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銀河戦記フライハイト 〜廃棄惑星から始まる銀河帝国滅亡史〜【祝40万PV】  作者: 廣瀬誠人
第11章 貴族内戦編

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第109話 艦隊再編計画

 2週間後。


 新銀河帝国帝都、ノルド・ステーション。


 かつては辺境の交易拠点に過ぎなかったこの場所も、今や銀河の覇権を握る「魔王」の居城として、威容を誇る姿へと変貌を遂げていた。


 その最上層、天空を支配するかのように位置する皇帝執務室。


 巨大なクリスタルガラスの壁面からは、活気に満ちた宇宙港が一望できる。


 無数の輸送船が行き交い、新たな時代の胎動がその光景から伝わってくるようだった。


 眼下に広がる星々の輝きを背に、クロウ・フォン・フライハイト皇帝は、オーダーメイドの革張り椅子に深く身を沈めていた。


 部屋には、彼の覇道を支える最側近たちが集まっている。


 傍らには慈愛に満ちた表情の皇后シャルロット。


 執務机の正面には、国務尚書シズ。


 そして、軍務大臣ヴォルフ。


「……ふぅ。ようやく一息つけたな」


 クロウは、シャルロットが淹れてくれたコーヒーのカップを手に取り、立ち昇る湯気とともにその芳醇な香りを深く吸い込んだ。


 戦場の硝煙とは違う、平和と安らぎの香り。


 それが張り詰めていた神経を優しく解きほぐしていく。


 満足げに口元を緩めると、彼は愛しい伴侶を見上げた。


「お疲れ様です、あなた。無事に帰ってきてくれて、本当に良かった」


 シャルロットが春の日差しのような柔らかな微笑みを浮かべ、クロウの肩にそっと手を置く。


 彼女の温もり、その存在こそが、クロウにとって銀河の全てにも勝る最大の安らぎであり、帰るべき場所だった。


「ああ、ただいまシャルロット。今回は予想以上の大収穫だったぞ。銀河の2割に及ぶ広大な領土、手付かずの豊富な資源地帯……そして何より、約200兆人もの新たな臣民を手に入れた」


 クロウは感慨深げに言った。


 200兆人。


 単なる数字ではない。


 それは国家を支える労働力であり、そして何より「力」そのものだ。


 国家の基盤として、これほど頼もしい数字はない。


「それに、旧帝国正規軍の宇宙艦隊300万隻も、実質タダ同然で手に入れた。我ながら、悪どい商売をしたもんだよ」


 自嘲気味に笑うクロウに対し、シズが手元の端末を操作しながら、涼しい顔で釘を刺す。


「まったくです、マスター。おかげで私が統括する内務省は、てんてこ舞いですよ。200兆人の戸籍登録、社会保障ナンバーの発行処理、資産の再計算……オーディンが焼き切れそうなほどの負荷です」


 彼女は現在、皇帝の秘書業務に加え、国務尚書として行政の全てを取り仕切っている。


 その処理能力は、総旗艦ラグナロクに置かれた戦略統合AI「オーディン」の演算領域と同期して、既にスーパーコンピューターの領域を超えているが、それでも今回の規模は桁外れだった。


「悪いなシズ。お前の能力だけが頼りだ。……それで、登録作業は順調か?」


 クロウが労いの言葉とともに尋ねると、シズは操作していた指を止め、少しだけ表情を曇らせた。


「概ね順調ですが……一つ、不可解な点があります。旧帝国側から接収した住民データと、実在が確認できた人数に、統計的誤差では済まされない乖離が生じています。具体的には、5等民の実数が数兆人ほど足りません」


「数兆人だと?」


 それまで黙って話を聞いていたヴォルフが眉をひそめ、低い声で唸った。


 数人や数百人ではない。


 数兆という単位の人間が、神隠しのように消えているのだ。


「考えすぎじゃねぇのか、シズ。相手はあの腐りきった旧帝国だぞ?奴らにとって5等民なんてのは、人間じゃない。『備品』か『家畜』扱いだ。管理が杜撰すぎて、最初から数字が合っていなかっただけじゃねぇか」


 ヴォルフは呆れたように肩をすくめ、鼻を鳴らした。


 死んだ人間の籍を抜かずに配給を横領する。


 あるいは、最初から架空の登録をして予算を水増しする。


 腐敗した貴族社会ではよくある話だ。


 だが、クロウは違った。


 彼はコーヒーカップを音もなくソーサーに戻すと、鋭い眼光をシズに向けた。


「いや、ヴォルフ。それは少し楽観的すぎる」


「あん?」


「管理が杜撰なのは事実だろうが、数兆という数字は『誤差』の範疇を超えている。それに、ただの管理ミスや自然減なら、消えた人間に法則性はないはずだ。……シズ、消えた数兆人の内訳はどうなっている?年齢層や性別に偏りはあるか?」


 クロウの問いに、シズは一瞬だけ目を見開き、そして満足げに頷いた。


 主人の明晰さが心地よいかのように。


「流石です、マスター。その通り、極めて不自然な偏りが確認されています」


 シズが空中に新たなグラフを投影する。


 そこに示された赤い分布図は、あからさまに一点を指し示していた。


「消滅した5等民のうち、実に9割以上が『10代後半から20代の若い女性』です」


 その報告に、執務室の空気が凍りついた。


 ヴォルフも唸り声を止め、険しい表情でグラフを睨みつける。


「……なんだと?若い女ばかり数兆人だと?」


「ああ。これがただの管理ミスなら、老人も子供も男も、均等に消えていなければおかしい。特定の層だけがごっそり抜け落ちているということは、そこには明確な『作為』があるということだ」


 クロウは冷徹な声で推論を紡ぐ。


「犯罪組織による大規模な人身売買か……いや、それにしては規模が大きすぎる。数兆人を動かせば、必ず痕跡が残るはずだ。それが綺麗さっぱり消えているとなれば、考えられる可能性は一つしかない」


「旧帝国そのものが関与している、ということですか」


 シズの言葉に、クロウは重々しく頷いた。


「おそらくはな。国家権力レベルでの隠蔽工作が行われている。……ただの労働力としてか、あるいはもっと別の『何か』のために消費されたか」


 クロウの脳裏に、不穏な予感が過ぎる。


 腐敗した貴族の道楽にしては数が多すぎる。


 何か、もっと実利的で、かつおぞましい目的がある気がしてならなかった。


「シズ、すぐにクロエへ指令を出せ」


 クロウは即断した。


「クロエ率いる諜報部隊を動かせ。消えた5等民の行方、不審な物資の輸送記録……徹底的に洗わせるんだ」


「御意。直ちに指令を出します。この件を聞けば彼女も目の色を変えるでしょう」


 シズが手元の端末を操作し、暗号通信の回線を開く。


「若い女ばかりを狙った大規模な消失事件……。吐き気がするような話だが、放っては置けん。真相を暴き出し、関わった奴らは一人残らず地獄へ送ってやる」


 クロウは拳を握りしめ、窓の外、遠く離れた旧帝都の方角を睨み据えた。


 彼の「勘」は正しかった。


 だが、この時クロウが想定していた「人身売買」や「労働力」という推測すら、生温いものだった。


 消えた数兆人の女性たち。


 彼女たちは、アーデルハイトの狂気によって『苗床』として消費され、人としての尊厳も形も奪われた末に、永遠の闇へと葬られていたのだから。


「さて、人口の話はこれくらいにして、本題の軍事面の話に移ろうか」


 クロウはカップを置き、気持ちを切り替えてヴォルフに向き直った。


 その瞳に、統治者としての鋭い光が宿る。


「今回、緩衝地帯の貴族たちは『新帝国への忠誠』を誓った。だが、俺は彼らに独自の軍事力を持たせるつもりはない。軍事は国家の専権事項であり、皇帝である俺が全てを担う。よって、彼らが保有している艦隊は全て接収する」


「御意」


 ヴォルフが短く応え、身を乗り出して今回の戦果である艦隊の内訳を説明し始めた。


「陛下も知っていると思うが、今回は、あの懲罰戦争の時とは比べものにならない位の大漁だ」


「聞かせてもらおうか。ヴォルフ、手に入れた艦隊の正確な内訳はどうなっている?」


 ヴォルフは指を折りながら数え上げる。


「まず、今回の『賠償』として分捕った旧帝国軍の300万隻。これは問題ない。整備状態も良く、すぐにでも実戦投入できる状態だ」


「次に、緩衝地帯連合軍が実際に稼働させていた100万隻。これは貴族どもの共食い整備でボロボロだが、フレームは生きている。まだ使える方だ」


「そして、滅ぼした旧ルードヴィヒ公爵領で回収した不動艦隊50万隻だが……こいつらも意外と悪くない。整備不足で放置されていたが、主要部品は残っている。燃料を入れて人員を配置すれば、飛ぶだけなら問題ないレベルだ」


「へぇ、あの馬鹿公爵にしちゃ上出来だな」


 クロウが感心したように鼻を鳴らす。


「だが陛下。一番の問題は、緩衝地帯の連中がドックの奥に溜め込んでいた『部品取り用』の不動艦隊だ。ドンガラがおよそ200万隻もある」


 既存の戦力と合わせれば、銀河の歴史を塗り替えるに足る、圧倒的な暴力装置となる。


 旧帝国の皇族連中が何を企んでいるか分からない以上、軍拡を止めるつもりはない。


「これらを全てドックに入れ、まともに使える様に再整備を行う。シズ、見積もりを算出しろ」


 シズが空中にホログラムの設計図を投影した。


 無数の艦艇データが光の粒子となって室内を満たす。


「最低1年は掛かります。現状では、各艦の製造年代もメーカーもバラバラで、整備性が著しく悪い状態です。そこで提案があります。外装とフレームだけ流用して、中身のジェネレーター、推進器、火器管制システム、流体金属装甲など、全て現在運用中の無人艦隊と同様の『統一規格品』に換装することを推奨します」


「なるほど。部品の共通化を進めれば、整備性も向上する。素晴らしい提案だ」


「はい。再整備が完了すれば、新帝国は無人艦隊1000万隻、ローゼンバーグ貴族連合艦隊60万隻、旧帝国主力艦隊300万隻、緩衝地帯艦隊300万隻、ルードヴィヒ艦隊50万隻で、合計で1710万隻の艦艇を有する超国家になります」


「よし、それでいこう。……旧帝国の鉄屑どもを、最新鋭の牙に研ぎ直してやる」


 方針が決まり、場の空気が一段落したその時だった。


 ヴォルフがふと、当然のことを確認するかのように口を開いた。


「へっ、1700万隻オーバーか。途方もねぇ数だな。……で、陛下。今回手に入れた650万隻の『頭脳』はどうする?既存の1000万隻と同じく、無人艦隊にする計画でいいんだよな?」


 ヴォルフの言葉に、シズも当然そうなるものだと予測している。


 無人艦隊こそが、クロウ率いる新帝国の強さの象徴であり、圧倒的な効率を誇る最大の武器だからだ。


 だが――。


「いや」


 クロウは短く、しかし明確に否定した。


「今回の650万隻は、有人艦隊にする」


「……じゃあ一体誰を乗せるんだ?旧帝国の緩衝地帯の貴族軍をそのまま使うのか?……正直に言うが、あんな連中は信用できねぇぞ」


 ヴォルフが嫌悪感を隠そうともせずに吐き捨てた。


 負け犬根性と特権意識にまみれた旧貴族軍など、足手まといにしかならない。


「安心しろ、ヴォルフ。人員の当てなら既にある」


 クロウは不敵に笑い、指を1本立てた。


「まず、旧帝国軍からの賠償艦300万隻。あれには、『乗組員』もセットで付いてきたのを覚えているか?」


「あの5等民達か...」


「そうだ。彼らは現場で艦を動かしていたプロフェッショナルだ。その数、およそ600億人。彼らをそのまま再雇用する」


「……600億。まあ、数は多いが、650万隻を有人で動かすには桁が一つ全然足りないな」


 ヴォルフの指摘に、クロウは2本目の指を立てた。


「そこでだ。要塞惑星『アイリス』を覚えているな?」


「ああ」


「アイリスに収容している旧5等民の兵士たち。彼らの『練兵』が、ちょうど完了したとの報告がクロエから入っている。その数、3000億人だ」


「3000億……!?」


 ヴォルフが目を見開く。


「そうだ。旧帝国の賠償艦クルー600億と、アイリスで鍛え上げた3000億。……合わせて3600億人」


 シズが即座に計算を弾き出した。


「計算結果が出ました。650万隻の艦艇を運用するための必要人員に対し、充足率はちょうど100%となります」


「完璧だろ?」


 クロウはニヤリと笑った。


「奴ら貴族は、所詮は『守るべき既得権益』のために戦っているに過ぎない。だから形勢が悪くなればすぐに逃げる」


 クロウは冷ややかな目で虚空を睨んだ。


「だが、彼らは違う。旧帝国で奪われた尊厳を取り戻すために戦う、ハングリーな狼たちだ。……俺の軍には、そういう連中こそが相応しい」


 そして、クロウは椅子から立ち上がると、ヴォルフの目の前まで歩み寄り、その肩を力強く掴んだ。


「それにだ、ヴォルフ。これが一番の理由だ」


 真剣な眼差しが、ヴォルフを射抜く。


「俺は、お前を帝国元帥にしたんだ。そんな男に、いつまでも無機質な機械遊びをさせるつもりはない」


「陛下……」


「将軍ってのは、血の通った兵士を率いて、その命を背負って立つからこそ輝くんだ。彼ら3600億人の命と、650万隻の有人艦隊……この全権を、お前に預ける」


 クロウの言葉に、ヴォルフは目を見開き、やがて震えるように口角を吊り上げた。


 それは歓喜の震えだった。


 ただの駒ではなく、心を持つ部下たち。


 それを率いて戦うことの意味を、武人である彼が理解できないはずがない。


「……最高だ。最高じゃねぇか、陛下ッ!」


 ヴォルフは感極まったように叫んだ。


「了解だ。……650万隻の大艦隊を、地獄を見てきた奴らが動かすか。へへッ、想像するだけで血が滾ってきやがる。俺の号令で、あのハングリーな連中が敵を喰い破る……たまらねぇな」


 ヴォルフの顔には、猛獣のような獰猛さと、主君への絶対的な信頼が浮かんでいた。


「陛下、一つ提案がある」


 ヴォルフは少し表情を引き締め、言葉を継いだ。


「この合計1710万隻の大艦隊のうち、10万隻ほど俺に割かせてくれねぇか?」


「ほう? 10万隻を何に使う気だ?」


 クロウが興味深げに尋ねると、ヴォルフはニヤリと笑った。


「前に新帝国軍の士官学校を立ち上げただろ?将来の指揮官を育てるための学び舎だ。だが、机上の空論だけじゃ本物は育たねぇ。あそこのひよっこ共を宇宙で直に鍛え上げるための、『練習艦隊』として再編したいんだ」


 クロウは納得したように深く頷いた。


「なるほどな。ただ艦を動かすだけの人員ならいくらでも補充が効くが、有人の大艦隊を率いる優秀な士官は一朝一夕には育たない。現場での経験は何よりの教材というわけか」


「実践に近い環境で揉まれてこそ、兵たちの命を預かる覚悟も育つ。俺もそうやってここまで来たからな」


「いいだろう、ヴォルフ。10万隻の練習艦隊、許可する。士官学校の学生たちを、帝国を背負って立つ立派な将校に鍛え上げてくれ」


「期待しててくれ、泣く子も黙るような精鋭に育て上げてみせる!」


 ヴォルフが胸を張って答えるのを見て、クロウは満足げに微笑み、シズに向き直った。


「シズ。人員の配置と、練習艦隊の再編予算、それに彼らの家族への生活保障の手配を頼む。……給料は弾んでやれよ?命を懸けるんだからな」


「承知しました、マスター。彼らの生活環境の整備も含め、全力を挙げてサポートします」


 こうして、新たな艦隊650万隻の有人艦隊、そして未来を担う10万隻の練習艦隊の計画が動き出した。


 それは単なる数の暴力ではない。


 強固な意志と、統一された規格、そして「生きるための執念」によって運用される、真の「帝国軍」の誕生であった。


 窓の外、煌めく星々を見上げながら、クロウは静かに呟いた。


「……準備は着々と整いつつある。だが、アーデルハイト。お前もただで引き下がるとは思えん」


 彼の脳裏には、不気味な沈黙を保つ旧帝国の影がよぎっていた。


 数兆人の消えた5等民。


 その意味をクロウが知るのは、もう少し先のことになる。


「かかってこいよ。……全部まとめて、喰らい尽くしてやるからな」


 ガラスに映り込んだ魔王の笑みは、星々の輝きさえも飲み込むほどに深く、不敵なものだった。

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