041:期待の眼差し
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まあそう上手くいくはずもなく、ソウタとシラユキの体は入れ替わらなかった。
ソウタの胸に飛びついていたリリーシェは、ゆっくりとその顔をあげ、今にもソウタと目を合わそうとしている。
くそっ! どうしてこういうときは都合よく物事が起こらないんだ!
ソウタはもうどうする事も出来なかった。体が入れ替わらない以上は、僕の中にいるシラユキがリリーシェと目を合わせても、何も起こらないという、たった一つの望みにかけるしかなかった。
頼む!
そう思っていると、ソウタがリリーシェのフードを手で抑え、深く被せた。そして体を正面に向き直させ、両脇に手を持っていき、そのまま腕を伸ばし空高くリリーシェを持ち上げた。
いきなりの出来事に、リリーシェも一瞬だけ固まった。
その後も、何が起こったのか分からない様子だったが、しばらくして足をバタバタさせた。
「ソウタ、何をしている? 降ろせ。いったい何の真似だ?」
「ははは~。高い高~い!」
この行動をみて、シラユキは小さく握りこぶしを作った。それと同時に安心感がどっと襲ってきていた。
ナイス、シラユキ!
ソウタにはこの行動の意味が理解できていた。
ソウタはリリーシェと目を合わせないように、とっさの判断でリリーシェをあんな風に持ち上げたのだろう。そのおかげでリリーシェを傷つけない方法で危機を脱する事が出来た。
僕も同じ状況になったら、シラユキと同じ行動をとっただろうな。
なにはともあれ、シラユキ。本当にナイス!
ソウタは一時の安心感に浸ることが出来た。
だが、本当に問題なのはここから。
ソウタがリリーシェと目を合わせない。という危機を逃れる事が出来たが、ここからどうやって事態を解決に導いていくのかが、唯一の不安要素だ。
確かにシラユキは今まで、自分のキャラクターを守るために、嘘で自分自身をコーティングしてきてはずだ。もちろん、その人生の中で嘘のメッキが剝がれそうな場面に出くわしたかもしれない。
だが、現に今もこうやってシラユキは(表面上)強くてクールな存在だという事が浸透しきっている以上、数々のこういう修羅場をかいくぐって誤魔化してきたからだと思う。
初めてシラユキに会った時だって、お互い驚きのあまり素っ頓狂な声を出してしまったときは、『魔石には声を保存して出力する性質がある』という説得力のある嘘でソウタを納得させた。今思うとそれが本当であればこんな事にはなっていなかったのにと思いもしたが、そういう咄嗟に説得力のある嘘がつければ問題ないのだ。
しかし、今のシラユキはソウタと体が入れ替わっているのもあって、嘘で塗り固めた自分を守るために必死に嘘を考えなくても良い状況になっている。
ソウタは不安になった。
この状況でリリーシェを高い高いしている意味を、筋の通った嘘でここにいる皆を納得させられるのかという事に。そしてリリーシェがその行動の意味を納得するのかという事も。
シラユキは強い眼差しでソウタを見た。
ソウタも同じタイミングでシラユキの方に視線を送っており、シラユキの気持ちに応えるべく、深く深呼吸をしたあと、口を開いた。




