第八十三話 視線
ビルツの背後にある禍々しく輝く火球。
ときおり火柱が踊り、蛇が鎌口をもたげたような印象をうける。
先程のものより危険だ、熱がここまで感じ取れる。
ビルツが手を空に差し出し、火球がゆっくりと動き出したときに、火球から何か小さい2つの物がビルツの目の前に落ちてきた。
ーーその刹那、ビルツは確かにそれを見た。
それは火球の熱にさらされ、ヒビの入った2つの小さな小瓶、シェランさんが手に持っていたものだ。
ストーンバレットで飛ばした小石に紛れさせていた。
それがいま、硬い地面の上にーー
パンッ! パンッ!
突如、渇いた破裂音と共に煙が立ち込める。
同時に私たちは走り出す。
これが私たちの目的、私たちの作戦。
私たちが最初の戦闘を経て、導き出した答えはここからの脱出、逃げること。
武器を構えて戦おうとしたのはフリ、ただの見せかけだ。
ここにいる誰もが欠けることなく、敵を倒すことが出来る確証が見い出せるのであれば“倒した”だろう。
だけど、あの敵は異常だ。
そしてそれを操る男も。
“倒せる”確証など持てるはずがない。
だから、私たちは敵が理性を持った存在であるなら、それを掻き乱し、煙幕で混乱させた上での脱出しようという計画を立てていた。
まさか敵がグールの騎士であるとか、それを操るのがビルツとか思っていなかったが、そこいらへんは成り行きだ。
あとは敵の背後に向かって………
「ーーまずいのぉ」
ダレフさんの声が聞こえた。
その声と同時に敵の姿を見る。
そしてダレフさんが発した言葉の意味はすぐに理解することが出来た。
煙幕が薄い、敵の姿がもう見えようとしている。
そしてその理由も………
火球が煙幕を取り込んでいる。
いや、巻きあげていると言った方が正しい。
焚き火の火の粉が立ちのぼるように、煙幕は火球に向かい、天井に登っている。
煙幕が効かない。
これでは敵をやり過ごして行くのは難しい。
「(トマラナイデ)」
迷いが生じていた。
やり過ごすのは無理だと思い始め、その場に立ち止まろうとしたときに精霊さんの声が聞こえた。
「そのまま進んで下さい」
私は精霊さんの言葉を、みんなに伝える。
そして同時に、精霊さんの言葉とともに伝わってきたことを、私は実行した。
「水よ!」
言葉にマナを乗せ、水の護符を指先から離す。
護符は火球に吸い込まれるように飛んで行く、そして火球の手前で大量の水となった。
その水は火球に吸い込まれていく。
だが、私が期待していた、水によって火球消えるという現象は起こらなかった。
口元に浮かべた笑みが消える。
火球は変わらず坑道を塞ぐようにして、存在しており、ゆっくりと迫ってくる。
変わったことといえば、煙幕とともに取り込んだ水が湯気となって、勢いよく火球の上部から出てくるくらいだ。
不安、それ以上に恐怖を含んだみんなの目が、私に突き刺さった。




