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一か八か

 

 ――え? ヨシュアがノエル、なの?


 私はただ呆けた顔でヨシュアを見ることしかできないでいた。金色の髪に青い瞳……たしかに彼がノエルならここ数日護衛に来れなかったのも当然だ。むしろ、辻褄は合う。


「本当に? あなたが、ノエルだっていうの?」

「ああ、そうだよ。ずっと、君が誰なのか探していたんだ」


 ヨシュアは私を真っ直ぐに見て、手を取る。

 ノエルがヨシュアだということは、彼が私を好いているということになる。いつかの告白された場面を思い返して、目の前のヨシュアに投影する。


「好きだ、愛してる。誰よりもあなたのことを愛しているんだ」


 青い瞳と視線が絡まった。瞳に私の顔が映っている。

 迫られて、いつかの告白みたいに愛を告げられているのは変わらない。

 けれど――この瞳が訴える感情はどこかノエルらしくない気がした。


 頬にするりと手が伸びてくる。異様なゾクゾクする感じに私は顔を思いっきり背ける。


「つれないな」なんて言いながら唇が迫ってくる。顔を背け続けてもすぐ顔の向きを戻されてしまう。

 ノエルかもしれない。でも、なんだか不快感ばかりが大きくなっていく。


「待って!」


 思わずそう叫んで、迫っていたヨシュアを押し返していた。ヨシュアは「どうして」と眉尻を下げる。

 私は、一か八か、彼を試すことにした。


「……まだ、よ。ねえ、突然愛を囁いてくれるなんてどうしたの? 私たち、もうとっくに付き合っているじゃないの」


 口調もいつも通り。態度もいつも通り。

 もし、彼が本当にノエルなら「やっといつもの君だ」と言って笑ってくれるはずだし「もう付き合ってたってことでいいの?」なんてふざけてくれるはず。


「でも、初めてお互い正体を明かすものね。そうね……じゃああの時のアレ、覚えてる?」

「アレ?」

「そうアレよ、アレ。2人で約束、しあったじゃない」

「…………ああ、分かるよ。アレ、だよね」


 ヨシュアはそうへらりと笑う。

 彼は……ニセモノだ。疑心が確信に変わる。


「そんな約束してないわ。ねえ、どうしてノエルだなんて嘘をついたの」


 ぴきりとヨシュアの笑顔が固まった。


「……どうして」

「だって、ノエルはそんなに強引じゃないもの」


 もっと、確認を取るように私を見るの。そうは言わないものの含んだ笑みを浮かべる。落胆したように肩を落とすヨシュアを見て少しばかり安堵する。


 けれど、顔を上げたヨシュアの顔はひどく歪んでいた。


「どうして、僕は君を誰より愛しているんだ! 素性を知らないあいつより僕の方がずっとずっといいだろう!?」


 肩を掴まれ揺さぶられる。あまりの勢いに私は声を出せなくなる。しかしヨシュアはおかまいなしに続ける。


「正体を明かしあっていないのに、2人は恋人かもしれないって聞いた時びっくりした。だってあなたは隣国にだって届くくらい有名で美しいひとなんだ。僕はずっとずっとあなたを想っていた!」


 ヨシュアがいうには、彼は私を初めて見て一目惚れしたらしかった。何度も何度も私を見に来ていて、素性をずっと調べていたらしい。


「騎士様のようなひとが好みなら、僕もそれになればいいって思った。青い瞳で生まれたことは幸いだったよ。でも黒髪だったからあなたのために、髪も染めたんだよ!?」


 それで、彼1人だけ金髪だったんだ……そう理解しかなり執着されていると気がついて怖くなる。

 先ほどまで平気だった彼の青い目も一気に恐ろしく思えて私は「ごめんなさい」と声を上げる。


 言ってから、はっとした。ヨシュアを見れば「なんで、どうしてよ」とぶつぶつと言い続けている。


 その体からは、少し黒い煤がに滲み出ていた。


 私は咄嗟に呪文を唱える。

 ヨシュアが一瞬うめいて、それからズルズルと黒い塊がはい出てきた。


「あーあ、ばれちったか」

「…………人語を解してる!?」

「ああ。俺は一応この辺での親玉だからなぁ」


 けけっとそいつは笑った。人語を理解し、喋るシャドウは私も初めて見た。それにこいつは人の形を象っている。息を呑んで、私は杖を構える。


「それにしてもラッキーだったなぁ。最初は嫌われているハゲてるおっさんに憑いてたんだよ。けどこいつの方がもっといい感情を持ってるから利用させてもらった。聖女への愛憎に塗れてる感情なんて滅多にお目にかかれねえからな……そしたらなんと聖女の正体まで分かっちまって! 傑作だこりゃ!」


 甲高い声で笑うシャドウにひたすら恐怖と自分への怒りが込み上げてくる。ずっと近くにいたこいつに、私は気がつくことが出来なかったのだ。それに正体までバレている。最悪だ。


「……今からあなたを倒すわ」

「おおっと、そんなことしてみろ。お前のことがだあい好きなこいつがどうなってもしらねえぞ?」


 シャドウはヨシュアの首に鋭い爪を突き立てる。私は歯を食い縛る。

 しかし、ああは宣言したものの人質もいてなおかつ人も大勢いる王宮での戦闘は不利でしかない。ここで戦うのは良い判断ではない。


 一体、どうしたら――


 ドアが音を立てて勢いよく開く。驚いて見れば、荒く息をするノアとバッチリ目があう。

 ノアは私を見たあと、ちらりとシャドウに目を向けた。睨むようにシャドウを見て「なるほど」と呟く。


「エレ……聖女様。助太刀します。僕が惹きつけるので彼を救い出してください」

「分かったわ」


 ノアに耳打ちされ、私は頷いた。


「おお? 王子様が一体どうやって俺を止めるんだ?」

「うーん……逃げるなら今のうちですよ? 閉じ込めようと思うので」


 ノアはそう言いつつ、ドアを閉じた。鍵もして、さらには窓まで閉める。それを見てシャドウは「煤なんだから意味ない」とせせら笑う。

 私はその隙にヨシュアの後ろに回り込む。


「さて、どうでしょうね」


 ノアはにこりと笑って、指を鳴らした。

 その瞬間、煙が立ち込めてくる。分厚い煙幕になったそれに、さすがのシャドウも私たちを視認できなくなったらしかった。私はヨシュアを抱きかかえ、シャドウから距離を取る。


「こっちです、聖女様。僕に捕まって」


 ノアに手を引かれる。煙で視界が悪い中、ノアは部屋を進んでいきそのまま隠し通路のようなものへと入っていく。


 こんなところがあったんだ、と思いつつシャドウを逃してしまったことに罪悪感を覚える。


「どうか、気になさらないで。むしろ、僕たち王宮にいる人々を思ってくれたこと、感謝します」

「い、いえいえ、そんな! 聖女として、不甲斐ないばかりです……」

「いや、君の力だったらすぐに倒せたでしょう? やっぱり優しいんですね。素敵です」


 ノアに褒められ、どんな反応をして良いか分からない。慰め方も、フォローもやっぱり、彼はどこまでも完璧だ。


「……騎士様と2人の方が、良いとか思いました?」


 突拍子もない質問に、思わず驚いた。ノエルのことを思い浮かべて、それからヨシュアがノエルじゃなくてよかったなとほっとしている自分がいることに気がついた。


「そうかも、しれないです。やっぱり、いないと寂しいなとは思いました」

「ふふ、そうですか」

「あ、でもこういう大事な時まで来ないなんて! と怒ってはいますけどね」


 肩をすくめて見せれば、ノアはなぜだかきまり悪そうに笑うのだった。


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