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廃棄惑星に追放された俺、万能物質《マター》生産工場を手に入れて銀河最強の生産者になる  作者: 廣瀬誠人
第5章 内政編

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第48話 書類審査

 フライハイト領ノルド・ステーション。


 かつては辺境の寂れた補給基地に過ぎなかったこの場所は、今や銀河で最も注目されるホットスポットとなっていた。


 その最上層、執務室。


 クロウ・フォン・フライハイト勇爵は、目の前に展開されたホログラム・ウィンドウの「厚み」に圧倒され、手に持っていたコーヒーカップを取り落としそうになっていた。


「おいおい……嘘だろ?」


 クロウの声が裏返る。


 空中に浮かぶウィンドウには、絶え間なく流れる文字列が表示されている。


 それはまるでデジタルの滝だ。


 そのすべてが、今回の「代官募集」への応募データだった。


「こんな数が応募してくるなんて、完全に想定外だぞ。桁が……桁がおかしい」


 カウンターの下部には、現在の総応募数がリアルタイムで更新されている。


『348,921,005件』


 さらにこの瞬間も、秒速で数千件ずつ増え続けているのだ。


 数億。


 それは一国の人口に匹敵する数字だった。


 これだけの人間が、クロウの下で働きたい――いや、成り上がりたいと願ってアクセスしてきているのだ。


 傍らに控えるメイド服のアンドロイド、シズが、涼しい顔でお茶請けのクッキーを差し出した。


「帝国中に燻っていた、有能な芽が出てきたみたいですね、マスター」


「芽が出たというより、森が丸ごと押し寄せてきたレベルだろ、これは」


 クロウは頭を抱えた。


 当初の予想では、多くても数万人、あるいは数十万人程度だと踏んでいた。


 帝国の貴族社会は閉鎖的だ。


 平民が貴族の代理人、あまつさえ男爵になれるなどという話は、あまりに現実離れしていて誰も信じないと思っていたのだ。


 だが、現実は違った。


 人々は飢えていたのだ。


 閉塞した社会、血統だけで決まる身分制度、努力が報われない経済構造。


 そこに風穴を開けるクロウという存在に、彼らは一縷の望みを――あるいは狂気に近い賭けを見出したのだ。


「どうするんですか?全員と面接しますか?一人一分だとしても、マスターの寿命が尽きるまで終わらない計算になりますが」


「冗談じゃない。俺は領地経営を楽にするために募集したんだぞ。過労死してどうする」


 クロウはウィンドウをスワイプし、ランダムに一つの応募データを開いた。


『辺境惑星ベータ・ガムの廃品回収業者』


『第4級市民』


『自己PR:どんなガラクタでも金に変えてみせます』


「……確かに、野心とハングリー精神はありそうだがな」


 クロウは唸った。


 どうやって選別するか。


 くじ引きで決めるわけにもいかない。


 求めているのは、旧ローゼンバーグ貴族連合の広大な、そして荒廃した領地を立て直せる「実務能力」を持った怪物たちだ。


 口先だけの詐欺師や、夢見がちなだけの素人を雇えば、領地はさらに荒廃し、最終的にクロウの評判に泥を塗ることになる。


「方法はあるのか、シズ?」


「はい、マスター。まずは足切り……書類選考からでしょう」


 シズは淡々と言い、空中に新たなウィンドウを展開した。


 そこには、複雑な数字の羅列が並んでいる。


「応募の際、必須項目として『現在経営している、または過去に経営していた商会・商店の財務諸表』を提出させました。そこから、おおよその経営能力を客観的に判断可能です」


「……財務諸表?」


 クロウは首を傾げた。


 工学と軍事に関しては常識外れの発想を持つ彼だが、経営学に関しては素人同然だ。


「なんだそれは?俺にはさっぱりだ。新しい暗号コードか何かか?」


「いえ、暗号ではありませんが、ある意味でその人間の生き様を記したコードとは言えるかもしれません」


 シズは教師が学生に教えるように、人差し指を立てた。


「財務諸表とは、企業の財政状態や経営成績をまとめた決算書のことです。貸借対照表、損益計算書、キャッシュフロー計算書などが含まれます」


「……もう少し簡単に頼む」


「ざっくり言うと、その企業の『成績表』だと思ってください」


 シズはウィンドウの数字の一部を赤くハイライトした。


「どれだけ売上を上げたか。そのためにどれだけの経費を使ったか。最終的に手元にいくら現金が残ったか。借金はどれくらいあって、返済能力はあるのか……。数字は嘘をつきません。言葉でどれだけ『私は優秀だ』と飾っても、この表を見れば、その人物がどれだけ効率的に金を稼ぎ、どれだけ堅実に組織を回してきたかが一目瞭然なのです」


 なるほど、とクロウは頷いた。


「つまり、口先だけのビッグマウス野郎か、実際に金を稼げる実務家かを見分けるってわけか」


「その通りです。特に今回の募集には、帝国の重税や不況の中で生き残ってきた猛者たちが集まっています。赤字続きで破綻寸前の者は、今回はご縁がなかったということで」


 クロウはニヤリと笑った。


 合理的だ。


 貴族社会では「家柄」や「コネ」が重視されるが、商人の世界では「数字」こそが正義。


 そのルールを、代官の登用試験に持ち込む。


 実にクロウらしいやり方だった。


「なるほどな、今回俺が求めている人材は卓越した経営手腕の持ち主だ。会社の業績が良くないやつは篩にかけられるな。それで行こう」


 クロウは指示を出した。


「基準はお前に任せる。帝国の平均的な利益率を上回っていること、そして何より『逆境において黒字を出した経験があること』を評価点にしてくれ」


「承知いたしました。早速選別を開始します」


 シズの瞳の中で、青い光が高速で明滅し始めた。


 彼女の電子頭脳が、毎秒数億回の計算処理を行っている証だ。


 数億人分の膨大なデータ。


 添付された財務諸表の画像データを解析し、数字を読み取り、不正がないかチェックし、偏差値を算出する。


 通常の人事部なら数百年かかる作業だ。


「計算中……」


 シズが呟く。


 執務室のサーバーが低い唸りを上げた。


「……完了しました」


 わずか数秒。


 お湯を沸かすよりも短い時間で、シズは作業を終えた。


 デジタルの滝が止まり、画面上の数字が激減する。


「数億の応募データから、経営状態が優良、かつ特筆すべき才覚が見られる者を抽出。……10万4,502名まで絞り込みました」


 クロウは絞られたリストをざっと眺める。


『廃品回収業で年商50億クレジットを達成した男』


『辺境惑星の食糧難を、独自の流通ルートで解決した元・密輸業者』


『潰れかけの町工場を、帝国軍御用達の兵器メーカーに育て上げた未亡人』


「……なるほど、こいつらか」


 リストに並ぶのは、確かに「本物」たちのようだ。


 いずれも一癖も二癖もありそうだが、その実績は数字が証明している。


「仕事が早くて助かるよシズ。だが……」


 クロウは眉間の皺を揉んだ。


「この後はどうする?10万人まで減ったのはいいが、面接するにしてもまだ多すぎるぞ」


 10万人。


 スタジアムを埋め尽くすほどの人数だ。


 これを一人ずつ面接していては、やはり日が暮れるどころか年が明けてしまう。


「そうですね……」


 シズは小首を傾げ、少し考え込んだ。


 彼女の演算領域が、次なる選抜方法を検索する。


 実務能力は証明された。次は、より具体的な「領地経営」の適性を見極める必要がある。


 商会の経営と、星系の統治は似て非なるものだ。


 政治的なバランス感覚、民衆の掌握術、そして時には非情な決断を下す軍事的なセンスも問われる。


「――領地の経営シミュレーターをさせて、実技を確認しましょう」


 シズが提案した。


「シミュレーター?そんなものがあるのか?」


「はい。マスターが通われていた貴族学校にもあったはずです。『領地統治演習』というカリキュラムで使用される高度な戦略シミュレーション・プログラムが」


 クロウは記憶の糸を手繰り寄せた。


 貴族学校時代。


 彼はいつも実験室にこもって、廃材から怪しげな機械を作っていた。


「ああ……そういえば、文官科の連中がなんか難しい顔をして画面に向かってたな。あれか」


「そうです。ただしマスターは先端工学科でしたので、領地経営の授業はありませんでしたが」


「俺は『いかに効率よく敵を爆砕するか』とか『エネルギー効率の最大化』しか興味なかったからな」


 クロウは苦笑した。


 まさか自分が、こうして領地経営のことで頭を悩ませることになるとは、学生時代の彼は夢にも思わなかっただろう。


「そういうシミュレーターがあるのは便利だな。あの貴族学校も、腐ってるだけじゃなくてちゃんとしてる所はあるのか。意外だ」


「このシミュレーターは、過去の帝国の歴史データに基づき、飢饉、暴動、隣領からの侵略、経済恐慌など、あらゆるトラブルをランダムに発生させます。その中で、いかに領地を発展させ、民を幸福に(あるいは搾取し)、税収を確保するかを競うものです」


 シズの説明を聞いて、クロウは膝を打った。


 完璧だ。


 旧ローゼンバーグ貴族連合の所領は、まさにトラブルのデパート状態だ。


 温室育ちの商売人では、着任して3日で胃に穴が開くだろう。


 仮想空間で地獄を見てもらい、それに耐えうる精神力と判断力を持つ者だけを選抜する。


「そのソフトは手に入るのか?」


「元は軍事シミュレーターを民生用に転用したものですので、市販されています。すぐに人数分のライセンスを用意できます」


「よし、それだ」


 クロウは立ち上がった。


 方針は決まった。


「応募者にそのシミュレーターをプレイさせるんだ。難易度は『地獄(ヘル)』モードでな。そのスコアを見て、さらに1万程度まで絞る」


「1万人であれば、最終試験として、マスターによる集団面接、あるいは代表者面接が可能かと思われます」


 シズが補足する。


 10万から1万へ。


 過酷なデスゲームのようだが、これくらいやらなければ、クロウの代官は務まらない。


「1次試験の突破者、10万人に連絡しておいてくれ」


 クロウは窓の外、広大な宇宙を見上げて不敵に笑った。


「まあいい。次はオンラインで済ませるようなケチな真似はしないぞ」


「と、おっしゃいますと?」


「帝国首都星の巨大スタジアム……『インペリアル・ドーム』を貸し切れ!」


 シズが一瞬だけきょとんとし、すぐに「了解しました」と頷いた。


「10万人を一堂に集め、全員で一斉にシミュレーター試験を行う。その様子を全銀河に中継するんだ」


「なるほど。一種のイベントとして見せるわけですね」


「ああ。隠れてコソコソやるのは性に合わん。それに、公衆の面前でのプレッシャーに勝てないようじゃ、代官なんて無理だ」


 それに、とクロウは付け加えた。


 元老院の連中への嫌がらせにもなる。


 彼らが裏でこそこそと軍拡の算段をしている間に、クロウは堂々と人材発掘の祭典を開くのだ。


「スタジアムの中央に巨大スクリーンを置いて、上位ランカーの名前をリアルタイムで表示する。脱落者はその場で退場。まさにサバイバルだ」


「悪趣味ですね、マスター。……いえ、実に合理的でエンターテインメント性に富んでいます」


「褒め言葉として受け取っておくよ」


 クロウはジャケットを羽織った。


「さあ、忙しくなるぞシズ。会場の手配、メディアへの広報、そしてシミュレーターの難易度調整……すべて最高レベルで準備しろ。俺の金と名声に群がってきた有象無象どもに、本当の『絶望』と『歓喜』を教えてやるんだ」


「畏まりました。直ちに手配いたします」


 シズが優雅に一礼し、通信回線を開く。


 数億人の応募者の中から選ばれた10万人の端末に、今、運命の通知が届こうとしていた。


『一次選考通過のお知らせ』


『二次試験会場:帝国首都星インペリアル・ドーム』


『持参するもの:強靭な精神力と、決して折れない心』


 それは、帝国史上最大にして最も過酷な就職試験の幕開けだった。

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