峡谷の神様
イアン・アーガイルは、渓谷の奥地を黙々と進んでいた。
ここは、キャンベル王国の北にある、国レンバー統治国家とリコス皇国の間に位置するヴィントガル峡谷。
森の中を縫うように流れるエメラルドグリーンに輝く清流と無数の滝、心地よい水の音が聞こえる。清流を挟む岩山の中腹には、岩沿いに沿って作られた歩道が途中まで続いていたが、イアンは歩道の無い奥地にまで足を踏み入れていた。
「はぁ、はぁ…」
肩で息をし、手袋をはめた手で額の汗を拭う。紺色の軍服に身を包んだ姿は、美しくいて、どこか儚く孤独で哀愁がある。
イアンは、イザベラの兄である。
細く輝く銀髪に、尖った弓型の顎、整った顔立ちは、妹イザベラによく似ている。ただ違うのは、片方の瞳の色。イアンは、瑠璃色とルビー色のオッドアイだった。ルビー色の瞳は魔力がある。そのせいで、小さい時からイザベラ以外の人々は、イアンを見ると恐怖の顔を向け距離を取った。
イアンは、5年前に古代語の研究のため、リコス皇国にある魔道学院に研究生として留学していた。妹であるイザベラと離れる事に罪悪感はあったが、畏怖の念で見られる屋敷の環境から離れたい気持ちが大きかった。新しい義母や腹違いの妹もいたので、イザベラを1人にしても大丈夫だろうと留学を決めたのだ。
そして留学中、遺跡から発掘され学院に持ってこられた古書に、古代文字で記されたある場所を見つけ、いま目指している。
「この先だろうか?」
イアンは黙々と峡谷を進み、源流に近い辺りに、木々や雑草に埋もれそうな祠を見つけた。
◆◆◆
「じゃじゃ〜ん!はぁい〜♪皆さんこんにちわ!こんばんわ!兎に宿る神のトリヴィアちゃんだよぉ〜♪」
脳天気な明るい声を出す少女は、兎に宿る神トリヴィアと言った。
イアンが祠から召喚した神だ。
ピンク色の髪から生えた白い毛に覆われた耳はピコピコと動いている。トリヴィアは、アクアマリン色の瞳をキラキラさせ、イアンに手を振っている。
「……。お前が、この本に書かれてる願いを叶える精霊か?」
「えぇぇーこの目つきの悪いヤツ、信仰心なぁい!もっとトリヴィアちゃんを崇めてくれないと困るぅ!」
トリヴィアのテンションに、イアンは引き気味だ。
「……。質問に答えろ、トリヴィア。」
「もう、せっかちなんだから!ぷんぷん!」
変な擬音語をつけながらトリヴィアが話す。
「そうよ!トリヴィアちゃんを召喚した者に、力を与える。その代わりに私にも協力してもらうよ。」
「いいだろう。俺の願いを叶えろ、トリヴィア。」
「あなたは何を願うの?」
「俺イアン・アーガイルは、キャンベル王国の破滅を願う。王国を消滅させろ、トリヴィア。」
イアンの願いを聞いて、トリヴィアは、腕をバタバタさせて叫んだ。
「ええっ?!キャンベル王国ってあの女神がいる国?!マジでぇーーームリィーー!」
「はぁ?!どう言うことだ、なんでも願いを叶えるんじゃないのか?」
イアンは、予想外の返事にたじろぐ。
「だってぇぇーあの女神強いし苦手だしぃ。トリヴィアちゃんの力が全盛期まであったら良かったんだけど、まずは力を取り戻さないと無理無理だよ。」
イアンは、ため息をつく。
「はぁ…どうやったら力を取り戻せるんだ?」
「えっとぉ、沢山信仰される神になって魂を集めるのが、地上の神の仕事なんだけど、より多くの生き物に信仰されることで、神の力が上がるのね。あっこれは世界の秘密ね♪ 他の人に喋っちゃだめだよー♪」
軽い感じで世界の秘密を告げるトレヴィア。
「トレヴィアちゃんには、今信仰されてないから力がないんだよ。」
と、トレヴィアは続けた。
「なるほど、では信仰を集めればいいのだな?」
「そう。と言ってもいきなりそんな存在になんてなれないよねぇ。」
「信仰が高い者になり変わるか、力を奪えばいい。できるか?」
「イアン、あったま良い〜♪」
「……」
何故かイアンは、頭痛がしてきた。
「神でなく人間なら、魂を抜き取ってなり変わることが出来るよ♪」
「アガサ帝国の王女が、民を惹き付ける魔力があるという。信仰を集めるのにうってつけだろう。」
トレヴィアとイアンは、キャンベル王国滅亡に向けて、計画を立てる。
「ところで信仰がなくなったのは、自分のことをちゃん呼びするからじゃないのか?」
イアンはツッコミを入れる。
「違うよお!千年前はここにも国があって、トレヴィアちゃんも信仰されてたんだよ!ここに祀られてたんだけど、いつの間にかみんないなくなっちゃった…」
何百年も一人で待っていたのだと、悲しそうにトレヴィアは言う。
「そうか…お前も寂しかったんだな。俺と同じだ。」
「祀られてた祠で寝てたら、誰かに封印されちゃったみたい、てへぺろ」
トレヴィアは舌を出し、続けて言う。イアンは、同情した自分に後悔した。




