魔物
他の作者の方も言っていますが、戦闘描写は難しいですね……
あまり臨場感のない仕上がりになってしまいました。
ベルリッツの部屋を後にしたレイは、男子寮と女子寮を隔てる中庭から自室を目指していた。季節はもう春だというのに、外の空気はまだ肌寒さを残している。
クオンの作った夕食に思いを馳せながら空を仰げば、空は一面の茜色。
陽はだいぶ西へと傾き、木々を紅く染め上げる。
夕暮れ時……決して帰りたくない訳ではないのだが、何故か帰るのを躊躇ってしまい、どうしても足取りが重くなってしまう。
レイにとっては、そんな時間帯だ。
男子寮が見えてきた頃、レイの耳にある声が飛び込んだ。
「ま、魔物だ、魔物がそっちへ向かったぞ!」
声のした方向へ目をやると、青いゲル状の魔物……それがこちらへ向かって滑走していた。それは助走を付けて飛び上がり、レイ目掛けて体当たりを仕掛ける。
「嘘だろ!?」
化け物の体当たりを咄嗟に躱したレイは中庭の芝生に尻餅をつく。
このゲル状の魔物、ゼランに視覚はなく、熱を感知して獲物を探す特性があり、今もこちらを探している最中だ。
その隙に体勢を整えたレイだったが背中に強い衝撃を受けて再び芝生に、今度はうつ伏せに倒れ込む。ゼランはもう一体いた。最初のゼランもまたレイの存在を感知し、次なる攻撃の準備にかかっていた。
二体とも、完全にレイへと狙いを定めている。レイに魔物の接近を知らせた声の主はとうに逃げてしまっているようだ。
この状況を脱するには両方のゼランを退けねばならない。逃げるという手もあるが、魔物を二体も寮まで連れて帰るなど笑い話にもならない。
「戦うのは……俺一人、か」
悪態をつきながら立ちあがったレイは、黒い皮製の手袋を装着し、背中に背負った細身の短槍を構える。初心者でも扱い易い、ごく一般的なスピアだ。
「お手柔らかに頼むよ」
柔らかそうな外見のゼランに、硬く引き攣った表情でレイは言った。
レイは体当たりをしてきた一体目のゼランを躱し、二体目へと駆けだす。
ゼランは単細胞生物。透き通った体の奥に見える核を破壊すればその生命活動は停止する。
実のところ、彼は槍術よりも光の魔術を得意としているのだが、病み上がりの体で魔力を消費するのは賢明ではない。となれば、今頼りになるのは己の槍の腕のみだ。
レイは体重を乗せた槍をゼランの核に突き立てようとするが、敵も咄嗟に回避運動をとる。だがそれを見越したかのように、彼はすぐさま槍を逸らした。今の攻撃はあくまでもフェイント。レイは本命の攻撃を加えるべく槍を素早く振り抜き、石突で核を強かに打ち据えた。
するとそのゼランはまたたく間に飛散し、跡形もなく消えた。魔物は死ぬと、こうして消滅する。
もう一体のゼランは再びレイに体当たりを仕掛けるがレイはそれを紙一重で躱し、すぐさま後ろに通過したゼランに体の捻りを加えた槍を投擲した。
「当たれっ!」
投げられた槍は寸分の狂いも無く空中のゼランを貫き、その息の根を止めた。
槍が地面に突き刺さる頃には、既に魔物の姿など影も形も無かった。
「大した相手じゃなくて助かったけど、最近よく魔物に襲われるな……」
魔物、それは人はもちろん動物にも植物にも分類されない、正に謎の生命体。
人や自然に危害を加えるため、一般的には人類の敵とされる。高い知性を持つ訳でもないが、魔術に似た力を使う個体も存在する。
近頃では街中でも魔物が出没しており、家畜が襲われたり作物が荒らされたりなどの被害が相次いでいる。
時折、堕神伝説における暗黒の軍勢と同一視される事もあるが、その真偽は定かではない。
「何もなければいいけど。」
槍を仕舞うと、レイは重い足取りで男子寮へ向かった。
レイ「レイ君、無双する。の巻でした」
クオン「只の弱い者虐めだろう」