新入部員?
痛みを感じた。右腕が焼けるように痛かった。
痛みは這うように全身に広がり、体ごと消えてゆく。
心だけになった彼をまた別の痛みが襲う。
何故、こんなにも痛いのか
何故自分が。
やがてその疑問さえ消え、最後には……
気温と湿度も上がり、ここフェルヘイズ国立学校には夏が大股で近づく足音が今にも聞こえて来るようだ。
ただ、校内の気温が上がったように感じる要因は、それだけではないのかもしれない。
生徒達はまるで祭りでも始まるかのような高揚感に湧き立っていた。
そう、祭りなのである。
今から約一ヶ月後、同校では大イベントの一つである文化祭が開催される。
文化祭というと秋に開催する学校も多いが、主に三年生の進路関係の活動が秋に集中している為、本校では毎年この初夏の時期に文化祭を行っている。
ここでは午前にクラス展を行い、午後には部活展といって、共通のテーマに基づいて各部が優秀さを競う、という仕組みになっている。
その為この時期になると、放課後はどの部活も部活展の準備に熱を注ぐ。
それは、この治安維持部もまた例外ではなかった。
「みんな聞いて。今年の部活展で何をするかが決定したわ」
治安維持部部長、ベルリッツ・ノヴァが先日の部長集会で決まった内容を発表しようとするが、それを遮る者がいた。
「ちょっと待ってください部長」
「あら、何かしらレイ君?」
「なんで部室にクオンがいるんですか」
レイの隣には、普段部室にいない人物が……彼の幼馴染にして『赤い牙』の異名を持つイスルギ・クオンが鎮座していた。
「もうみんな知ってると思うけど、赤い牙で有名なイスルギさんよ。彼女には今日付けで我が部の名誉顧問になって貰う事になったわ」
「イスルギ・クオンだ」
クオンによる手短すぎる自己紹介の後、えもいわれぬ沈黙が走る。
「……イスルギ・クオンだ」
再度、クオンが自己紹介をする。
「はぁ?」
フェーゴがようやく絞り出した言葉も意味を為さないものだった。
「確かに、今この部に顧問はいないが……」
「イスルギさんだって学生じゃないですか」
ジオスとイーノを始めとした部員達が頭の上に疑問符を浮かべるが、ベルリッツは“そんな事はどうでもいい”といった様子で話を続ける。
「だって最近、やたらと物騒な目に遭ってる人がいるじゃない? 誰とは言わないけど」
そうは言いつつもベルリッツはレイに目をやる。それを感じ取ったレイは気まずそうに目を逸らした。
「そこで、我が部に危害が加わる前に、誰か腕の立つ用心棒でも来てくれないかなって思ってた所で、イスルギさんが快く引き受けてくれたって訳」
「クオン、本当?」
「いや、町で買い物をしていたら突然強制連行された」
どうやら、クオンの答えとベルリッツが話した内容では、大分食い違いが生じているようだ。そもそも、危険な目に遭っているのは彼女も同じだ。
「つまりはまた部長の思い付きという事で間違いありませんね」
「姉さんにも困ったものだ」
「な、何の事かしら?」
冗談めかして言ったレイだったが、内心では部員達に申し訳ないという気持ちがあった。
だが、それ以上に……
こちらはあくまでも個人的な感情だが―――
―――クオンと一緒に部活動が出来るという事が、嬉しくもあった。
「話が逸れたわね、じゃあ今年の文化祭の部活展の内容、発表するわよ」
「何をやるんでしょう。楽しみです」
まだ文化祭を経験した事のないセシリアは、ベルリッツの発表に期待を募らせる。
「そうか、セシリアとイーノは初めてだったな。あまり期待しない方が身の為だよ?」
文化祭をさほど楽しみにしていない様子のレイがセシリア達に釘を刺す。
「そうか? 俺は中々面白かったけどな」
「どこがだ!」
「ああ、あれか。確かにあれは面白かった」
「ジオスまで!」
いつになく取り乱すレイを見て、今一つ状況が飲み込めないセシリアとイーノは顔を見合わせて首を傾げた。
「ちょっと、発表できないでしょ」
「すまない姉さん、続けてくれ」
ベルリッツが話題を変えた事によりレイは一時の安堵を得た。
「じゃあ今度こそ発表するわね」
二度も遮られたにも拘わらず、ベルリッツは意図的な溜めを挟む。
「今年の部活展の内容は……演劇よ!」
「演劇ですか、楽しみですね」
「ああ!」
歓喜するセシリアとレイに反して約二名、その内容に不満を顕わにする者がいた。
「演劇か……去年に比べると、なあジオス」
「ああ……」
フェーゴとジオスだった。二人共意気消沈といった様子で目を閉じて俯いている。
「そんなに楽しかったなんて……去年は何をしたんですか?」
「聞くな、セシリア」
それ以上この話題が続かないようにとセシリアを止めるレイだったが、治安維持部がそんな事で止まる筈もなかった。
「女装コンテストよ」
「ぶ、部長!」
思わぬ裏切りに遭ったレイは途端に狼狽える。
「女装……ですか?」
イーノがあからさまに嫌そうな表情を浮かべる。
「ああ、各部から一人、女装した男子生徒を出場させるコンテストだったんだが……」
「それで去年、優勝しやがったんだよ、こいつ」
昨年の文化祭で、女装する事を拒んだレイは逃走を図ったがすぐさま他の部員達に捕縛され、気絶させられた。
そして目が覚めると、総員起こしのラッパと言わんばかりの歓声、或いは奇声がレイに押し寄せた。
「それなら私も見たぞ」
それまで沈黙を保っていたクオンが話題に加わる。
「み……見たのか!?」
「ああ、しっかりと見た。お前の晴れ姿を、な」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁ……!」
自分の女装がクオンに見られていた事を知ったレイは、まるでこの世の終わりを迎えたかのような声を上げた。
「まあそんなに気を落とすな。綺麗、だったぞ」
「ええ、思わず嫉妬しちゃうくらいね」
慰めにならない慰めが更にレイの心に突き刺さる。
「あの……また話題が逸れてませんか?」
イーノの指摘によって、話題はようやく本来の軌道に乗り始めた。




