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これだから恋はできない 3

 

「……今日はなんだかいつもの君らしくなかったけど、何かあった?」

「な、なんにもないわ」

「そうは見えなかったけどなあ」


 シャドウを退治し終え、談笑しているとノエルに不意にそう尋ねられた。私はバレてしまうことを恐れてなんとか取り繕う。

 ノエルのいう通り、私は今日いつもより手際が悪かった。連携がうまく取れなかったり、もたついたり。普段ならありえないミスを連発したのだ。


 それもこれも、戦っている最中ノエルが気になって仕方なかったからに他ならない。見るたび抱き上げられた感覚がよぎって集中が削がれてしまう。

 まるで、かつての恋の感覚に近いそれを私は必死に否定しようとしていた。


「……今日は騎士団に見学に来ていたの?」

「正体は探らないんじゃなかったの」

「だってあそこには女性客がたくさんいただろ? エレナだってその1人かなって思うのは自然じゃないかな」


 それだとしても数百人に絞り込まれてしまう、と私は頭を捻った。考えているのを見かねてなのかノエルが「僕はあの場所にいたよ」と先手を打ってきた。


「あなたは騎士団員なの?」

「ふふ、僕の正体が気になってきた?」


 僕はいつだって明かしてもいいんだけどね。ノエルはそう言って笑う。冗談めかして言っているけれど、彼の変身の源である盾の形のブローチを見せてくるあたりが本気だと言っているように思える。


「まあ、あなたは騎士だものね。別に驚かないわ」

「じゃあ君も聖女のように可憐なんだろうね。で、騎士団で何を?」

「何って……まあ試合を見にきたのよ」

「ああ、あのノア王子様の?」


 心臓が飛び跳ねた。ピンポイントで図星をつかれ、思わずなんで、と漏らす。これではそうです、と言っているようなものだ。

 へえ、と呟くノエルはなんだか上機嫌で、私は少しむっとして軽口をたたく。


「ああ、ノエルはノア王子のファンだとか?」

「……やだなあ。僕に男色の趣味はないよ。君一筋さ」

「どうしてそんなに恥ずかしげもなく言えるんだか……」


 流れるように愛の告白からの、手の甲にキスまでの一連の作業を済ませるノエルには驚かされる。あれから何にも遠慮しなくなったノエルには少々手を焼いている。

 加えて、今これをやられるとまずい。

 私はノエルに虚をつかれないよう「あら、ありがとう」という言葉だけで場を収める。


「じゃあ、また会いましょうね」


 困ったら逃げるに限る。これ以上一緒にいたらこの胸の高鳴りを騎士団の試合で昂ったものだと言い訳できなくなってしまうから。

 ノエルはさっと片手を上げて私が宙に舞い上がるのを見送ってくれていた。




 ***




 元の姿で出口へ向かって歩いていると、向こう側から誰かがすごい速さで近づいてくるのが見えた。

 先ほど襲われかけたせいか、警戒心のある私は慌てて踵を返す。しかし聞き馴染みのある「待って」という声で足を止めた。

 振り返れば、まだ制服に身を包んだままのノアが息を荒くして立っていて。


「エラ、大丈夫だった? まさか君が来ているとは思わなくて」


 聞けば試合会場に来ているという話を聞いて、私を探してくれていたらしい。それにナチュラルに砕けた口調で話す、というのを遂行するのも忘れていない。


「シャドウなら聖女様と騎士様が倒してくれたから、私は大丈夫」

「それじゃなくて。ああ、それもなんだけど! 騎士団員に襲われていたってその、聞いたから」

「え、騎士様に?」


 ノアは大きく頷く。あのわずかな時間でノアにどう伝えたのか気になるところではあるけれど。


「騎士が来る前、どこか触られたりしなかった?」

「手首を掴まれたくらい……?」


 胸も触られそうにはなったけど、と軽く伝えるとノアはぎょっと目を見開いた。それからすぐ「そいつらは後で罰しておかないと」とにこやかに笑った。絶対穏やかな罰じゃなさそうだ。


「ほどほどにしてあげてくださいね……」

「いいや。相当の処分はするよ。というか、このまま王宮へ行くよ」

「ええっ」


 強く手首を掴まれ、私はそのまま王宮へ向かう馬車へ連行されることとなった。





「あの、お風呂までいただいちゃって……ごめんなさい」


 結局、私は王宮でお風呂に入らされた。ドレスが汚れていたり、転んだ拍子に結構怪我ができていたからなのだけど(怪我はシャドウと戦った時のものもある)……手厚く手入れされたお陰でほくほく気分である。


 まだ火照った体のまま、ノアのところへ向かうとノアは凄まじい勢いで目を逸らした。たしかに私は胸も大きい方ではないが、そんな目も当てられないほど酷いのだろうか。


「い、いいんだ。それよりもダメだよ、そんな姿で出てきては」

「でもすぐに帰るから……」

「今日は泊まって行っていいと許可が出てるよ」


 ノアによれば、すでに我が家には連絡済みとのことで『襲われたならノア様のお側にいた方がいいわ』という母の能天気な発言によりそうなったらしい。

 ドレスもなから綺麗になっていることだし、体が冷える前に帰ろうと思っていた私にとっては急な話である。


「……まあそれは置いておいて。今日は僕のことを見に来てくれたんだってね?」

「え、それ誰から……」

「もちろんケイトだけど」


 あっという間に筒抜けにしてくれたな……とケイトを恨んでいると、あんなに目を背けていたはずのノアが私を見つめていた。


「どうだった? 僕の戦ってる姿は」

「どうって……」


 ごにょごにょと渋ってはみるものの、話題を逸らさせてくれる雰囲気ではなくて私はついに折れる。


「かっこよかった……です」

「……あんまりよく聞こえなかったな」

「もう!」

「ごめんって」


 はははといたずらっぽく笑うノアに、開き直ってあれこれと試合の感想を伝える。ノアがかっこよかったことはもちろん、オードリーやケイトもすごかったことや白熱した試合に興奮したことなど……しゃべりすぎて、あっという間に時間が経ってしまった。

 そんな私にノアは「また見に来てくれたら嬉しい」なんて笑っていて。


 私は騎士団に行って良かった、と心の底から思った。




 ***




「パジャマ姿で、僕の部屋で眠ってしまうなんて……エラは僕に襲われたいのかな」


 お風呂上がりでこちらで用意したパジャマ姿のまま、喋り疲れて寝てしまうなんて、僕の婚約者はどこまで可愛いんだろう。


 すやすやと眠るエラに少し触れると、やっぱり手首が目についてしまって。

 幸い跡がついていたりはしなかったけれど、知らない男なんかに触られたのが腹立たしい。

 加えて『胸も……』とエラが言っていたのを思い出してそのはずみで思わず触れそうになるもぐっと堪えた。


 まだ触れない。エラが望まない限りは。


「それでも……このくらいは許してくれるよね」


 僕はエラの細い手首に触れると、そっとキスを落とした。

 一回だけのつもりが何度もしてしまったのは不覚ではあるけれど、それは普段振られ続けている慰め料だと思うことにしよう。


 そう割り切ってから、顔に目線を向けると一緒になって今日の様子が思い起こされる。そうなると、もう破顔するのは止められなくて。


「かっこいいって、思ってくれたんだ……」


 自室で眠りこけている婚約者を前に、僕はそう回想しては照れてしまうのだった。



 もちろん翌朝周りに変に気を使われて、何もなかったのにな、と無駄に心にダメージを負ったのは言うまでもなく……


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