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デイブレイクス〜Daybreaks〜  作者: 煙の物干し竿
第八章 気になる彼は夜明けの団
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峡谷

 フェルヘイズの最北端に位置する国ざかいの山の手前には、切り立った谷がそびえている。谷間には冷たい晩秋の風が吹き荒び、立ち入る者を拒むかのように不気味な音を立てる。

その不気味な風は、ギルドの送迎車両から峡谷に降り立ったレイとミレーナにも例外なく襲い掛かった。


「高いですね……」


ミレーナが足下を見下ろすと、不安定な足場から吸い込まれそうな谷底が顔を覗かせる。風に煽られでもして転落すれば、まず命はない。


「足を滑らせないように気を付けながら行こう」


「はい」


周囲にはヒドゥンマスやイエーガーの姿は見えない。故に彼らは不安定な足場を更に先へと進む必要があった。






 二人で峡谷を進んで行くと、案の定レッドスキンの姿が見え、他にも翼を持った悪魔のような外見の魔物の存在も確認出来る。これもまたレイ達の見た事のない個体だった。おそらくレッドスキンと同じく新種の魔物だろう。

それらはレイ達の姿を視認すると、明らかな敵意を持って牙を剥いた。どうやら侵入者を歓迎していないのは風だけではないらしい。


「来ます。レイさん、準備を!」


「ああ!」


 二人は各々の得物を構え、迫り来る魔物の群れに備える。魔物の数は二人で相手取るにはあまりに多く、大真面目に一体ずつ相手をしている暇はなかった。こんな時にクオンがいれば、と頭を過りもしたが、ここにいない者を当てには出来ない。すかさずレイは左手を天に掲げ、魔力を集中させる。

 地の利も数もあちらが上だが、そんな状況を打開する手立てを彼は持ち合わせている。こんな所で立ち止まってはいられない今、それを使わないという選択肢はなかった。


『降り注げ、光の剣!』


レイが詠唱を終えて左腕を振り下ろすと、無数の青白い稲妻が天から降り注ぎ、魔物の群れに襲い掛かる。稲妻はレッドスキンの強靭な皮膚を裂き、有翼の魔物の大半を撃ち墜とした。


「凄い……」


レイの放った魔術が敵陣を切り崩すさまにミレーナはつい見入っていた。普段学校で見る温厚な彼が恐ろしくも美しい稲光を放ち、これ程までの破壊をもたらす姿は全く以って想像していなかった。


「ミレーナさん、今のうちに!」


 魔物たちの体制が崩れた事を確認し、レイがミレーナを促す。出し惜しみをしてはいられないのも事実だが、この数の敵を燃費の悪い光属性魔術で全滅させようものなら魔力切れで気を失うのは必至だ。そうなってしまっては元も子もない。

 レイの体質の事はミレーナも事前に聞かされていたため、すぐさま彼の意図を察して行動に移す。

彼女は鎖を袖口に収納すると、レイが撃ち漏らした魔物の群れに向けて両手を構える。


『斬り裂きなさい』


ミレーナが風属性魔術の詠唱を終えると、圧縮された空気が刃となって魔物に斬りかかる。風の刃はレッドスキンの皮膚に傷こそ付けられなかったものの、その風圧によって周囲の魔物ごと大きく吹き飛ばし、魔物の群れに大穴を開けた。

二人は顔を見合わせて互いに首肯すると、魔物の群れの中に出来た道を振り返らずに駆け抜けた。






 どれだけ走っただろうか。不安定な足場を踏み外さぬよう用心しつつもただ真っ直ぐに走り続け、ようやく魔物の声が聞こえなくなったところで二人は息を切らせて立ち止まった。


「どうやら……振り切ったようですね」


額に汗を浮かべたミレーナが後ろを振り返り、改めて追手が来ていない事を確認する。

レイの放った魔術は彼自身が思った以上に魔物達の動きを鈍らせたらしい。


「急に走らせちゃってごめん」


「いえ、あの数を切り抜けるにはあれが最適でした」


息も整ってきたところでレイは自身が思ったほど魔力を消費していない事に気づく。近頃は騒動に巻き込まれる事も少なくなり、ヒドゥンマスも表立った動きを見せてはいない為このように大規模な魔術を使用する機会もなかったが、自覚していないだけで自分も少しは成長しているのかもしれないと、やや誇らしげな気分になった。

 とはいえ、根拠のない充足感に浸っている場合ではない事はレイ自身もよく理解している。出発を促そうとミレーナに目をやると、彼女もイエーガーを案じてか、いつになく気を揉んでいるように見えた。


「そろそろ行こうか、ミレーナさん。それと……逸る気持ちはわかるけど、こういう時こそ焦らないように気を付けて」


ついでにレイは彼女の焦りを指摘する。言おうか言うまいか迷ったが、その焦りが命取りになりかねない以上、指摘しないという選択肢は取れなかった。

ミレーナは一瞬話しかけられた事に気付かなかったのか、或いは焦燥感を見抜かれて驚いたのか、はっと息を飲んだが、すぐに落ち着きを取り戻した様子でレイに頷き返した。

 魔物が街を襲った原因を突き止める為、既にこの世にはいないと思っていた懐かしの人に再び逢う為、あらゆる目的を背に二人は峡谷の奥地へと歩を進めた。






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