040:問い詰め
ソウタがシラユキの威厳を守るために、とっさに考えた言い訳は完ぺきだった。
……と、本人はそう思っている。
だが実際問題、完璧ではなく穴があったから場の空気が凍り付いている。
特にソウタの周りはより一層、凍り付いていた。
先日、ソウタはシラユキに教えられた。
魔石には人の声を保存できる性質があると。
その知識を生かしてとっさに思いついた言い訳だった。
そう、あの短時間で体が入れ替わった事にも動じることなく、瞬間的に考えた言い訳なのだが、どういうわけなのか、キメ顔でシラユキに見つめられているソウタの顔色が真っ青になっていっている。
理由は明確であった。
なぜならあの時あの場所で、シラユキがソウタに教えた知識というのは、シラユキが今のソウタのように、瞬時に思いついた言い訳だからだ。
なのでもちろん、魔石には人の声を保存する性質など存在しない。
そんな事を知るよしもないソウタは、余裕の表情。
裏事情をしるシラユキは焦りの表情。
お互い、真逆の表情を浮かべていた。
シラユキ、どうしてあんなにも顔に余裕がないんだろう? シラユキの泣き叫んだ声や、シラユキの姿を見たという人たちを一瞬で納得させる言い訳だったのに。
ソウタは何がいけなかったんだと、必死に頭を悩ませている。
「シラユキさん。一体なにを言っているんですか? 魔石には声を魔力に変換して出力する性質は備わっていませんが?」
偉そうな冒険者が、自信ありげにそう告げる。
何かとシラユキに突っかかってくる彼は、不敵な笑みを浮かべた。
彼が放ったその言葉を聞いて、ソウタはシラユキから目線を外し、明後日の方向を向いた。「は、ははは」と小さく笑った声が聞こえてくる。
そして先ほどまで浮かべていたシラユキの余裕の表情も一瞬にして豹変し、その顔は動揺を隠してはいるものの、眉がピクピクと絶え間なく動いている。
なるほどなるほど。全て理解した。
要はあの時、シラユキから『魔石に声を保存して出力できるのは一般常識だ』と教えられたが、あれは今の僕みたいに咄嗟に考え付いた言い訳だったという事だな。
ははは~。言い訳していいわけ~?
……って、んなわけあるか!
こちとら非常事態も非常事態だ!
疑問を抱いている人たちを一瞬で納得させる展開だったのに何という事だ。
魔石を使った言い訳が出来ないとなると、僕はもう何も出来やしないぞ!
ソウタは内心、滅茶苦茶に焦っているが、焦っているのを悟られないように、さっきからシラユキに突っかかってくる冒険者の方に顔を向けなおし、ジッと睨みつけた。
少しだけでも威圧をかけ、相手が動揺している隙に、なんとかこの場を打開できる案を考えるつもりなのだが、これでいけると思っていた策が通用しなくなってしまったからか、先ほどまでぐるんぐるんと回っていた頭の回転も、錆がついたかのように全然回らなくなってしまった。
まずいな。本当にどうしよう。
ソウタと偉そうな冒険者は、お互いに顔を睨みあっていたが、先に向こうの方から動き出した。
「シラユキさん。僕を睨んでも何も始まりません。とにかく今はあなたの口から事実を証明してほしいのですよ。あなたが泣き叫んでいたという事実をね。最も、そんな苦しい言い訳をしている時点であなたが嘘をついているのは確定していることですが」
かけている眼鏡をクイっと持ち上げ、シラユキに向かって強気に言った。
んだよ、こいつ。偉ぶりやがって。
ソウタは少しだけカチンと来ていた。
今に見ていろよ。お前をあっと言わせるようなカウンターパンチをお見舞いしてやる。そしてシラユキの威厳を保って見せる!
そう思うと、錆がついたかのように落ちていた頭の回転速度が、不思議と一気に上昇した。すると自然と口が動く。
……動くが、やはりどこが表情は不安の色を見せている。
自信のあった言い訳が通用しなかったのが相当効いてしまったからだ。
「おいお前。さっきから黙って聞いていればずいぶんと偉そうだな。魔石には声を魔力に変換して出力する性質がない? まあ、お前の知識の中ではそうかもしれないが、現に私がその性質を利用している以上、言い訳も何も私は事実を語っている他ない」
シラユキは続ける。
「偉そうに語っていたかもしれないが、私はお前以上に物事を知っている。残念だが私はお前たちよりも一歩も二歩も上の世界にいる存在だ。故に私に知識でマウントを取ろうとする行為は愚か者がする事だ。肝に銘じておくんだな」
腕を組みながら、淡々とクールな声でそう告げる。
だが、その口調はまるでフランシスカだった。
……やべ。
ついカッとなっちゃって、さっきまでフランシスカと言い争いをしていたときに演じた傲慢キャラが出てきてしまった。一応まだシラユキだと言えばシラユキだと思えるかもしれないけど……。
「なるほど、そうきましたか……。まあその件は後で追及するとして」
もちろん、この発言に食いつくように反応した者がいた。
「……先ほどから思ってはいたのですが、らしくないですねぇシラユキさん。あなたは普段は口数が少ない方ですよね? なのに今はどうでしょうか? 普段の姿からは想像も出来ないほどに口数が多くなっていますが、これはどういう事なんですか? 焦りの表れではないのですかぁ!? そうですよねぇ、皆さん!」
同調を得るように、周りの冒険者たちに語り掛ける。
うるせぇ! 確かに焦っているよ!
ソウタは言われるがままに言われてしまった。
今にも喉から言い返すための言葉が出かけていたが、ぐっと歯を食いしばって堪えている。
言い返してしまうと、何かの拍子で自分の墓穴を掘る可能性があるからだ。
シラユキもシラユキで、なんとかシラユキのキャラをブレさせないようにしていたつもりだった。だが、状況が状況だったから口数を多くしてでも説明をしなければ、ここにいる数名の冒険者を納得させられないと踏んだ上での行動だった。
だから決して焦ってはいないのだが、口数が多くなってしまい、結果的に焦っているように見せてしまったのは失敗だった。
くそー! 人の苦労も知らずに好き放題言いやがってこの野郎!
シラユキの怒りのボルテージが上がっていく。
それにこいつ、汚い。
周りから同調を求めようとしている。
こいつの発言に周りが乗せられてしまったら、もう収集が付かなくなる。
ザッと数えただけでも、10人前後くらいの人が集まっている中で、シラユキの素の姿を見てしまったと思われてしまえば、あっという間にその噂は広がってしまう。
「なぜ僕の質問に答えられないのですか? 黙っているということは、これはつまり『その通りだ』という意味でとらえてもいいという事ですね?」
「くっ……」
焦るシラユキとは対照的に、偉そうな冒険者は不敵な笑みを浮かび続ける。
「まあ答えを待っていても仕方がないので、次の質問をさせて頂きます」
シラユキの答えを聞かないまま、問い詰めが加速していく。
「お聞きしますがシラユキさん。私たちよりも一歩も二歩も上の世界に居るというシラユキさんなら、今この場所で実体のような幻影を作り出す、イリュージョンという魔法を使うことは可能ですよね?」
「……」
シラユキの口は動かない。
「おや? どうしたんですかシラユキさん。まさか使えないとでも言うつもりですか? ……いいや、僕としたことが失礼しました。存在すらしない魔法を使えと言っても無理な話でしたね」
偉そうな冒険者は、顔に笑いを含みながら追い打ちをかけるように畳み掛ける。
「シラユキさぁん。あなた先ほどイリュージョンという魔法は智慧系統の魔法と言っていましたが、いくら智慧系統とは言えど、あれは魔法で作り出せるような幻影ではありませんでした。まるで実体そのもの。仮に本当にそんな魔法が使えるとするならば、それは智慧の大聖女様レベルです」
この男、全然引く気配がない。
シラユキを前にしても怯むことなく、むしろどんどんおかしい点を指摘するために、グイグイと前に前にと攻め込んでいる。
「……まあ、あなたのような実力がある人ならば、もしかしたら使えるかもしれませんが、大聖女様おろか、聖女様レベルでさえも、あのように完全な実体の幻影を生み出すことは至難の業でしょう」
男はとどめと言わんばかりに、指をシラユキに突きつけた。
「それをただ実力があるという事だけで使えると言い張るのも苦しいと思いますが、まだ言い訳を続けるおつもりですか? イリュージョンという魔法も、あなたが先ほどの騒ぎの件を誤魔化すために咄嗟に思いついた魔法なのでしょう? ねえ、シラユキさん?」
少し興奮気味だ。
何が彼をそこまでして動かしているのだろうか?
「おい、よせエルヴァー。いくらなんでもシラユキさんに対して失礼じゃないのか?」
先ほどから偉そうにしている冒険者の名前はエルヴァーというらしい。
ソウタの部屋に駆けつけてきた数名の冒険者の中に、彼の失礼極まりない態度を指摘するものがその名を口にした。
「ふん。失礼だって? Sランクか何だか知らないですが、たったひとつランクが違うだけではないですか。ランク至上主義だか何だか知りませんが、くそくらえですねぇ。僕はただこの絶好のチャンスに……。おっと」
何かを言いかけていたが、慌てて口を閉じた。
「そういえば……」
そう呟きながら、エルヴァーはソウタの方に顔を向けた。
「あなたは確か、闘技試験でリリーシェに勝ってAランクに上がったと騒がれているソウタさんですよね?」
不意に話題を振られ、ソウタの肩がビクンと震えた。
そしていつもの癖で腕を組んだ。
「そ、そうだー。わた……。お、おれがソウタだ」
シラユキ……、どうしてこうも演技が下手なんだ!
あまりの下手っぷりに、事情を知っているソウタだけが吹き出しそうになってしまったが、この場で笑ってしまっては何かと不審がられてしまう。笑いを堪えてはいるが、笑ってはいけない状況というのは、不思議と笑いを堪えるのが一段とキツくなるのはどうしてだろうか?
「何かと信じがたい話ですねぇ。私はシラユキさんに最も近づくために、あのフランシスカと同等の強さを誇るリリーシェと闘い、圧倒してAランクの冒険者になったのですが、どうにもあなたからは全くと言い程、マナが感じられない」
エルヴァーはソウタの周りをグルグル回りながら、ぶつぶつと呟いている。
「あなたはリリーシェさんととても仲が良さそうで? 普段は誰ともなれ合わないあの人が特定の誰かと仲が良いとなると、それはもう八百長を疑ってしまいます。どうせあなたはシラユキさんに良い顔しようとリリーシェに頼み込んでAランクにさせてもらったのでしょう? 僕にはその魂胆が丸見えなので笑えて来ますよぉ!」
「え、ええと。あの~……」
相変わらずシラユキの演技は下手だった。というよりもかなり緊張してしまっているのか、オロオロしてしまっている。
そんなシラユキを横目に、ソウタの怒りは頂点に達する寸前だった。
こいつ、さっきから本当に好き勝手言いやがって!
さすがにもうトサカに来てしまった。
僕とリリーシェが仲良くなったのも、本気で殺し合いという戦闘を超えたうえでつかみ取った信頼関係なんだ。それを八百長だのなんだの言われるがままにされてしまっては、とてもじゃないが許せない。
今にでも僕の力を証明して、リリーシェに勝った力は本物なんだと証明したいけど、僕は今なぜかシラユキになってしまっているから、それが出来ない。
もどかしい。何とかしてこの気持ちを払拭したい。
ソウタが外に出せないイラだちを抑えているところに、一つの足音が聞こえてきた。
「横柄。エルヴァー、調子に乗るな。お前は私がAランクにさせてあげたんだ」
「なっ!? リ、リリーシェ!?」
エルヴァーが思いもよらない客人の登場に、黒目が小さくなるほど酷く驚いた。
ソウタの部屋に近づいていた足音はリリーシェだった。それにしてもAランクにさせてあげたっていうのはどういう事なのだろうか?
リリーシェは部屋に集まっている冒険者の頭を足場にしながら、ぴょんぴょんと飛び、ソウタに飛びついていった。
ま、まずい!
リリーシェの乱入はさすがに予想外だったけど、それよりも僕の体に入り込んでいるシラユキがリリーシェの目を見ていいのかどうかが分からない!
僕は平気だったらしいけど、僕の体の中にいるシラユキはどうなる?
くそっ! 考えている暇はない!
こうなりゃやけだ!
えいいままよ! こんな方法でいけるかは分からないけど、やるっきゃねえ!
「チェンジ」と小声でシラユキが呟いた。
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