準備の前に……
気を取り直して治安維持部は演劇に向けて準備を始める。
「じゃあ早速準備に取り掛かりましょ」
「よし!主役は俺が頂きだ!」
フェーゴが我先と身を乗り出すがベルリッツは手振りでそれを宥めた。
「待って若君。脚本がないんじゃ配役も何もないでしょ」
間を置かずにベルリッツはイーノへと視線を流す。
そして、二人の目が合うと、彼女は人の悪い笑みを浮かべた。
「というわけで、イーノ、脚本よろしくね」
「ええっ!? どうして僕なんですか」
何の脈絡も無しに与えられた大役は、いつもの思いつきにしては随分と重大なものだった。
「だってあなた、声が小さくて役者には向かなそうだもの」
……その理由はやはり、思いつき程度のものだったが。
「……まあ、いいですけど」
イーノが渋々と承諾するのを見届けると、ベルリッツは手を叩いて注目を促した。
「それじゃ、イーノが脚本を書いてる間、私達はギルドでも行ってましょ」
「え、部活はしないんですか?」
イーノが原稿用紙を取り出す傍ら、横目で尋ねる。
「だって最近、校内平和でしょ? それにギルドなら報酬だって出るしね」
ギルドには簡単な依頼も多く、こうして学生が小遣い稼ぎにするのも珍しい事ではない。
「俺はパス、どうせ雑用だろ?」
フェーゴはこの場に残る旨を伝える。
「わかったわ、じゃあフェーゴ君は見回りをお願い。行って来るわね」
この部活も随分といい加減だ。黙々と台本を書き始めたイーノと、見回りに行く様子も見せず椅子にもたれかかったフェーゴを置いて、治安維持部はギルドへと繰り出した。
平日という事もあってか、ギルドの中に学生の姿は少ない。しかしイエーガーのようにギルドを主な収入源にしている者もいる為、建物内にはちらほらと人の姿も見えていた。
カウンターにはいつも通り、このギルドのマスターが出迎える。
「いらっしゃいませ、ヴェナブルズ様にイスルギ様。もう復帰なさってもよろしいので?」
ヒドゥンマスの幹部、ガグロアとの戦いでは二人とも浅くない傷を負ったが、既にそれも完治していた。
「はい、今日はみんなで簡単な依頼を受けたいんですけど……」
「左様にございますか。でしたら……こんなものは如何でしょうか」
ギルドマスターが手際よく取り出した依頼書にはこう書かれていた。
「城下街の服屋の素材集め。報酬は成果により変動……ですか」
「その話、乗ったわ!」
間髪入れずにベルリッツがその依頼を承諾する。
何か裏のありそうな面立ちだが、レイ達はいつもの事だと思い、さして気にする程でもなかった。
「宜しいですか?」
「まあ、部長がそう言うなら……みんなもそれでいいかな?」
「異存はない」
ジオスらが頷いたのを見るとレイはギルドマスターの方へと向き直る。
「じゃあそれで」
「畏まりました。では発注致します」
手慣れた動作でギルドマスターが依頼書にサインをする。
それを受け取った一行はすぐ近くの服屋へと向かった。
その先では悲劇の―――或いは喜劇だったのかもしれないが―――事件が待ち受けているとも知らずに……




