「ぐっ!?」
だが兵士の一人がそれを許さず、銃から持ち替えたナイフを振るってナターシャを牽制し足を止めさせる。
その拍子に腕を浅く斬られたナターシャは歯を食いしばりながらも引き下がりはせず、敵対する兵士と睨み合う。
「ワイズ!」
コンテナ船上にいた黒づくめの兵士が反撃しようと動くも、それより早くマグメルのリーダー格の男が部下に指示を出し、名前を呼ばれた少年の超能力で銃口をあらぬ方向へと逸らさせる。
「おっしゃー攻めろし攻めろし!」
こちらを牽制していた銃の狙いが外れ、ラファエラが好機とばかりにエリシアに向けて飛び出す。
「お、おい!」
様々な人間の絶え間ない動きに置いていかれそうになるゴン、それでもエリシアを救うチャンスを見出すべく、目を逸らしたり退いたりはしないよう足に力を入れる。
「んんんー!」
エリシア自身も今が解放されるチャンスだとばかりに体を暴れさせ、兵士達を困らせる。
「おらぁ!」
すかさずラファエラがエリシアの元へ肉薄しようとするも、ロウが彼女の方へ手を伸ばすと足に急ブレーキをかけてしまった。
「くそ、てめぇうぜぇし!」
「フン、お前は力がなければ喧嘩も出来ない臆病者らしい」
「エリシアを人質に取ってて偉そうに言うなし!」
なぜかは分からないが、ラファエラはロウの手に触れそうになるのを極端に避けているように見えた。
(そういや……最初にエリシアと会った時、あいつはロウって奴に触られた事をかなり気にしてたよな……?)
加えてその後エリシアの方からロウの手に触れ、『返して』と声を発していた。
どういう理由でそんな事を言ったのかは分からないが、ロウの手に触れられるのをラファエラが恐れた理由がそこに秘められているように思えた。
足踏みするラファエラとナターシャを尻目に、ロウと黒づくめの男達は体勢を立て直すべくコンテナ船へ向けて走り出し、船の上からは仲間がエリシアを手に入れようとする大勢に、ワイズという少年の能力の影響を受けたものとは別の銃を使って威嚇射撃を仕掛けてきた。
「お待ちなさい!」
マルグリテの掛け声に応じ、逆鱗の構成員達が一斉に動き出して後を追うが、弾丸の雨のせいで足止めを食らう。
(まずっ、船に乗られる……!)
多くの人間が関わってやっとの事で突き止めたエリシアの所在、ここで見失えば今度こそおしまいになると直感したゴンはいてもたってもいられなくなり、怯えながらもナターシャ達の横をすり抜け逃走するロウめがけて走り出す。
「っ、待って危ない!」
「うおおお!」
ナターシャの制止も聞かずに、半ばやけくそ気味にロウと黒づくめの兵士達との距離を詰めるゴン。
「エリシアッ!」
名前を叫ぶと、抵抗を続けていたエリシアが不自由な体を捻ってこちらへと顔を向けてきて、ゴンと視線が交錯する。
その瞳は連れ去られそうになる焦りや恐怖と、そして救いを求める微かな希望が浮かんでいて、ゴンは思わず手を伸ばした。
「いっ」
だがその瞬間、ゴンは左足に急激な熱さが走り、続けて貫くような激痛が襲ってきた。
「があああああああああ!?」
気づけば体は前のめりに倒れ込んでいて、左足に走る言葉にならない強烈な痛みにゴンは絶叫する。
「いっ、いぃぃい! う、撃たれ……!」
「んんー!」
エリシアが何か叫んだ気がするが、激痛に意識が傾いて聞こえない。彼女の方を見る余裕もなく、歯を食いしばって痛みのショックで気を失わないようにするのに必死だった。
ゴンが見上げればそこにはこちらを冷たい眼光で見下ろすロウの姿。そして彼の右手には、硝煙を漂わせる小型の拳銃。
「ヒーロー気取りは現実じゃ通じない。エリシアの身を案じるなら、じっとしていろ」
「っ……エリシアを救うヒーロー気取りは、お前の方だろ……!」
激痛で泣きそうになりながらも、それに勝るくらいロウへの怒りが声となって漏れ出す。
「ゴンさん!」
ナターシャが身を案じて声をかけるが、ロウの持つ銃は再びゴンへと向けられ、最後通告とばかりに彼は言う。
「いくら気持ちが強くても、叶わない事はある。よく覚えておけ」
「知るかよっ!」
ゴンの叫びを掻き消して、ロウの銃が火を噴いた。
「っー!?」
弾は外れたものの、わざわざゴンの顔の真横で発砲され、射撃のフラッシュと爆音で視界が真っ白に染まり、鼓膜を貫く衝撃に体の動きが硬直してしまう。
ロウは涼しげな顔のまま踵を返すと、今度こそ船に乗り移るために桟橋に向かって動き出す。
(動かないと……今動かないと、終わりだろ……!)
逆鱗やマグメルの人間が船上からの弾幕で足止めを食らい、その間にもロウ達はもう船まであと数十歩のところまで近づいている。
逃がしたら終わり、ならば何があっても接近して止めなければ。
裂けるような痛みに顔を歪めながら、もう一度立ち上がろうとするゴン。
しかし無情にもロウ達は堤防からコンテナ船に繋がる桟橋に差し掛かっており、もはや走ったとしても追いつく事は不可能だろう。
「くそっ、エリシアぁぁぁー!」
もう助けられない、途端に湧き上がる絶望感が口から叫びとなって飛び出し、コンクリートの堤防を右拳で強く叩きつける。
それからもう一度、撃たれた痛みによる苦しさとエリシアを救えない悔しさが混ざり合った顔でエリシアの方を見たゴンは、目に映った光景にハッと息を呑んだ。
なぜならロウと黒づくめの兵士達が差し掛かっていた桟橋が、何の前触れもなく突如猛烈な炎によって包まれ、彼等が船へ渡るのを拒絶していたからだ。




