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011010_シュヴァルツシルト半径【Schwarzschild radius】

 ほむらからの着信を確認した瑠璃川は、元来た道を引き返した。先程と変わらず、多くの乗客で通路は満杯状態だ。




「私としたことが……。自分から言ったのに忘れるなんて」




 瑠璃川は独り言を零しながら通路を進んでいく。


 月見里を着替えさせたらあの部屋に戻れと、指示をしたはずなのに、指示をした側が忘れてしまっては意味が無い。おそらく、あの停電に何らかの形で巻き込まれた筈で、何かの被害を受けているのかもしれない。


 少しばかりの不安をこころに抱えながら、瑠璃川は歩みを進める。








 少しして、瑠璃川は部屋の前まで辿り着いた。ドアを開けるとそこには、ソファに座ってぼーっとしているほむらと、その隣で申し訳なさそうに縮こまっている月見里がいた。


 ほむらがまるで抱き着くような感じで月見里に寄りかかっている様子から、かなり打ち解けたようだ。明るいほむらだが、こういう行動は信頼している相手にしかしない。現に、瑠璃川は一度もそのような行動をされたことは無い。もっとも、あまり行動を共にしないわけで、会話(おしゃべり)さえ稀だ。


 一方の月見里はほむらの行動を迷惑そうにしていた。単純に重いし暑いわけで、同性の場合は不快でしかない。ただ、初対面のころの対応に困っているような感じはなく、どちらかと言うと半ば諦めの感情を抱いているのではとも思った。




「おい、ほむら! 起きろ」




 瑠璃川はほむらの肩を掴みながら大きく揺すって、大きな声をかける。


 大きく揺すり過ぎたせいで、ほむらがソファから大きな音を立てて落下する。その衝撃でほむらは目を覚ました。月見里は突然の出来事に驚き、さらに縮こまった。




「……う、あうぅぅ。あ、みらいちゃん……」


「よくこの状況で寝ていられるわね。どれだけ危機管理能力がないのかしら」




 ほむらは瑠璃川に落とされたという事を知って、床にぶつけたであろう肩を撫でながら涙を浮かべていた。




「月見里さん、何か思い出したことは無い?」


「え……。何も、無いけど……」


「そう……」




 突然、話しかけられたことに月見里は少々たじろぐ。




「ちょっと、気になることが……あってね」


「ん? なんだ」


「なんか私、知らないことを知ってるみたい……。」


「そうそう! よみちゃん、凄い物知りなんだよ」




 月見里とほむらがが言うには、どうやら相当の物知りらしい。確か一度、神楽坂が妄想を繰り広げたときに、瞬時に理解してしまったことに恐怖を覚えたとも言っていた。


 それが偶然の事で、ほむらが誇張しているだけに過ぎない可能性があるが、検証してみる価値はある。





「それなら、少し検証してみようかしら」


「う、うん」


「問題。現行のメートル法の定義は何」


「ええと……。1秒の2億9979万2435分の1の時間に光が真空中を進む距離……かな?」


「なっ……」




 瑠璃川の出した問題は意図も簡単に解かれてしまった。もちろん正解である。


 偶然、その分野が得意だったために、答えることが出来たのかもしれない。瑠璃川はそう割りきって新しい問題を月見里に出した。




「じゃあ、もう一問。質量のある物質を圧縮し続けるとある大きさを境にブラックホールになる。その大きさの半径は?」


「シュ、シュバ……。シュヴァリュツ……。い、言えない……」




 月見里は口を何度も動かして、発音しようとしていたが。上手く言えなかった。


 あえて瑠璃川も得意だったその分野で、あまり知っている人が少ないであろう問題を選んだ。それに発音の難しさも加えて、語学力を測ることが出来る問題だった。


 もちろん、瑠璃川の予想通りだった。




「やっぱり、発音は難しいのね。正解はSchwarzschildシュヴァルツシルト radius(半径)または重力半径」


「瑠璃川さんは発音、上手ですね」


「ええ、別に大したことじゃないわ」




 二つの質問で、月見里が天文分野に詳しいことが良く分かった。天文と言えば高エネルギー反応があったのも、天文台の加速機だった。


 月見里が何らかの関係を持っていることは確実だった。


 とにもかくにも、瑠璃川は会議を優先させなければならない。




「わざわざ来てもらったけど、私はこれからかなり忙しいの。誰かに見つからないように……そうね、今日は私の部屋に泊まること」


「え! みらいちゃん、いいの?」


「あ、あのねぇ……。良いわ。月見里さんと仲良くするのよ」




 自分の部屋と言っても、ホテルの一室だ。普段は人の少なく営業が困難な為に、幾つかの部屋を繋いで、一つの大きい部屋にしてある。


 学校からも本社ビルからも近い位置にあるため、瑠璃川にとっては最高の立地だった。




「……そ、その。パスワードって……」


「ん? あぁ、パスワードね。……どうぞ」




 そう言いながら、瑠璃川が左手を開くとそこには紙……ではなく、バーチャルのカードがあった。部屋番号とパスワードの情報だけがが書かれていて、はたから見るとただのオレンジ色のカードだ。




「来客用セキュリティカードよ。これを部屋の前でドアに翳すと登録した人だけ入れるわ」


「うん! 分かったよ!」


「部屋は……分かるよね」


「大丈夫だよ。このほむらに任せて!」




 明るい笑顔と元気な声でほむらが返事をする。


 瑠璃川はその様子を見て、部屋を後にして走った。すべてが早く終わって、何事も無いようにするために。




「月見里さん、ほむらと似てるね。ほむらも理解しているのかしら」




 コンコンコンと短いピッチで足音が鳴り響き、廊下中に木霊する。足は何度も地を蹴って、腕は何度も風を切る。


 瑠璃川は流れるように、軽く走っていた。

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