絆の力
アウリュンが放った古代魔術は治安維持部員達をなす術もなく飲み込んだ。飢えた肉食魚の群れように襲い来るその凄まじい波濤に、レイは目を固く閉じて死を覚悟した。
だが、次の瞬間に彼の眼に飛び込んで来たのは、荒波に身を砕かれ溺死した仲間の遺体でもなければ走馬灯でもなく、ましてやあの世でもない、仰天しているアウリュンの顔だった。
「ア、アンタ達……なんで生きてんのよ……!」
治安維持部員や騎士達への被害はなく、当の本人達も何が起こったのか理解出来ずにいた。
波に飲まれる直前、その前に立ち塞がったジオスを見れば、その身体は仄かに白く発光していた。
彼が自身に肉体強化を掛けた際に起こる現象だ。
「左腕が動く……」
クオンがその左腕を動かして見せた。先程までは傷を負い、動かす事も儘ならなかった左腕は、今や微塵の痛みもない。レイの足も同様だった。
そしてクオンの身体もまた白い光に包まれ、その他の仲間達も同様であった。
「まさか、私たちにも強化を……ジオス、どうやったの?」
愕然としたベルリッツがジオスに尋ねる。
「俺にもわからん、だが……」
「こんなの……こんなの認めないっ……『散れっ!』」
アウリュンが余力を振り絞って放った氷の粒はしかし、ジオスの大剣の一振りで薙ぎ払われる。古代魔術を放った時点で既にアウリュンの魔力は底を突いていた。
「これで皆を守りながら戦える!」
ジオスは剣を床に突き立て、アウリュンを威嚇するように仁王立ちする。
術者が衰弱していたとはいえ、古代魔術をも撥ね退けた彼の迫力は相当なものだった。
「ならせめて、赤い牙だけでも……!」
形振りを構わずアウリュンが次の手を打とうとするが、彼女がそれ以上何かをする事は叶わなかった。
彼女の後頭部に何処からともなく飛来した岩石が衝突し、アウリュンは気を失ってうつ伏せに倒れた。
「いやあ、迷った迷った」
アウリュンの背後から響く男性の声。見ればそこには、この場にいる筈のないレイの見知った人物が立っていた。
それは、彼とフェーゴの担任教師、アベル・ゼプター(三十二歳独身)だった。
意外な人物の乱入にレイ達は混乱する。
最初に正気を取り戻したのは、以外にもこの中で最も冷静さからは程遠い筈のフェーゴだった。
「か、確保だ! 幹部を確保しろ!」
フェーゴの命令を受けた兵士達がアウリュンの確保に向かう。
彼はそれを見届けると、再びゼプター教員に向き直った。
「で、先生、なんであんたがここにいるんだよ」
「そりゃあ、補習の最中に抜け出した生徒を放っておける訳ないだろう?」
その恐るべき執念に、フェーゴは震え上がり、レイ達は苦笑せずには居られなかった。
「追っかけて来たのか……どうやって」
「冒険者生活が長いと、色々と身に着くんだよ。お金がない時に連絡船に乗る方法とかね」
「軍用の船に潜りこんだというのか!?」
何者なのだ、とジオスが驚嘆の表情で呟いた。
「ところで、彼女の事はいいのかい?」
表情を硬くしたゼプターの目は。未だ放心状態のセシリアへと向けられていた。途端に空気が張り詰める。決して忘れていた訳ではなかった。彼女の過去を、その心の傷を。
「場所を変えようか。ここは寒すぎる……」




