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赤いバラの本数は

 

 2週間の休みも残り2日。いや、正確にはもう夕方だから1日か。明日私は普段過ごす家へと帰宅し、学園に行く。そうしたら聖女としてのお休みも終わり。


 十分体は休められたかと聞かれたらYESかもしれない。だけど気持ちの面では……


 そこまで考えたところで、傍に置いてあった手帳に手を伸ばす。ページを捲って、挟まっている押し花に視線を落とす。

 ノエルからもらった真っ赤なバラだ。なんだか捨てるのは彼にしのびない気がしてこうして押し花にして残したのだ。


 それに、彼によればバラの本数にはしっかり意味があるらしい。今までもらったのは2本。

 私は調べてしまったその意味を咀嚼しながら振り払うように首を横に振った。


「私の婚約者はノア様で、私の好きな方はノア様、なんだから……」


 じゃあ僕は? と脳内のノエルが尋ねてくる。


「違う、違う。たしかにノエルは何度も私を好きだといってくれているけれど! なぜか私の正体も知っているけど!」


 もし、2人とも好きなのだとしたら私はとんだ最低女だ。

 しかし、2人とも金髪で、青い目。どうやら私はこの容姿に弱いらしい。


「いっそ、ノア様がノエルだったらいいのに」





「エラお嬢さま! 今すぐ帰るご準備を!」


 けたたましい音でドアを開け、メイドたちが一斉に荷物を運んでいく。すっかり眠っていた私は「どうして?」とぼやけた視界のまま尋ねる。

 するとメイドは「シャドウが下の町で発生したらしいのです」と説明した。予定を早めて今すぐ帰宅するようだ。


「えっ」と思わず声を上げた。今までシャドウは人が多い城下街を中心に発生していてこんな田舎ではシャドウはなかなか発生しないからだ。


 どうやら、私のお休みは1日早く終わってしまったらしい。


「支度をしてすぐ行くわ。みんなの無事を確認して。もし逃げてきた人がいたら対応していてちょうだい」


 そう指示し、私は部屋のドアを閉める。

 小さな杖を取り出して息を吹きかけた。瞬く間に白いローブが体を覆う。


「久しぶりで体が鈍っていないといいけれど」





 いざ下町へ行ってみれば、Dランクくらいだろうか、そこそこのシャドウがわらわら湧いていた。

 夜に発生しているという点では微妙なところではあるけれどこれくらいなら肩慣らしにちょうどいい。


「エレナ、その姿久しぶりだなあ、新鮮に感じるよ」


 私こそ久しぶりにあなたの声を聞いたわ、なんて軽口も出てこないほどびっくりして振り返る。

 相変わらず澄まし顔のノエルが立っている。余裕たっぷりの顔に、思わず仮面を引き剥がしたくなる。


「本当にこっちに来ていたのね」

「ああ、もちろん。君のことをちゃんとデートに誘わないといけなかったからね」

「あら、一度も誘われてないけれど?」


 一方的に約束していったはずなのに2週間もすっぽかすなんて。こっちはいつノエルがくるのかと気が気じゃなかったのだ。


「嘘でしょ……鈍感過ぎない?」

「え? って、危ないわ!」


 項垂れるノエルの襟を引っ掴んで敵襲を避ける。

 すぐさま私も杖を振るって何体かを浄化する。ノエルも同じくシールド魔法を駆使しながら応戦する。


「僕はしっかり約束を守っていたよ」

「どういうこと? 夢の中とかで誘っていたんじゃなくて?」

「ひどい言われようだな。君の周りに毎日デートに誘ってくる男がいただろ?」


 白魔法を発動しつつ考える。そもそも、この休暇中に私がきちんと会話した男性なんてノアとケイトくらいしかいない。しかもケイトは1日目で帰っている。

 となると、残りは1人しかいない。


「……ノエルは普段の姿でも金髪に青い瞳? いえ、もっと細かく聞くわ。サラサラの金髪に、ブルーベルの瞳だったりする?」

「ブルーベルかあ。その例え素敵だね。普段からそう思ってくれてたってことだ」

「え、うあ、まって、嘘でしょ」


 答えに辿り着いてしまった気がする。信じられないけど、これが真実だと突きつけられているような気分だ。


 いつの間にか、シャドウたちはいなくなっている。

 これで、私はしっかり彼の、そのブルーベルの瞳を見なければいけなくなった。


「もし、私の思い浮かべているひとなら、そのとっても驚くっていうか、意外っていうか」

「意外? どのあたりが?」

「だって普段は敬語で話すし、軽口なんて言わないし、その……私のこと好きってことになるし」


 すると彼は「ああ、なるほど」と呟いてから咳払いをした。


「これで気がつきそうですか?」


 声色も、口調も、全て聴き慣れたものだった。

 逆に、なぜ今まで気がつかなかったのだろう。


 本当なんだ、と今までの言動を思い返し項垂れる。しかし私は普段から彼への言動はあまりいいものではなかったため今更感が強いが。


「待って、いや待ってください。私が聖女でその、あなたが騎士なら私ずっと……」


 この国で国王の次に守られなくてはならない人にずっと守られていたということになる。それに今まで迷惑をかけるからと必死に婚約を解消しようとしていたことも一気に恥ずかしくなる。

 相手は騎士までこなしていたのに。


「ああ、気にしませんよ。愛しい方を守れるんですから、なんの苦にもなりません」


 そう微笑まれ、私は縮こまる一方だ。

 とにかくこの後色々と謝り倒した方がいいということだけはよく分かった。


「で、まさか急にシャドウが出てくるなんて思ってもみなかったものですから、少し焦ったんですが」


 前置きとともに、彼の手から手品のように赤いバラが現れた。ノエルから受け取るバラとしては3本目になる。

 顔が一気に熱くなる。


「その様子だと意味を調べたみたいですね。じゃあ、僕がこれからしようとしていることも分かりますね?」


 1本目はフクロウに括り付けられていたもの。

 意味は、『一目惚れ』。

 2本目は夜の2人きりのお出かけで渡されたもの。

 意味は、『世界には2人しかいない』。


 そして、3本目は……


 目の前でさらさらと魔法が解けていく。つられて私も魔法を解く。ブルーベルの瞳としっかり視線が絡み合う。


「僕はずっと、エラのことを愛しています。どうか、エラも僕の気持ちに応えて……」


 バラを受け取った手を包み込むように握りしめられた。


『愛しています』『告白』。3本目の意味通り。


「……そんな素敵なことされたら、ますます好きになっちゃうじゃないですか」

「それって……」


 言葉の意味を理解したのか、彼は顔をバラの花のように赤くする。


「私も、愛しています。ノア様」


 だめだ、幸せすぎておかしくなる。たぶん私の顔は今バラの花の3倍くらい赤くなっているに違いない。

 目の前のノアは、私の手を取ったまま「よかった、よかったあ」とひどく安堵している。


「まさか、ノア様がノエルだったなんて思いませんでした。……そうだったらいいなあとは思っていたのですが」


 そう微笑めば「待って、これ以上心拍数上げさせないでください」とノアは顔を覆ってしまった。


 未だに信じられない。それほど、ノアとノエルは雰囲気が違う。まあ、根本的な優しいところや正義感の強いところは一緒だけれど。


「聖女が、エラで本当によかったです」

「私こそ、私を守ってくれる騎士様がノア様で嬉しいです。……ただ、守ってもらうのもこれからは申し訳なくなってしまいそうですけれど」


 王子に守ってもらうなんて、まずい。私がそう言うとノアは全く意に介さないらしい。


「聖女を守るのが騎士の務めですから。それに先ほども言いましたが、愛する女性を守りたいだけなのでエラは大人しく僕に守られていてください」

「まあ、私は私でノア様のことお守りするので!」

「うん、伝わってなさそうですね」


 ノアは呆れたように笑って、顔をぐいと近寄せた。

 あっという間に唇が重なっていて、私は目を見開いたまま硬直した。


「僕の愛情の重さはこんなものじゃないので、覚悟しておいてくださいね?」


 そうにやっと笑う顔はどことなくノエルの雰囲気を感じさせる。ていうか、愛情の重さって何、一体どのくらいなの!?


「さあて、こんなところで話しているわけにもいかないので帰りましょうか」


 硬直したままの私を抱き抱え、ノアはすたすたと歩き出す。にこにこ笑顔を浮かべるノアに私はほんの少しだけ自分の心臓を案じたのだった。


次回最終回です!

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