039:名演技
「黙れ。お前たち、さっきから勝手に話を進めすぎだ」
シラユキは足を肩幅より小さく開き、体を若干斜めに向け、顔をくいっと上げながら首を横に小さく向けた。左腰に掛けてある剣の柄に軽く手を置き、その後に周りの冒険者たちを鋭い目で睨めつけながら言った。
「何か勘違いしているみたいだが、私とこいつは別に特別な関係とかではない。この男に手と体が密着していたのは、お前たちがいきなり入ってきたせいだ。人の波に飲まれた勢いで繋いでしまったようなものだから、言うなれば事故みたいなものだな」
「ですが、あの密着具合と良い、手の繋ぎ方と良い、事故であの状態になった。では済まされないレベルでした。加えて、僕にその事を指摘されたら露骨に距離を取っていましたし……。やはりシラユキさんはこの男が好……」
そこまで言いかけていた偉そうな男を制止するように、シラユキは腰に掛けてあった剣を抜き取り、男に刃先を向けた。
だ、駄目だ!
これ以上言われると、皆のシラユキに対するイメージが崩れてしまう!
男とイチャイチャしているなんてイメージを持たせるわけにはいかない。
アーニャさんには僕のミスでばれてしまったけど、不特定多数の人たちに知れ渡る可能性があるとなると話は別だ。それに、シラユキには僕の前だけでその本性を見せてほしい。僕のわがままだけど、特定の人にしか見せないデレって最高だよな!
だから何としてでもその先の言葉を言わせるわけにはいかない。
シラユキは、目を鋭くさせ、ぺちゃくちゃと喋る男をぎっと睨めつけた。
目でも刃でも人が殺せそうだ。
「うっ……」
あまりの迫力に偉そうな男は一歩後ろに下がる。
ふぅ、なんとかあの口を閉じさせることに成功したみたいだ。
しかしシラユキってだけでこうも人をコントロール出来るだなんて、やっぱり凄いな。
ソウタはシラユキの仕草、声のトーン、そして喋り方を完璧なまでに演じている。それはまさしくシラユキ本人そのものだ。誰がどう見てもこれはシラユキだと言い切れるほどのレベルだ。
その証拠に、中身がソウタのシラユキに、誰も違和感を感じている様子がない。
みな、シラユキの方をじっと見て、静かに言葉に耳を貸している。
ソウタはというと……。これまた見事に綺麗に美しく、呆気に取られたような顔をしていた。自分を完璧に演じ切っているソウタを見て大変驚いている様子。
なんだか私より私を知っているみたい。という心の声が聞こえてきそうだ。
「要するにお前たちの早とちりだったというわけだ。分かったか?」
シラユキはそう言い切ると、腕を組み目をつぶった。
やってやったぜ! これは誰がどう見てもシラユキだと信じるレベルだ。
製作者の本気だこの野郎! 中身が入れ替わっていようが何だろうが、シラユキの事を誰よりも近くで見てきた僕に、知らぬことなどない!
それに何だろう。
キャラになりきるロールプレイも中々に良いじゃないか。
当の本人も結構ノリノリになっていた。
……ちょっと待て。まだ肝心な部分の説明をしていなかった。
何かを思い出したかのように、シラユキは組んでいた腕を解き、自分の体を触りだした。何かを探しているように見える。
僕とシラユキが何やら恋人関係なのでは? という疑問は払拭する事が出来たけど、シラユキが泣き叫びながら廊下を走っていたという事実を、まだなかった事には出来ていない。
だから、この事実をなかった事にするためには、あれが必要だ。
シラユキはまず、太ももにぴっちりと張り付いているショートパンツの、お尻の方にあるポケットに手を忍ばせる。
……ない。
なら次はどこだろう?
次にシラユキはショートパンツの隙間を除くように、少しだけズボンを引っ張った。
純白である。
白である。穢れのない白である。
汚れ一つない真っ白な生地。
それはまさしく、パンツであった。
紛れもない、パンツであった。
……僕、今とんでもない事をしているんじゃないか?
だが今は非常事態。シラユキの威厳を保つためにも必要な行為だ。
パンツを見る事ではなくてね。
やはりここにも、ソウタが探しているものはなかった。
ここでシラユキは、一応念のためにソウタの方へ視線を向けた。
あれ? なんだか思っていた反応と違うな。
ソウタの顔は、なんだか少しだけ嬉しそうだった。
僕の予想だと、勝手にパンツを見たことを怒っているかと思ったんだけど。まあいいや、怒られないに越したことはない。次の場所を探そう。全く、いったいどこに隠しているんだろう。
「シラユキさん? さっきから体をあちこち触って、何をしているのですか?」
先ほどの偉そうな冒険者が、不思議な行動をしているシラユキに質問してきた。
「話しかけるな。私は今、探し物をしているんだ」
「なるほど。探し物をしているのですね、納得しました。ではそのまま探している状態で構わないので、シラユキさんが泣き叫んでいた理由についてお聞きしても?」
「だからその説明をするために、探しているものがある」
なんなんだこいつ、さっきから。
何かと突っかかってきて、いちいち面倒くさい。
しかし、本当にどこにあるんだ?
ソウタが探しているものは魔石だった。
ソウタはシラユキから言われたあることを思い出して、魔石を探しているが全くと言っていいほど見つからない。これがなければ説明が出来ないというのに、何たる不運。
そんなシラユキを見ていたソウタが、あることに気が付いたかのように、シラユキと同じく、何やら服の中などに手を入れてゴソゴソし始めた。
そして……。
「さ、さがしているものはこれかー?」
ソウタがソウタの服から取り出したのは、あの魔石だった。
エルドリックのテストのときに、シラユキがソウタに渡した防御魔法が封じ込められていたあの魔石だった。シラユキはそれを見て、思わず安心した。
これでひとまず魔石は確保できた。
だが、一つだけ気になる点があるとすれば……。
シラユキの演技だな。
棒読みである。
シラユキを完璧に演じ切っているソウタとは対照的に、シラユキが演じるソウタは下手だった。普段からキャラを演じ分けている名役者シラユキの大根役者っぷりには、シラユキも笑いを堪えることが出来なかった。
へ、下手すぎる!
シラユキ、流石にそれは下手すぎるよ!
何という棒読み加減なんだ!
でも、ナイスアシストだ、シラユキ。
シラユキは、ソウタから魔石を受け取った。
そして口を開いた。
「いいか? 私が泣き叫んで廊下を走っていたのは私自身ではない。皆が見たというのは、私の智慧系統の魔法イリュージョンで作り出した幻影だ。声を魔力に変換して出力するという魔石の特性を利用し、魔石を幻影に持たせてから廊下を走らせた。いわばお遊びのような悪戯だ」
続けてシラユキは説明する。
「ちなみに魔石から出力された声は、そこにいるソウタの間抜けな声だ。私がこいつに昨日会ったときに、私に驚きすぎて泣き叫んだ声があまりにも面白かったから、この魔石に声を保存したんだ。だからちょっとした遊び心でやったつもりが、何やら大事になってしまったようだからすまないと思っている。悪かったな、お騒がせしてしまって」
よし、これでシラユキが泣き叫んでいた事実をなかったことにできる。
実は少し茶目っ気もあるんだとアピールも出来た。まあ、こうでもしないとこの説明が出来ないから仕方のない事だけど。
どうだシラユキ。完璧な誤魔化し方だっただろ! と言わんばかりに、目線でソウタに訴えかけたが、なぜかソウタの顔は青白くなっていた。




