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銀河戦記フライハイト 〜廃棄惑星から始まる銀河帝国滅亡史〜【祝40万PV】  作者: 廣瀬誠人
第5章 代官募集編

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第49話 領地経営試験

 帝国首都星(セントラル)


 この日、銀河帝国の歴史において、最も奇妙で、最も熱狂的なイベントが開催されようとしていた。


 場所は、帝国最大級の収容人数を誇るインペリアル・ドーム。


 普段は銀河規模のスポーツ大会や、帝国の式典に使われるこの神聖な場所が、今日はまったく別の目的のために開放されていた。


 ドームの上空を飛び交う無数の報道ドローン。


 超光速通信回線を通じて、銀河中の人々が固唾を呑んで見守る中、一人のニュースキャスターが声を張り上げる。


「ーー本日は帝国首都星(セントラル)、インペリアル・ドームより生中継いたします! ご覧ください、この異様な光景を! 今回は今話題のフライハイト勇爵が主催する、前代未聞の代官登用試験の様子をお届けします!」


 カメラがドーム内部を映し出す。


 そこには、戦慄すべき光景が広がっていた。


 端から端までびっしりと、幾何学的な正確さで10万脚のデスクと椅子。そして、VRギアが並べられているのだ。


 シミュレーターはPCゲームのような画面に向かって操作するのが通常だが、今回は特別にVR没入型に変更されていた。


 そのライセンス料は高額だったが、クロウは躊躇なく支払っていた。


 そこに座るのは、老若男女の10万人の受験者たち。


 彼らは一様に緊張した面持ちで、目の前の機材を見つめている。


「募集総数は数億人! その中から、AIによる厳正な財務諸表審査を通過した選ばれし10万人が、この会場に集結しております! これから行われるのは、2次試験……領地経営シミュレーター! しかも、その難易度はなんと地獄(ヘル)モード!」


 キャスターが興奮気味に解説する。


「専門家の話によれば、このモードは隕石衝突、疫病、内乱が日常茶飯事という、現役の領主でも開始5分でゲームオーバーになる鬼畜難易度とのこと! 果たして参加者たちは、この無理ゲーを攻略し、勇爵に認められる力を示すことができるのか⁉︎」


 ドーム全体を包む地鳴りのようなざわめき。


 その熱気を、遥か頭上から見下ろす影があった。


 VIP観客席、最上階ボックスシート。


 防弾ガラスとエネルギーシールドで守られたその空間で、クロウ・フォン・フライハイトはゆったりとソファに身を沈めていた。


「シズ、よくやったな。この会場の盛り上がり、素晴らしい!」


 クロウは眼下に広がる10万人の群衆と、さらにその周囲を埋め尽くす数百万の観客を見渡して、満足げに頷いた。


 観客たちは、まるでコロシアムで剣闘士の殺し合いを見るかのように、受験者たちに声援と野次を飛ばしている。


「マスターのためならば」


 傍らに控えるシズが、いつもの涼やかな表情で答える。


 彼女の手には、リアルタイムで変動する視聴率グラフが表示されたタブレットがあった。


「現在、銀河全域での同時視聴者数は600兆人を突破。帝国の民放視聴率記録を更新しました。広告収入だけで、今回のイベント設営費がすべて賄えます」


「600兆か……。相変わらず桁がおかしいな」


「それだけ、皆が変化を求めているということです」


 クロウは笑いながら、周囲に視線を走らせた。


 ボックスシートの周囲には、無骨な黒い装甲に身を包んだ戦闘用ドロイドが数百体、石像のように直立している。


 手には最新鋭のレーザーライフル。


 蟻一匹通さない厳重な警戒態勢だ。


「元老院の連中が刺客を送ってくるかもしれんからな。警備は厳重すぎるくらいでちょうどいい」


 その頃。


 クロウの懸念通り、帝国の中枢でもこの中継は見られていた。


 ただし、そこに熱狂はなく、あるのは冷ややかな侮蔑と、隠しきれない焦燥だけだった。


 元老院議員専用のサロン。


 豪奢なソファに深々と腰掛けた貴族議員たちが、グラスを片手にスクリーンを睨みつけている。


「……下品な見世物だ」


 一人の議員が吐き捨てるように言った。


「神聖なる貴族を、あのようなゲームで決めるとは。統治権への冒涜だぞ」


「まったくだ。平民ごときが、政治の真似事など……」


 彼らは嘲笑しようとした。


 だが、画面の端に表示された視聴者数600兆人突破の数字が、彼らの喉に棘のように刺さる。


「しかし……この数はなんだ」


 別の議員が呻く。


「600兆の民が、この茶番に熱狂しているというのか? 我々の演説など、誰も聞こうとしないのに……」


「奴は、政治をエンターテインメントに変えてしまったのだ。……恐ろしい男だ」


「フン、どうせ全員失敗して恥をさらすだけだ。地獄(ヘル)モードだと? 我々ですら手を焼く難易度だぞ。平民などにクリアできるものか」


 議員たちは、そう自分に言い聞かせ、歪んだ笑みを浮かべて画面を見守った。


 彼らが失敗し、クロウが赤っ恥をかく瞬間を見るために。


 一方、会場。


 クロウはマイクを手に取った。


 さあ、ショータイムだ。


「ーーテステス。聞こえるか、野心溢れる諸君」


 クロウの声が、ドーム内の巨大スピーカーから轟いた。


 一瞬にして、10万人の視線がVIP席へと突き刺さる。


 同時に、ドーム中央の空中に巨大なホログラム映像が出現し、クロウの姿が大写しになった。


「今回は集まってくれてありがとう。俺はクロウ・フォン・フライハイト勇爵だ」


 会場からどよめきが起きる。


 英雄にして、銀河一の大富豪。


 平民たちの希望の星であり、貴族たちの目の上のたんこぶ。


 本物の勇爵を前にして、受験者たちのボルテージは最高潮に達した。


「事前に聞いているとは思うが、今回は実技試験だ。目の前のVRギアを使って、領地経営シミュレーターで勝負してもらう」


 クロウは指をパチンと鳴らす。


 ドームの天井、その円形の巨大スクリーンに、1位から10万位までのランキング表が表示された。


 現在はすべてNO DATAとなっている。


「ルールは単純だ。与えられた領地を経営し、資産を増やせ。民の幸福度、軍事力、そして何より税収。これらを総合したスコアが、リアルタイムでそこに表示される」


 クロウの声が、冷徹な響きを帯びる。


「ただし、枠は限られている。開始10分後から下位の者を強制的に足切りしていく。スコアが伸びない無能、運に見放された不幸者、判断の遅い愚図……順次強制ログアウトさせる」


 誰かが唾を飲み込む音が聞こえるようだった。


 ただの試験ではない。


 これは生存競争(サバイバル)だ。


「このシミュレーターの内部時間は、現実の100万倍の速度で進む。試験時間は3時間だ。つまり、内部では342年と5ヶ月が経過することになる」


 クロウは不敵な笑みを浮かべた。


「求めるのは、旧ローゼンバーグ貴族連合の所領という地獄を楽園に変えられる魔法使いだ。学歴も家柄も関係ない。結果を出した奴が正義だ。ーー以上、それではスタートとする!」


 STARTの文字がホログラムで弾けた瞬間。


 10万人の受験者たちが一斉にVRギアを装着した。


 ドーム内は静まり返るが、仮想空間の内部ではすでに過酷な時間が動き出している。


 開始からわずか数分。


 仮想空間から強制切断され、現実に戻された受験者たちが次々と悲鳴を上げる。


「うわあああっ! なんだこれ! 開始早々、領民が暴動を起こしたぞ⁉︎」


「ま、待ってくれ! イナゴの大量発生⁉︎ 今年の収穫がゼロだ⁉︎」


「隣領が宣戦布告してきた⁉︎ 軍事費が足りない、借金して傭兵を……ああっ、金利で破産した!」


 地獄(ヘル)モードの牙が、容赦なく受験者たちに襲いかかる。


 画面が赤く染まり、GAME OVERを告げられて青ざめた顔でVRギアを外す者が続出する。


 エラーを告げる無情な警告音と共に、脱落した者のデスクの照明が落ちていく。


 頭を抱える者、台を叩いて悔しがる者、呆然と虚空を見つめる者。


 ドームの照明が、虫食いのように消えていく。


「ふむ、なかなか壮観だな」


 クロウはコーヒーを啜りながら、その様子を眺めていた。


 スクリーン上のランキングは激しく入れ替わっている。


「開始5分で、すでに5000人が脱落しました」


 シズが淡々と報告する。


「脱落者の主な敗因は?」


「常識的な対応をした者たちです。民衆の陳情を真に受けて減税したり、体面を気にして無駄な式典を行ったりした者は、資金ショートで即死しています」


「だろうな。このシミュレーターは、現実よりもシビアに作ってある」


 クロウはニヤリと笑った。


 元老院の連中も、今ごろ青ざめているか、あるいは腹を抱えて笑っているか。


 だが、この地獄の中で、異彩を放つ者たちがいた。


「見ろ、シズ。あの上位グループの連中を」


 クロウが指差した先。


 ランキングの上位に食い込んでいる数名の受験者たち。


 彼らの操作は、常人のそれとは明らかに違っていた。


「……ほう」


 シズも少しだけ目を見張る。


 ある者は、飢饉で暴動が起きる寸前に、食料を備蓄庫から放出するのではなく、逆に隣領へ高値で売り払って資金を作り、その金で傭兵を雇って暴徒を鎮圧していた。


 ある者は、疫病が流行ると見るや、感染地域を完全隔離して焼き払い、被害を最小限に抑えて、空いた土地に工場を建設していた。


「非情だな。だが、計算されている」


「はい。倫理的には問題がありますが、スコアとしては最適解を叩き出しています」


 クロウは頷いた。


 彼が求めているのは、聖人君子ではない。


 あの泥沼のゴミ屋敷を統治できる、清濁併せ呑む代官なのだ。


「特に、あの暫定1位の奴……」


 クロウの視線が、ある一点に釘付けになる。


 それは、20代前半くらいの若い女だった。


 地味な服装だが、周囲が悲鳴を上げて強制ログアウトさせられる中、彼女だけはVRギアの下で薄い笑みさえ浮かべていた。


 彼女の領地の資産グラフは、右肩上がりどころか、垂直に近い角度で跳ね上がっている。


「あいつ……何をした?」


「ログを確認しました。彼女は開始直後、他のプレイヤーが内政や防衛に必死になっている間に、全財産を投じて港を整備しました。そしてーー」


 シズがデータを解析する。


「フライハイト勇爵家との通商条約を締結。勇爵領から大量のドロイドを輸入し、それを隣領に高値で転売する貿易ルートを確立しています」


 クロウは目を丸くした。


「おいおい、俺のドロイドを転売してるのか?」


「はい。彼女は今、銀河で一番儲かる商材が何かを正確に理解し、あろうことか試験官であるマスターの威光を最大限に利用して、莫大な富を築いています」


 軍事力ではなく、圧倒的な経済力。


 その金で傭兵を雇い、技術者を買い、領地を要塞化している。


 まさに金こそ力を体現するプレイスタイルだ。


「ははっ! 傑作だ! 俺の試験で、俺を利用してのし上がるとはな! あの度胸と先見の明、只者じゃないぞ」


 時間は経過し、脱落者は加速度的に増えていく。


 10万人いた参加者は、1時間後には5万人、2時間後には3万人を切っていた。


 会場の照明はほとんど落ち、残った者たちのVRギアのインジケーターの明かりだけが、暗闇の中で蛍のように光っている。


 その光景は、どこか幻想的ですらあった。


 観客たちも、最初は面白がっていたが、今は静まり返り、生き残った者たちの神がかったプレイに見入っていた。


 無理難題を次々とはねのけ、領地を発展させていくその手腕。


 それは、帝国の既存の貴族たちが決して見せることのない、実力という名の輝きだった。


『残り時間、あと10分!』


 アナウンスが響く。


 残存者数は、1万5200名。


 予想よりも多くの猛者が食らいついている。


「1万5000人か。想定より少し多いが……まあいい」


 クロウは立ち上がった。


 彼の目には、確信の光が宿っていた。


 この下にいる1万5000人の生存者たち。


 彼らこそが、腐敗した帝国を内側から食い破り、クロウの覇道を支える最強の官僚団となるだろう。


「この多さは、それだけ帝国に優秀な人材が埋もれていた証拠だ。嬉しい誤算だな」


「全員採用となると、人件費も馬鹿になりませんが」


「構わんさ。あいつらが稼ぎ出す利益に比べれば、給料なんて安いもんだ」


 クロウはシズに指示を出した。


「シズ、シャンパンの用意を。それと、合格者への契約書だ」


「契約書の内容は?」


「魂を売れ。対価として、夢を叶えてやる……まあ、そんな感じの法的な文言でな」


 シズは微かに微笑み、一礼した。


「畏まりました、マスター。……帝国にとって、今日は長い一日になりそうですね」


 試験終了を告げる電子音が鳴り響く。


 生き残った1万5000人がVRギアを外し、疲労と歓喜の入り混じった叫び声を上げる。


 その声は、新たな時代の産声を上げるかのように、インペリアル・ドームを揺るがしていた。

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