011001_早歩き【Brisk walking】
『天空回廊』で時間を潰した瑠璃川は、少し駆け足気味の早歩きで駅の方に向かって行く。景色などを見る余裕もなく急いでいた。
あまりにも時間を無駄にしすぎたと思って、瑠璃川は少しばかり後悔した。三上がなぜ、あんなに遠回しに物事を述べようとしていたのか、まったくを持って意味不明だった。しかし、それで本来のすべき事が見えてきた気がしたのでそこまで後悔はしていない。
「待ってよ! 私を置いてかないでー」
「何を言っているのかしら。私はこれから会議なの。あなたには関係ないでしょう?」
会議と言っても、ただ同じ部屋にいるだけ、話を聞いているだけで、参加はするが参画はしない。現状の事態に対する緊急の会議と言われても、暇つぶしにもならない時間の浪費だ。浪費をするより、一人でも多く問題解決に努めるべきだと瑠璃川は思っていた。まして無関係な民間人を巻き込む訳にはいかない。それに民間人は邪魔なだけである。
「あなたは民間人。あなたの様な足手まといには私に纏わり付かないで欲しいのだけれど」
「民間人? 誰の事かしら。一応私も三上グループの一員だし、何より技術者よ技術者!」
三上の言い分に嫌気が差したのか、瑠璃川は歩くペースを上げて三上を置いて行こうとした。
「今日の会議に三上グループは関係ないし、それに何よ技術者って」
「いいじゃない。何だって」
意味がわからない。瑠璃川はそう思った。三上が呑気なことを言っている間にも、刻々と次なるサイバー攻撃が迫っている。さらに人命も懸かっている今の状況からして、とても不謹慎だ。
事情を知らない一般人なら仕方のないことだが、三上は事情を知っていた。なぜこんなにも私の邪魔をしたがるのか、意味不明だった。
「三上さん。あなたは先程から一体何がしたいの? 目的が全く見えない上に、何処から二人が意識不明という事を知ったのかしら」
瑠璃川は一度立ち止まって三上に言った。急に止まったせいか、三上は瑠璃川に向かって前のめりに倒れそうになった。
「……っと、ごめんごめん。何だって良いって言ったけど、あれは嘘。私も会議に呼ばれたのよ。その時に二人の事を知ったの」
「なら、それを早く言いなさいよ!」
「えへへ」
再び、瑠璃川は早歩きで進んで行く。瑠璃川の早歩きのペースが、三上と比較にならないほど速いのか。それとも三上のペースが比較にならないほど遅いのか。
どちらであるかは分からないが、三上がある程度離されると駆け足で瑠璃川と並ぶのを繰り返していた。そして走る度に長い髪が揺れるが、瑠璃川は全く動かなかった。
それほど迄に、瑠璃川の早歩きは洗練されていた。体の軸が全く変化せず、体の高さも変化しない。必要最小限のエネルギーで、ただ前に進んでいる。
「遅いわね三上さん。あなたは常に走っていた方が楽だと思うのだけれど」
「私……。ちょっと体力には自信がない……かな」
結局、三上がジョギングをするまでもなく、駅に着いた。駅と言っても駅ビルの三階に直結している。そしてそのまま真っ直ぐ、自由通路を通って行けば、『UNITY』の本社ビルだ。
ビルなんて名前がついているが、実際のところほとんどが地下にあって、地上には法律上に必要な部分と採光塔が建っている。
「流石にここは歩いて行くべきね」
「そうね、私もこの人ごみの中を走っていく自信は無いわ」
目の前にはとてもたくさんの人が行き来をしていた。先の停電で幾つかの電車が足止めを食らったために、駅には再開を待つ乗客があふれていた。再開されてもその人混みは減らずに、今もこうして残っている。
「不思議ね。二年前より多いように感じるわ」
「そりゃぁ、そうでしょ。二年前はこんなターミナル駅なんて、この街になかったじゃない。それにあのときは人が移動できた。目的地じゃないけど、何回も移動していたから駅にいる人はそこまで多くなかったわね」
「あぁ、確かにそうだけれど……」
人混みを縫って、二人は通路を通って駅の反対側に向かう。駅の反対側に着けばすぐに本社ビルだ。
「ねぇ、この際だから聞いちゃうけど、『UNITY』って何の略?」
「ん? 『United Networking and Information Technology for You』の略よ。連合したネットワークと情報技術の民間提供会社。昔の他社競争型から一社強化型への変化のイメージ、とか言っているけど私はどうかと思う」
「なんか、強引につけたって感じ……。国連でも真似たのかしら」
プラットホームの上に架かる通路を渡り切って、ビルの入り口についていた。入り口には一般人には入れないように、幾つもの検査がされている。入館証のレベルによって検査の量は変わっていく。
瑠璃川の検査は0回。対して三上は12種24回。
「なんで、こんなに検査を受けないとならないのよ!!」
「仕方ないでしょ、規則なんだから。我慢しなさい」
「ねぇねぇ、瑠璃川さん。どうか私の検査を軽くしてくださいお願いいたします」
三上はそういって瑠璃川の足元に土下座した。超が付くお金持ちの家の令嬢が土下座をしている。瑠璃川はそのことに驚いたが、検査を軽くするつもりはない。
「あなたの場合は軽くなるより、むしろ重くなるはずなのよ。産業スパイではなく一般招待客と同じ扱いに感謝しなさい」
「むぅ……。わたしと三上グループを一緒にしないでよ!」
「100年も前の……財閥と言ったかしら、そのシステムと同じようなグループでしょう?」
「……」
瑠璃川がそう言うと、三上は黙り込んでしまった。もちろん土下座のままで。
「土下座しても無駄よ? いい加減……っておい! 足に抱き着くな! 気持ち悪い!」
「ねぇ、いいでしょ?」
駄々を捏ね、頬擦りをして足にぴったりと密着する三上を、瑠璃川は何とかして払いのける。そして座ったままの三上を引き摺って、ビルのゲートを潜った。
「ほら! 早く立ちなさい!」
「……ぅぅう。わ、分かったよぉ」
ちょうど三上が立ち上がって瑠璃川が引き摺るのを止めた時、瑠璃川の正面にパネルが出現する。
どうやら、ほむらからの電話のようだ。数分前にも不在着信があったようで、隅の方に小さく表示されている。
「あれ、ほむらんから電話? 珍しいわね、出ないの?」
「いや……。悪いけど先に行って貰えるかしら。ちょっと急用を思い出したから……」
「ちょっと、置いてかないでよ!」
仕方がないので瑠璃川は三上を置き去りにして、ほむらが居るであろう所に向かう。目指すはあの部屋。
恐らく、月見里も居るであろうから、三上について来られると困る訳で、長い長い検査で待って貰う。
「大丈夫よ。しっかり検査を受けてきなさい。空港の保安検査の比じゃないわ」
「そんな……。本当に置いてくのね……」
瑠璃川は床に倒れ込む三上を無視して、来た道を戻って行った。




