亡霊たち
再び訪れた研究所は、何処かレイ達を迎え入れているような雰囲気だった。
今回の依頼は研究所の調査だが、その過程ではホムンクルスとの戦いは避けられないだろう。そんな、ネフィリム計画で生み出された悲しい存在とは、どの道衝突しなければならなかった。
両手に氷の刃を形成した、セシリアと同じ顔のホムンクルス。それが今、レイ達の眼前に迫っていた。
「セシリア、大丈夫?」
そう言ってセシリアを気遣うのはレイ。
彼女の過去は衝撃的なものだったが、それが自分自身のものともなれば受ける精神的ショックは計り知れないものだろう。
「大丈夫です、自分で決めた事ですから……」
セシリアが言い終えるのを待っていたかのように彼女はネフィリムに変貌し、ホムンクルスの大群へと向かって行った。レイ達もその後に続く。
ネフィリムは迷いなど一切見せずにホムンクルスを……自分と同じ顔の敵を屠っていく。
彼女はきっと、当事者ではないウィブロンが語った言葉以上に悲惨な出来事を経験している。心が壊れてしまう程なのだから。彼女の戦う姿は機械的だが、濁った瞳の奥には揺れ動く何かがあった。
レイが余所見をしている隙に背後に迫っていたホムンクルスを、彼は振り向きざまに一突きするが、やはり仲間の顔をしたものを自らの手で殺めるというのには抵抗があった。
レイは自分が貫いたホムンクルスが塵と消える前にそこから目を逸らし、次の敵へと向かった。
そして一瞬、たったそれだけだった。ふと目を向けた先で、無表情な筈のネフィリムの顔が、一瞬だけ苦悶に歪んだような気がした。
一行がある程度奥まった所まで差し掛かった時、不意に先頭を歩いていたウィブロンが立ち止まった。
「ここは……」
「どうしたんですか?」
ウィブロンの背にぶつかったセシリアはその陰から前方を覗った。
そこは研究室のような部屋だった。壊れた機材や計器類が放置され、床には割れたガラスや古い紙切れが散乱していた。
ウィブロンはそこが何なのか知っている。セシリアもその雰囲気には既視感のようなものを感じていた。
「研究室だ」
懐かしげにウィブロンが呟く。今となっては人の温もりの感じられないその部屋を、遠い目で見回した。
「セリア先生と俺たちの、な」
彼は部屋の隅まで行くと、ささくれ立った椅子に腰掛けた。
「ここが俺の席だった。あの日までも、それからも……」
「ウィブロンさん……」
ウィブロンは真っ二つに折れた机に手を伸ばす。そして一瞬、遠くを見るような目をした。
レイは思う。彼の時間は十年前から止まったままなのだろう、と。根拠は無いが、椅子から立ち上がったウィブロンが遠い昔の人間のように感じた。
「何か残ってるかもしれない。探してみよう」
ウィブロンの指示で彼らは部屋中に散った。
暫く探索を続けたが、その部屋からは特に価値のある物は見つからなかった。おそらく、事故の後ヒドゥンマスの手で持ち出されたのだろう。
しかし、諦めるにはまだ早かった。この研究所には、ウィブロンも足を踏み入れた事のない区画がまだあるという。
ホムンクルスの襲撃はより一層激しくなるだろうが、ここまで来て立ち止まるつもりもなかった。
案の定、ホムンクルスは研究所の奥へ奥へと進む度にその数を増していった。それは同時に、倒さなければならない数も増えているという事だ。
研究所の深部は薄暗くなり、心なしか気温も下がっているように感じた。
「何だか、冷えてきましたね、兄さん」
ウィブロンは答えなかった。また、どこか遠くを見ているような目になっており、セシリアの声は届いていなかった。
「兄さん?」
「ああ、すまない、考え事をしててな。それで……」
セシリアが何の話をしていたのか確認するため、再度ウィブロンが口を開いたが、そこから声が出る事は無かった。
「全く、遅かったじゃない」
若い女性の声。それがウィブロンの発言を阻んだ。
「おかげで退屈だったわよ」
通路の角から姿を現したのはホムンクルスではなかった。水色の髪の、若年の女だ。
「お前は!」
ウィブロンがその姿を見て目を見開いた。その額に、大粒の冷や汗を浮かべながら。
「知ってるんですか? ウィブロンさん」
「ああ、知ってるなんてものじゃないが……こいつはヒドゥンマスだ」
今度はレイとクオン、セシリアが驚愕する番だった。
ヒドゥンマス、まさかこんな所にまで関わって来るとは。否、場所が場所である。ここでヒドゥンマスと関わるのは必然だったのかもしれない。
「こいつの名はアウリュン。ヒドゥンマスの……幹部だ」




