模範的な兄弟
「アイリちゃん、何か買ってあげようか?」
「はい!アイリはアイスが欲しい」
俺はアイリと手をつないで歩いた。彼女を喜ばせるために街中をぶらついていた。何しろ、あのバカなカカマダから、史上最も簡単に50万円を手に入れられるのだから。
「こんにちは、アイスクリームをください」
「はい」
俺たちはベンチに座って待っていたが、なぜか誰かに尾行されているような気がした。
(きっと、エラーが教えてくれたあの人なんだ。これからはもっと気をつけなきゃ)
俺は皮肉屋のように四方八方を見回し、警戒を怠らなかった。 ほどなくして、俺はアイリを友達のいる場所へ連れて行った。
「えっと、彼らと楽しく過ごしてください。俺は……」
「だめ……アイリ、お兄ちゃんに一緒にいてほしいの」
アイリちゃんは、申し訳なさそうに俺の服を引っ張った。
「ごめん……でも……」
「お兄ちゃんともっと遊びたいの……もしかして……お兄ちゃんと~、もう一緒にいられないの……?」
アイリちゃんは、まるで泣いている子犬のような目をしていた。妹なんて持ったことのない俺には、あまりにも耐え難い光景だった。
「俺は……えっと……」
(くそっ!その顔、すごく可愛い!やるべきじゃないけど、彼女は俺の妹だし、今日は甘やかしてあげるって約束したんだ。カイトさん、マジで羨ましいよおおおおおお!)
「わかったよ…アイリちゃん、俺も一緒に遊ぶよ」
「やった!お兄ちゃんが遊んでくれる!」
とてつもない力で、彼女は俺を友達が集まる場所へと連れて行った。こんな瞬間があったかどうか思い出そうとして、前世のことを考えた。思い出せるのは、あの人たち――かつての俺の両親――が俺を道具のように扱っていた人生だけだ。 他の瞬間を思い出せないのは、きっと女神が過去のハンクに関する記憶を少しずつ消しているからだろう。
「ミナちゃん!チョウジちゃん!アンナちゃん!元気?」
「やあ!アイリちゃん!」
3人はアイリちゃんのところへ一直線に駆け寄って抱きついた。俺は少し羨ましくなった。
「みんなに、前に話した私のお兄ちゃんを紹介するね。すごくいい人なんだよ」
「えっと……大げさじゃないし……」
(ヒロシはどこだ! 俺の愛しいアイリちゃんの心を奪ったあのクソ野郎はどこにいるんだ)
「えっと……あの……ヒロシたん~……まだ来てないの?」
(まだ『たん』なんて敬称をつけてるなんて! あのクソ野郎、絶対に許さない。たとえ子供だとしても)
嫉妬で顔が張り裂けそうだったが、どうにか爆発寸前の感情を抑え込んだ。
「ちょっと時間がかかるって言ってたよ。弟が買い物に外に出たがらなかったから、無理やり連れて行くことにしたんだって」
オタクっぽい少年がそう言った。チョウジだ。
「えっと……待っていてもいいけど……」
「ところで、お兄さんにヒロシちゃんのこと好きだってもう言った?」
ギャルっぽい雰囲気の女の子がそう言った。アンナだ。
「えっ? もちろん! お兄ちゃんには何も隠せないもん」
(緊張している時のアイリちゃん、すごく可愛いよ。だから、ヒロシに彼女を奪わせたりしないぞ!)
もう一人のミナという女の子は、年上の人を見るのが苦手なようで少し内気そうだった。俺を見るたびに視線をそらす様子から、それがうかがえた。
「まあ、それはさておき……ありがとう……皆さんがアイリちゃんの最高の友達でいてくれて、ありがとうございます」
俺は子供たちに敬意を表して頭を下げた。普段ならそんなことはしない俺だが、彼らを尊重していることをはっきりと伝えたかったのだ。
「えっ?」
子供の頃――記憶は曖昧だが――俺には友達があまりいなかった。まだクソみたいな操り屋になり始めたばかりで、友情とは何かをあまり理解していなかった。
大学に入って初めて、真の友人であるケンドウくんに出会ったのだ。
彼らには感謝しなければならない。たとえ子供たちとはいえ、それは俺が経験したことのないものだからだ。アイリちゃんに良い友達がいてくれて嬉しい。 何しろ、俺は彼女の愛するお兄ちゃんだ。彼女が決して苦しむことのないよう、彼女を幸せにしなければならない。
「おっ、ヒロシちゃんが来た!」
「え、えっ?!」
(ついに、アイリちゃんの美しい笑顔を見る権利があるなんて思い込んでいるあのバカに会えるんだな!)
俺は独り言を中断し、そのヒロシという男がやってくる方向へと歩き出した。まるで、あいつを殺さなきゃ……いや、会わなきゃいけないことが最優先みたいに。
「おい…兄さん! 彼を傷つけたりしないでよ!……」
「心配しないで、アイリちゃん。あのクズ……失礼、君の大切な友達と、男同士でちょっと話してくるだけだよ。俺はそんなに悪い人間じゃないんだから」
アイリちゃんが俺の服を力いっぱい引っ張ってきたので、俺は彼女から逃れようと力を込めた。 妹とのもみ合いの最中、どこか聞き覚えのある声が次第に大きくなっていった。その声は、どこかで聞いたことがあるような気がした。
「お兄ちゃん、ママが『もう二度と逃げちゃダメ』って言ってたよ。今からは、僕たちと遊ばなきゃダメなんだ」
それは、アイリちゃんの心を射止めたあの呪われた少年の声だったが、何より大切なのは、彼女のそばにいた人物だった。
「嫌だ!今日は一日中家にいるって決めてたんだ。今日、お前が遊びに来るなんて誰も教えてくれなかったよ、バカ!」
「お前……」
(あの声……あの髪型……間違いなくあのバカだ)
その声が誰のものかは明らかだった。今日、あいつに会えるとは思ってもみなかった。まさかあのバカが今日ここにいるなんて。
「え……? 説明するまでもないだろう、俺はその……」
彼の言葉を最後まで言わせる間もなく、俺はその変態めがけて一直線に駆け寄り、首根っこをつかんで頭を何度も殴りつけた。
「下がれ、子供たち!ここに変態のロリコンがうろついている。警察を呼んで、こいつを連行してもらえ」
「待てよ、バカ!俺はロリコンなんかじゃない、ただ……」
「そんなこと言うのは危険な変態だけだ!二度と君に好き勝手にはさせない」
「言ってるだろ……!」
「もういい!」
その反対側では、ヒロシがあの変態から俺を引き離そうとしていた。
「こいつは俺の兄貴だ。誰かと間違えてるんじゃないか? ロリコンなんかじゃないよ」
「何て言ったの?」
「兄貴だ」
俺は彼を殴るのをやめ、しばらく状況を整理した。
(主人公……その弟……主人公……その弟……まさか、主人公に弟がいたなんて?!)
「あれは君の弟?」
「当たり前だろ、バカ! もう知ってると思ってたのに」
と、ナカムラは激怒して叫んだ。
「いや……待って……ちょっと考えてみるから……」
「せめて、俺の顔を殴ったことくらい謝れよ!」
ゲームでは、ストーリーを進めるためにskipボタンでテキストを飛ばしていた。あの長い会話の中に、きっと主人公の過去が隠されていたに違いない。
(こんなことになるなんて知っていたら、会話を飛ばさなかったかもしれない。やっぱり、このゲームのこと、あまり分かってないな)
俺は深呼吸をして、落ち着こうとした。
「まあ、とにかく、みんなは遊びに行っていいよ。俺たちは二人で、いくつかのことを穏やかに話し合うから。もし俺たちも君たちのいたずらに加わってほしいなら、声をかけてね、いい?」
「わかった!」
二人はベンチに座り、もっと落ち着いて話せるようにした。あの馬鹿なせいで知らなかったことがたくさんあった。重要そうだと感じたことしか読んでいなかったから、つまり、ほとんど何も読んでいなかったわけだ。
「よく聞いて、変態。君は今、主人公の記憶を持っているはずだ。だから……」
「何言ってるんだ? あの時、主人公の記憶なんてもらってないよ……あの、知ってるだろ」
「え?」
(まさか! そのキャラクターの思い出は与えられなかったの? でも、ゲームがどんなものだったかは覚えているはずなのに……せめて、何か他のことくらいは覚えていてくれたらいいのに)
何か理由があって嘘をついている可能性もある。俺はできるだけ早く落ち着くために、ただ深呼吸をした。
「でも、少なくとも主人公のことなら何か知っているだろう?」
「いや、実は……何年も前にプレイしたし、その後長い間プレイしてなかったから、何も覚えてないんだ」
(バカ! お前はバカだ! お前には何も期待できないって分かってたよ。もう彼から情報を引き出せない。いや、そもそも引き出すことすらできない)
俺はあまりの絶望に、頭をかきむしり続けた。
「待って、でも君がプレイしたんだし、ストーリー全部知ってるはずじゃないの?」
「俺が、あんな馬鹿げたストーリーにいちいち注意を払うような奴に見えるか?」
「そうね」
本当に、あの変態バカは、俺が他の異世界乙女ゲームの主人公たちみたいに、ストーリーを隅々まで把握していると思い込んでいたなんて。なんて馬鹿げたこと。
(終わった。あのビッチはそれを利用して何か企んでいるに違いない。ケンドウくんの話から、それはおそらく、あの変態を何らかの形で利用して、俺を苦しめようとしている……彼を信用すべきか? 殺すべきか? それとも、さっさと離れるべきか?)
俺はパニックに陥った。他にも転生者がいると分かった以上、彼らが俺を滅ぼすために送り込まれた可能性があった。確証はないが、その確率は非常に高かった。
「あ……話題を変えよう。兄弟はいた?」
「前世のことなら……いなかったよ」
「兄弟がいると分かった時、どんな気持ちだった?」
「正直なところ、自分のことを心配してくれる兄弟がいるってことが嬉しかったんだ。説明するのはちょっと難しいんだけど……」
「すごくわかるよ。やっぱり変態にも人間らしい一面はあるんだね」
「え? 謝ってるの?」
俺の言葉を聞いて、彼は驚いた様子だった。どうやら、俺は普段とは少し違った振る舞いをしてしまったらしい。
「そうは言わないけど、ある意味では君と同じなんだ。俺にも兄弟はいなかったし……だから今は、アイリちゃんにとって良いお兄ちゃんになれるようになりたいんだ」
「そうかもね」
長い沈黙が続いた。俺はその間ずっと考えていた。そして、この世界での俺は決して完璧なんかじゃないんだと気づいた。もし誰かが知っているようなキャラクターに生まれ変わっていたら、きっとたくさんの問題を抱えていただろう。
(明日は、「エラー」に対して溜まりに溜まったフラストレーションをすべてぶちまけるつもりだ。)
今、俺が信頼できるのは「エラー」だけだ。彼は好きじゃないけれど、この世界についてかなりの情報を持っているし、ケンドウくんを除けば、彼だけが制限なく自由に話せる相手だから。
「お兄ちゃん!早く私と友達と一緒に遊ぼうよ!」
遠くから、アイリちゃんが両手を挙げて嬉しそうに跳ねながら叫んだ。
「二人とも呼ばれたみたいだね。ナカムラちゃん、そろそろ俺と君で子供たちと遊んで、この気まずい雰囲気を吹き飛ばそうよ、いい?」
「わかった……えっ?……さっき、君から電話がかかってきて…」
ナカムラだったかもしれないし、サスケだったかもしれない。いずれにせよ、俺がいつものように「変態」と呼ぶのではなく、彼の名字に「~ちゃん」をつけて呼んだことに、彼は驚いたようだ。俺がそんなことをするのは珍しいことだった。本当に相手を信頼している時以外は。しかし、それは一時的な休戦に過ぎなかった。
「いいえ、今はその話は置いておきましょう。今日は子供たちと一緒にいるし、きっと彼らに俺の悪い印象を与えてしまったと思います。あなたも新しい自分になりたいと思っているのは分かっていますが、正直なところ、俺にはよく理解できません。まあ、今日だけなら、その話はひとまず置いておいて、残りの時間は子供たちと遊んで楽しもう。それと、俺がまたあなたの名字に敬称をつけて呼ぶなんて思わないでね。相変わらずあなたを心底嫌っているんだから、そのことはしっかり覚えておいて……バカ」
俺たちは二人とも、子供たちと遊ぶためにそこへ行った。初めて、彼を嫌っているという気持ちを脇に置き、ただその瞬間を楽しむことができた。もう二度と彼をそう呼ぶことはないだろう。もし機会があれば、もしかすると――ほんの一つの「もし」だが――遠い将来、あの変態を友達として見なせるかもしれない。というのも、カイトさんもきっと彼と友達になりたいと思っているはずだからだ。
…
……
………
「Darling……Darling……」
カイトがいる場所から少し離れたところで、女性の声が聞こえた。フード付きの黒いスーツを着た少女が彼らを見つめており、まるで自分の「Darling」と思われる人物をもっと間近で観察しようと、カメラを手にしていた。
「今度こそ……私が知っているDarlingらしく振る舞ってくれているなら」
と、奇妙な笑みを浮かべながら、写真を撮るためにスマホを構えていた。
「ねえ……ここは人を覗き見するにはふさわしくない場所だよ。誰かが知ったら、きっと気に入らないはずだ」
少女の背後で、カメラのフラッシュ音が響いた。
そう言ったのは、宮村 光、いや、吉田剣道だった。彼は彼女が誰なのかを知っていたし、これから何が起こるかも分かっていた。だからこそ、彼女に立ち向かうため、脅しの材料として写真を撮ったのだ。
「あら……バレちゃったみたいね。新聞部ですら私の写真を撮れなかったのに……教えて……どうやって撮ったの?」
「簡単だよ、ただ君を尾行してただけさ」
「それってセクハラよ。そんなの信じないわ。すぐに気づいてたはずだもの」
「まあ……僕には姿を消す『能力』があるってことにしておこう。透明人間って意味じゃないけど」
フードを被った少女はゆっくりと立ち上がり、作り物のような優しい眼差しを向けた。それは、女々しい少年が警戒心を解くように仕向けるためだった。
「あなたって変ね。初めて会ったし、誰かもわからないわ。私の記憶にある限り、あなたは私のそばにいたことなんてない。あなたの顔も浮かばないわ」
「ただ、僕たちはあっという間に仲良くなっただけなんだ。カイトくんに「友達になってくれない?」と優しく頼めば、きっと考えてくれるはずだよ」
「考えてくれる? 私たちは別のDarlingについて話しているんじゃないかしら。私が知っているDarlingなら、そんなことは考えたりしないわ。怖がらずに、はっきり言うはずよ」
「そうかもね。もう、何が起きているか気づいたんだろ?」
ケンドウは挑発的な笑みを浮かべながら、フードを被った少女に危険なほど近づいた。
「もちろん……長い間彼を見てきた人なら、彼が偽者だとすぐに気づくでしょう」
「偽者? まあ、そうなるのが普通だろうね」
ケンドウは少女の言葉を聞いて笑った。まるで彼女を真剣に受け止めていないかのように。
「何が起きているか分かっているようだな。何が起きているか分かっているようだな。今すぐ話せ……さもないと……お前がどうなろうと知ったことじゃない。真実を突き止めるまで、私は手を緩めないからな」
少女はポケットからナイフを取り出し、それほど遠くない距離からその刃先をケンドウの首元に向けた。
「ねえ……ねえ……話が急ぎすぎじゃない? もし僕が死んだら、あなたのDarlingは悲しむわ。きっとそんな姿は見たくないでしょう?」
「でも、その時は私が彼を慰めてあげる。そうすれば、彼の母親と妹を除いて、私が彼の人生で唯一の女性になれるわ」
「そんなことになるとは思わないで。そんなに自信満々にならないで。私が知っているカイトくんは、そんなふうには考えないわ……」
白髪の少女は、ケンドウの肌を切り裂きそうになりながら襲いかかったが、ケンドウは素早い動きで彼女を制し、ナイフを奪い取った。
「僕が準備なしで来たなんて思わないで。これは僕のカイトくんが教えてくれたことよ」
「私のDarlingのことを、私よりよく知っているかのように話すのはやめて!」
少女は拳を握りしめ、少年の力から逃れようと必死にもがいた。
「確かに彼を完全に知っているわけではないけど、一つだけ確かなことがある……君と僕、どちらを選ぶかと言えば〜、間違いなく僕の方を選ぶはずだ〜」
ケンドウは彼女の耳元に顔を寄せ、その言葉を囁いた。それは紛れもなく、事態を悪化させる可能性のある挑発だった。
少女は鋭い動きでケンドウから身を振りほどき、頭突きを食らわせると再びナイフを掴もうとしたが、ケンドウは再びその敏捷さと力強さで、彼女をさらに遠くへ吹き飛ばした。
「好きで来たわけじゃないって言っただろ。ただ、カイトくんにつきまとうのをやめてほしいだけだ。その代わり、彼を振り向かせるためのアドバイスをいくつか教えてやるよ」
「なんて魅力的な提案なの。でも、私が知っているカイトくんは今ここにはいないわ。彼じゃないなら、そんなの持つ価値なんてない。あそこにいるのはただの偽物よ」
少女はこれから何が起こるか全く予想していなかった。ケンドウは、まるでハンクくんがやったかのように彼女の顔面を殴り、少女は傷を負って地面に倒れ込んだ。
「これは『なりすまし』からのメッセージだと思ってくれ。もし彼への嫌がらせを続けるならね。彼をそう呼ぶのは恥ずかしいけど、だからこそ、今すぐやめたほうがいいわ…… 江美小春。
ついにフードを被った少女の顔が明らかになった。かつて有望な水泳選手だったあの少女、幼い頃、カイトさんと一緒にいて、一目惚れしてしまったあの少女――間違いなく、彼女だった。
江美小春




