第百話 ポイッ獣
「ヒッ!」
フェンリルを前にビルツは、狼狽える。
それをジッと見つめるフェンリル。
何か、私が噛み付いた腕のところを見つめ考えているようだ。
しばらくしてプイッとばかりに顔を背け、視線を外す。
「深ク カカワリ スギカ………」
フェンリルは、そう呟くように言った。
それを聞いて、何を? どう言う意味か? 疑問に思ったけど、気安くそれを問える相手では無い。
この凶星がどのような行動をするか全くわからない。
このとき、なんとなく………
フェンリルが立ち去ろうとしている雰囲気を、このとき私は感じとっていた。
「わ、我の力を感じ取ったか!? そのまま立ち去るが良い」
それはビルツも同じだったようだ。
気持ち悪いくらいに声高にフェンリルに向かって声を上げる。
フェンリルはまったく気にしてない、歯牙にも掛けないといった感じだった。
「精霊ニ 伝エヨ」
フェンリルの声が聞こえる。
「気安ク コノ地ニ 呼ブデナイ ト」
私には何のことかはわからないけれど、もしかしたら精霊さんが関わっているのかもしれない。
「……… はい」
私はそれを言うのが精一杯だった。
この存在に、言葉に逆らうことなど、出来るはずがない。
出来る者など。
誰も、いないだろう………
「さあ立ち去るが良い! 我に邪魔だてすると許さぬぞ!」
ーーいた。
何だろう、フェンリルを前にするとあの人、ずいぶんと小さく見えてしまう。
グールもいなくなったし、今なら逃げることぐらいは出来そうに思える。
「ウム」
フェンリルの声が心に響く。
また心を読まれた。
私にうなずくいたフェンリルは、顔を煙突の方向に向けると、肢体を沈ませ跳躍の姿勢を見せる。
そしていま、まさに跳躍せんとした時………
「そうだ去るが良い! 我は“神”ぞ! 我が命に従………」
ーー刹那。
私の目の前を巨大な牙を剥き出しにした、獣の怒りが通り過ぎた。
「我ガ 目ノ前デ “神”ヲ 名乗ルカ! 痴レ者メ!」
フェンリルの凄まじい怒りに鉱山が震える。
近くで岩が砕けパラパラと小石が落ちてくる。
「我コソ “神ヲ倒ス者ゾ”!」
だけどそんな事が気にならない程に、私は恐怖から目が離せなかった。
巨大な顎がビルツの肩を捉える。
いや、正確には肩辺りの瘴気にその牙を立てていた。
そして、そのまま頭を振るう。
ズルリとビルツの体から抜け出るように、憎悪と怨恨にまみれた巨大で不気味な顔を形取った魔力の塊が現れる。
「コノ程度ノ“魔”ヲ得タグライデ“神” トハ!」
フェンリルの相貌の目は光り、その周りの空間が歪んでいる。
その怒りでまともに見れない。
「深淵ノ娘ヨ!」
「はっ! はひっ!」
怖くて涙がまた出てくる。
「手ヲ 差シ出スガヨイ!」
「!」
怖い! 怖い! 怖い!
巨大な恐怖を目の前に気を失うことも出来ず。
言われるままに、震える手を差し出す。
何!? 何をされるの!?
顔を背け出来るだけ恐怖から逃れようとする。
「受ケ取ルガヨイ!」
(えっ!?)
「お嬢ちゃん!」
シェランさんの叫び声と同時に、フェンリルはビルツに入っていた憎悪の塊を、私に押し付けたのだった。
ポイッ! と………
サブタイつけ疲れた………