アウリュンとウィブロン
「こいつの名はアウリュン。ヒドゥンマスの……幹部だ」
アウリュンと呼ばれた女は、まるで玩具を与えられた子供のように無邪気な表情で、レイ達に近付いてくる。
「ここはお前の出る幕じゃないはずだ」
「だって暇なんだもん」
ウィブロンにそう返したアウリュンは、ふと彼の後ろへと目をやる。
セシリアと目が合った。すると、彼女は短い悲鳴を上げてウィブロンの白衣を強く握り締めた。明らかに怯えている者の仕草だ。
こちらのセシリアが、アウリュンと面識があるとは考えにくい。恐らくネフィリムの方と何かしらの因縁があるのだろう。
「あれ、この子どっかで見たような……ま、いっか」
アウリュンは興味を失ったようにセシリアから目を離すと、今度はレイに目を着けた。
「なによコイツ、アンタの弟?」
「何だっていいだろ……」
ウィブロンの声色にはどことなく焦燥感が見て取れる。それを察知したアウリュンもからかうように声色を変えた。
「ところでさあ、アンタ」
積み上げられた何かが崩れ去るのは一瞬だ。
「いつまでそんなカッコしてるわけ?」
それはウィブロンに向けられた言葉だった。
だが、その一言で、レイの中にある“何か”が軋みを上げる。
「っ……! 余計な事を……」
レイは怖かった。ウィブロンの挙動も明らかに怪しいが、それ以上に怖かったのは、彼自身の中にある、大切な何かが音を立てて崩れ去っていくのを感じたからだ。
「兄さん? どう……したんですか?」
ウィブロンの異変に気付いたセシリアは、彼の白衣を掴んだまま尋ねるも、彼から返事が返って来る事は無かった。
代わりに、ウィブロンは無言のまま、セシリアの指を一つ一つ、ゆっくりと解き始めた。
「……悪いな、依頼はここまでだ」
彼はセシリアに背を向けて歩き出す。その先には、ヒドゥンマス幹部のアウリュンがいる。
「ウィブロンさん、何を……それに依頼はここまでって……」
狼狽したレイの言葉を遮るように、ウィブロンは指を軽く鳴らす。それが合図だった。
瞬間、辺りが閃光に包まれたかと思いきや、レイ達の周りを黒いローブを着たホムンクルスの兵が取り囲んでいた。おそらく、いつかレイとクオンが地下水路で交戦したものと同型だろう。
「こういう事だ」
ウィブロンがこちらを振り返る。
「貴様等……謀ったな」
「そ、つまりコイツはあたしらの仲間で、アンタ達をここまで誘って来たってワケ」
ウィブロンを睨みつけるクオンに、アウリュンが更に着け加えた。
「嘘……でしょ? 嘘ですよね、兄さん……」
膝から崩れ落ちるセシリア。
掴むものが無くなったその手は、力なく垂れ下がっている。
「残念だが本当だ」
ウィブロンは一瞬だけ後ろめたそうに目を逸らすと、その身に纏う白衣の襟を掴んだ。
「この姿……」
彼が白衣を脱ぎ棄てると、その身体を竜巻が包む。そして、中からはあの男が姿を露わした。
「『風の外套』……お前らなら、見覚えがあるだろ?」
裏山の森で遭遇した男。漆黒の外套を身に纏い、フードを深く被ったあの男が。
「そんな……ウィブロンさんが……あの男?」
「今回の俺の任務は、ギルドの依頼を装って赤い牙を誘い出して抹殺する事だ」
フードの男、ウィブロンはただ機械的に、淡々と目的だけを述べる。
「勿論、数だけで赤い牙が何とかなるとは思っちゃいない。だが、お荷物がいるとしたら?」
それは他の部員の事を言っていた。ウィブロンは初めから、治安維持部が全員で来る事を予想していたのだ。
「人員を二分したのも……」
クオンも気がついたようだ、彼の周到な根回しに。
「そう、逆に数で何とかされちゃ元も子も無いからな。そして見ろ」
ウィブロンが指差す先には、セシリアが放心状態で崩れ落ちていた。
彼女は膝を突いたままの姿勢で何やらぶつぶつと呟きながら、小刻みに震えている。
「俺がヒドゥンマスである事を明かせば、セシリアがこうなる事は分かっていた。もうソイツは、完全にお荷物になった訳だ」
「だからセシリアをわざとここに入れて、過去の記憶を刺激したって言うんですか……」
だとしたら―――
「そうだが、何か問題はあるか? セリア先生に近付いたのも、元々はネフィリム計画の為だったからな」
―――最低だ。彼はセシリアの信頼を丸きり利用して、深く傷つけたのだ。レイの中に、生まれて初めて抱く感情が沸々と湧き上がり、あの時感じた生理的嫌悪が甦る。
この男は……フードの男はレイが思っていた以上の外道だった。
辺りを取り囲むヒドゥンマス製のホムンクルスは直立不動のままだが、いつ動き出すのかは分からない。
レイは今すぐこの男の喉を光の槍で貫いてやりたかったが、周りにそれらがいる以上、迂闊な行動も出来なかった。クオンもきっと同じ心境だろう。
「今頃は他の奴らの所にもホムンクルス達が向かっている筈だ」
「ま、仲間の心配してる暇じゃないでしょうけどね」
ウィブロンの表情はフードに隠れているが、アウリュンの方はさぞ面白そうにケラケラと笑っている。
「そいつには及ばねぇよ……『燃やせ』っ!」
聞き覚えのある声が後ろからしたかと思うと、数発の火球が飛来し、ホムンクルスに命中する。そしてその送り主はすかさず体勢を崩したホムンクルスに追撃の掌打を浴びせ、止めを刺す。
その後、彼は血振りでもするかのように右手の籠手を振るい、高熱を伴った蒸気を飛散させた。
「フェーゴ! それにみんな……」
「悪い、遅くなったな」
それは、フェルヘイズ兵を引き連れたフェーゴと、ベルリッツ以下治安維持部員達だった。




