第四十六話 扱い
ビルツの乗った馬車が止まっている。
馬車を引っ張っていた2頭の馬は蹄を休めて、草を喰んでいる。
一見のどかなこの場所……… だがそこは、この街タロンの領主、アビリアムの持つ建物の敷地の中になる。
その建物の内部は奇妙なほど暗く静かだった。
まだ、日は高く登っているはずだが、どの窓も閉め切り分厚いカーテンで覆われている。
そのような館の内部の一室で、領主アビリアムはロウソクが灯った書斎らしき部屋で、ペンを走らせている。
「領主様、ビルツ様が来られました」
扉越しに声がする。
領主アビリアムは何も発しない。
変わらず書類にペンを走らせていたが、書類の最後にサインを書き込むと、そこではじめて口を開いた。
「入れ」
ロウソクの炎が揺れる。
〜〜〜
領主アビリアムは静かに言った。
「……… 聞こう」
「はい、コホッ! 失礼を。グレーターベアはこちら側で、また冒険者ギルドへドワーフ捕縛を取り付けました」
そしてビルツもまた淡々と、静かに報告する。
アビリアムは次の書類にペンを走らせながら、ビルツの報告を聞いていた。
「ふむ、城門は?」
「ご命令通り、北門以外の出入りは禁止とさせました。これは?」
「なに、ドワーフと皆とを会わせてやろうと思うてな。不満が高まっておるようだし丁度良い。それでドワーフが暴れるなら鉱山で暴れてもらおうと思っただけだ。それと」
「……… ?」
「グレーターベアを倒したものが、街の中におるらしいのでな。ご一緒させて頂こうと思う」
「ほう、どのような御人で?」
「わからぬよ。だがこの街、トロンの新しい英雄に良いかも知れぬ」
「わかりました。ところで………」
「なんだ?」
「アビリアム様はなぜ、面倒な事をなさいます。連中には鞭があれば事足りると思われますが?」
ビルツの言葉にアビリアムのペンが止まる。
「ビルツよ。彼らは皆、大事な働き手よ。奴隷のような扱いは許さぬ………」
アビリアムは低い声でビルツを叱責した。
その叱責の内容に少しばかり、眉を上げたが、ビルツは変わらず無表情のままだ。
「申し訳ございませぬ」
ビルツの言葉に焦りのようなものは含んでなかった。
そのビルツにアビリアムは語る。
「奴隷のような扱いは鉱山の生産性を減少させ、労働力の衰退をもたらすのだ。ビルツよ、ワシは一度地獄を見たのだ。ドワーフどもが姿をくらましたあの時、ワシの立てた計画は、完璧だと思われた計画は、脆く崩れ去った」
アビリアムは語るごとに、肩を揺らし、拳に力が入る。
「ワシは自身の計画に殺されそうになった。その計画が頓挫すればワシの命はなかった。ワシは奴隷をかき集め、昼夜を問わず働かせた。だが、それではダメだったのだ。手の打ちようがなく、諦めかけたそのとき、ワシは啓示を受けたのだ」
ここまでに喋ったアビリアムは、すでにビルツに対して語っているようには見えなかった。
だがビルツは我が主を静かに見つめる。
「「愛すべき民は愚かで欲深きものである」胸の内より出でる言葉は、まさに奇跡であった。それでワシは理解したのだ。「扱い」というものを、よいか、ワシが求めるのは「生かさず殺さず」だ。報酬は用意して鼻先にぶら下げろ。さすればよく動いてくれるだろう。ドワーフを与えても、不満を言う者がいれば酒と女をあてがえ」
「それでも聞かぬ者がいれば?」
ビルツは静かに主に問う。
それにはアビリアムは激昂した様子で吠えた。
「決まっておろう! その時は間引きをするのだ! そのような者、害悪にしかなりえん! 病にかかった苗を放置すると、他の苗に影響を及ぼす。この街、いやこの国には必要のないものだ!」
アビリアムの持つペンが軋み、軸が折れインクが飛び散った。
だがそれに気を止めることなくアビリアムは目を見開き、呟くように言った。
「働かぬ者に、生きる資格などない」




