銃声
あまり長居をしては待っている客にも悪いと思い、レイとミレーナは会計を済ませると足早に退店しようと踵を返した。
「レイさん、この後は……」
ミレーナがレイに今後の予定を尋ねようとした矢先の事だった。街の方角から銃声が響き渡り、程なくして人々の喧噪がけたたましく聞こえてきた。
「魔物だ! 街に魔物の群れが!」
慌てふためきながら店に駆け込んできた住民の男性が青ざめた顔で叫ぶと、銃声が響いてから静まり返っていた店内の客にも動揺が広がる。ただ事ではないのは誰の目から見ても明らかだ。
「落ち着いて下さい。魔物はどの辺りに?」
店主と思われる初老の男性が水の入ったコップを手に店の奥から現れ、それを住民に手渡して状況の説明を求めた。
住民は少しずつ水を口にしている内に平静を取り戻し、荒かった呼吸も次第に穏やかになっていった。
「……商店街の方だ。見た事もない魔物だった。今は警備の兵が戦ってくれているけど、人手が足りるかどうか……」
「左様でしたか。ですが、じきにギルドからも傭兵が派遣されて事態も収まるでしょう。実は私の弟がギルドの元締めでして、愛想は良くありませんが仕事はする男ですので、今ごろ抜かりなく動いていると思われます」
この店主の紳士的な出で立ちにレイは既視感を覚えたが、ギルドマスターの兄弟であったならそれも頷ける。
ざわついていた店内も彼の執り成しによって落ち着いてきたようだが、レイは魔物がヴェナブルズ孤児院に向かってはいないか気がかりに思った。
「ミレーナさん、俺は孤児院の様子を見てくるから、騒ぎが収まるまでここで待ってて」
「いいえ、私も行きます。フェルヘイズは私の第二の故郷……この国の治安を乱す不届きな輩を見過ごす訳には参りません」
「ミレーナさんが? でも……」
学生がギルドに出入りする事に難色を示していたミレーナがこのような荒事に進んで介入するのはレイにとっては意外だった。
しかし、考えてもみれば一時とはいえ家族の仇を追っていた彼女に戦いの心得があるのは当然の帰結なのかもしれない。
「ご安心を。私には父から受け継いだ技があります。足手まといにはなりませんから」
「……わかった。でも危なくなったらすぐに逃げて。ミレーナさんにはこの先、まだ学校でやらなきゃいけない事が沢山あるでしょ?」
「はい、ですがその時はレイさんも……!」
レイは無言で頷き、ミレーナを伴って駆け足でヴェナブルズ孤児院へと急いだ。
一方その頃、レストラン近くの茂みでは―――
「うう……副会長、アンタ国民の鑑だぜ」
ミレーナのフェルヘイズに対する誠実な思いに感涙したフェーゴがさめざめとむせび泣いていた。
「感激している場合かフェーゴ、俺たちも行くぞ!」
「……もう準備は出来ています」
緊急事態だというのにすっかり自分の世界に入り込んでいるフェーゴをジオスが責付く。その隣ではセシリアがネフィリムへと切り替わり、折り畳まれた鎌を展開していた。
続いてベルリッツがその場にいる部員たちに檄を飛ばす。
「若くんは念のため騎士団を呼んで! 先生はイーノと一緒にギルドヘ行って下さい。残りは私と加勢に……」
言いかけたところでゼプターが口を挟む。
「いや、生徒だけを戦わせる訳にはいかない。ギルドにはプラッツ一人で行って貰えるかい?」
「いいですけど……先生、戦えるんですか?」
心配そうに尋ねるイーノにゼプターは自信に満ち溢れた表情で答える。
「勿論、冒険者だったからね。これくらいの修羅場は潜り抜けてきたさ」
そうしてフェーゴは城へ、イーノはギルドへ、残りは街へと、各々の目的地に散開して行った。
商店街の魔物はあらかた片付いたようだが、群れからはぐれた個体が潜んでいないとも限らない。レイは額に汗を滲ませ、孤児院が魔物に襲われていない事を祈りながら歩き慣れた道を急いだ。
二人が孤児院へ到着すると、危惧していた通り、一体の魔物が今にも孤児院の敷地へ足を踏み入れんとしていた。
魔物は皮膚が赤く、小柄な人のような形状をしている。レストランで住民の男性が言っていたように、見た事がないタイプの魔物だった。
幸い、院長と子供たちは既に避難しているようで人の気配は無い。ここに来る道中で最悪の事態も想定したが、それは杞憂であったようだ。
とはいえ、自分が育った場所が魔物に荒らされるのをむざむざ放置する気も毛頭なかった。
「いける? ミレーナさん」
「ええ。すみませんが、魔物の注意を引いて頂けますか?」
「わかった」
魔物は既に孤児院の庭に侵入し、餌でも探すように辺りを見回している。
これ以上放っておけば人は無事でも施設に被害が出かねない。レイは急いで槍を構えると光速移動で回り込むようにして距離を詰めた。
雷鳴を従えて目の前に現れたレイに気づかない筈もなく、空腹で苛立った様子の魔物は細くも逞しい筋肉のついた両腕を振り上げて大声を上げながらレイを威嚇した。その手にはナイフのように尖った鉤爪が鈍く光る。
レイは一瞬竦みそうになったが辛抱し、左手の人差し指と中指を拳銃のような形に立てて目の前の魔物に向けた。
『射抜け、光の矢!』
試しに光の矢をいくつか放ってみたが、魔物の赤い皮膚は見かけ以上に強靭なようで、稲妻が命中しても一切動じた様子を見せずに襲い掛かって来る。
しかしその鋭い両目はより敵意の籠った眼差しでレイを捉えており、注意を引くという最大の目的は果たされた。
「ミレーナさん!」
魔物の攻撃を槍で受け止めたレイの合図を確認すると、ミレーナは魔物に向かって両手を突き出し、左右の袖口から計二本の鎖を射出する。
魔力で操られたそれは魔物の首や手足に絡みつき、その動きを固く封じた。
「お覚悟を」
ミレーナの足元から風が巻き起こり、彼女はそれを利用して高く舞い上がる。限界まで伸び切った鎖は魔物を締め上げ、その身体を宙へと釣り上げた。
張り詰めた鎖に絡め取られた魔物はもがきながら脱出を試みるも、鎖はその状態で石のように固定されており、人間より強いはずの魔物の筋力を以ってしても振り解く事は出来なかった。舗装された石畳が眼前に迫る中、なおも魔物はもがくのを止めずに抵抗を続けたが鎖はびくともせず、そのまま地面に激突した。
「今です!」
少しばかり魔物に同情しないでもないが、敵が動きを止めた今こそ高燃費高火力な光属性魔術を叩きこむ最大の好機。レイは左手を真横に構え、魔力を集中させる。
『貫け、光の槍!』
レイの左手に青白い雷の槍が形成され、彼はそれを下手投げの形で振りかぶって魔物めがけて投擲する。
やっとの思いで立ち上がった魔物は両腕を前に出して身を守るが、雷の槍はその強靭な赤い皮膚をも一枚の紙であるかのように貫通し、両腕ごとその胸を穿つ。
超高温の魔力の塊に貫かれた魔物は、溶解しながら塵芥となり果てて消滅した。
魔物を倒したレイとミレーナは、今一度周囲を確認し、他の魔物がいない事が分かると孤児院の庭のベンチに腰を下ろす。レストランで銃声を聞いてからようやく一息吐く事が出来た。
しかし状況が状況なのであまり呑気に休んでもいられない。見た事もない魔物がいきなり街中まで侵入してくるという事態はどう考えても普通とは言い難い。
レストランの店主が言っていたように、もう既にギルドは動いているとは思うが、レイは念のためギルドへの報告が必要と考えた。
「俺はこれからギルドに行くけど、ミレーナさんは?」
「乗り掛かった舟です。同行しましょう」
ミレーナを心配する気持ちは変わらない。だが彼女の“足手まといにはならない”という言葉に偽りがないのは先程の戦いで十分に証明して貰った。自分があの魔物でなくて良かったと思える程に。
鎖を操るミレーナの技にレイは見覚えがあったが、すぐには思い出せなかった為その事について考えるのは後回しにした。
もう少し休んでおきたい気持ちもあるが、次にやるべき事が決まっているのにこうして座ったままでは日が暮れてしまう。レイ達は休憩も程々に済ませると、気を引き締め直してギルドへと向かった。




