目覚め
今回から本格的にスタートします。
遠い昔、世界は二つに分かたれていた。
天には神々が、地上には人が住まい、それらは決して交わる事はなく、人が天に昇る事も神が地上に降りる事も禁じられていた。
しかし、地上の美しさに魅せられた一人の神がそれを手にしようと目論んだ。
彼は掟を破り、地上にの知識を持ち込んだ。
知識を得た人々は各々が独自の発展を遂げ、それぞれの国を作り分かれていった。その垣根はやがて誤解を生み、亀裂が生じ、いさかいが起きた。そして地上は荒れ、外から侵略するには都合の良い舞台が出来上がった。
これに怒った神々は彼を堕神と呼び、討伐を試みた。
対する堕神は暗黒の軍勢を創り出し、自らは雷の雨を降らせて抵抗した。その力はあまりにも強く、神々の力では歯が立たなかった。神々が敗れ、滅ぼされんとしたその時、地上の人々が手を取り合い、堕神の前に立ち塞がった。
彼らが戦いの為に育んだ技術は、既に神々の力を凌駕していた。外からの侵略など以ての外、人は暗黒の軍勢とも互角に戦える力を手に入れていたのだ。
永い戦いの末、人間の英雄により遂に堕神の肉体は滅ぼされたが、その魂は消えておらず、いずこかへ飛び去って行った。
二つの世界の垣根が消え、神々が姿を消した今もなお、堕神はどこかで地上の支配を目論んでいる。暗黒の軍勢を創り続けながら……
これは、堕神伝説と呼ばれる言い伝え。
この大陸に住む者なら誰もが一度は見聞きするであろう、ありふれた土着の神話。
何故、今それを思い出したかは分からない。
自分が今、気を失っているのだと知覚し、少年は暗闇の中に身を委ねた。
全身に鈍い痛みを感じつつ、光が差すのをひたすら待っている。目を閉じ、ただ闇に身体を浮かべながら……
そして、暗闇にはやがて一条の光が差し込まれた。
「レイ……」
聞き慣れた声が耳朶を打つ。
「大丈夫か、レイ」
凛とした少女の声が自分を呼んだ。懐かしく、そして温かい。
思わず手を伸ばした少年の……レイの意識は光の中に溶け込んでいった。
レイが目を覚ますと、そこに見慣れた顔が一つ。
「気が付いた様だな」
山頂に佇む一匹の狼を彷彿とさせる純白の髪。それを吹き抜ける春の風で揺らす少女は、レイの幼馴染。名はイスルギ・クオン。
刃のように鋭い眼光が特徴的な彼女には、鮮血のような赤いロングコートがとてもよく似合っている。
ファーストネームよりファミリーネームが先に来るという、この辺りでは珍しい名だが、これは彼女の父親が東洋人である事に由来している。
「クオンか……俺、どうしたんだっけ?」
ベッドから体を起こしたレイが気だるそうに頭をかきむしると、茶色の長髪が指に絡まる。そろそろ切った方がいいかもしれない。
「また倒れた。其れで私が運んで来た」
レイの問いにクオンが簡潔に答える。確かに辺りを見回せばここは先程までいた洞窟ではなく、レイが寝泊まりする寮の一室だ。
フェルヘイズ国立学校の学生寮。そこをレイは生活の場としている。
同時にレイは思い出す。自分は放課後、部活動も休みなのでクオンの修行に付き合っていたのだが、その最中に彼女の斬撃を避けようとして……
「また“アレ”か……」
「そうだ、お前は少々魔術に頼り過ぎているぞ」
「でも、あそこで使わなかったら危なかったし……」
言いかけたところでクオンがレイの肩を掴んでその目を覗き込む。顔と顔が触れ合いそうな距離に思わず鼓動が跳ね上がるが、クオンはそんな事を気にも留めず、むすっとした様子で口を開く。
「レイ、私がお前を本気で斬ると思うか?」
あの時レイは“殺される”という本能からの危険信号を察知したような気がした。だから無理に魔術を使って避けようとしたのだ。
しかし考えてもみれば、彼女が“相棒”とまで称するレイを傷付けるなど有り得ない話だ。
修行であっても勝負に手は抜かないというクオンの性分が、殺意にも似た気迫を生み出していたのかもしれない。
「……そうだね。ごめん、また迷惑かけて」
レイが使ったのは彼が編み出した加速魔術。
肉体を光そのものと化し、文字通り光速で移動し再構築する技なのだが、何の魔術を使ったかはここでは最たる問題ではない。問題なのは彼の体質の方だ。
彼は昔から、一度に大量の魔力を消費すると気を失うという体質に悩まされている。どうやら医師にも原因は分からないらしく、治療のしようがなかった。
そのくせレイの得意とする光属性魔術は、効果は折り紙付きだが軒並み消費が激しい。こうして魔力切れを起こすのも珍しい事ではないのだ。
「気にするな、お前を担ぎ込むのは何時もの事だ」
クオンは昔からレイと行動を共にする機会が多く、レイが倒れた時は大抵の場合、彼女が対処してくれている。
故に、彼女はレイにとって最も信頼できる人物だと言える。
「それより、明日は休日だろう。お前は大事を取って休んでおけ」
「そうするよ」
明日からは週に二日の休日。十分な休養を摂る事が出来るだろう。だが、休む前にレイにはやるべき事があった。
「部長に連絡しないと、明日の部活休むって」
「一人で歩けるか?」
クオンは手を貸そうとするが、レイは大丈夫だと丁重に断る。
「そうか、では待っている。台所を借りるぞ」
「いつも悪いね、クオン」
この学生寮には食堂もあるのだが、レイの懐は経済的に豊かとは言えない為、食事に関してはこうしてクオンの世話になる事が多い。
レイは立ち上がり、昔クオンに貰った髪留めで髪を結ぶと、短い欠伸をして自室を後にした。
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