『 風の来訪 』
* リペイド国王視点
* リリア(王妃)
隣で寝ているリリアを起こさないように、ベッドから出て
侍女達が着替えを準備している部屋へと静かに移動する。
着替えを済ませ、まだ夜が明けきらぬうちから執務室へと移動する。
一時期よりは、仕事の量が減りはしたが次から次へと問題は起きるものだ。
騎士を連れ、執務室へと向かう途中で
白い小さな鳥が私の傍に降りてくる。
騎士が、追い払おうとするのを止め
手を出すと、私の手に止まりそしてすっと消えた。
「王」
「……」
鳥が消えた瞬間に、頭の中で響いた声はセツナのものだった。
「客が来る。誰も私の部屋へ入れるな」
「どなたが?」
「セツナだ。私以外の者とは会うつもりはないようだ。
王妃が来ても通すな」
「御意」
騎士たちが扉を守るように立ち、その間を通り
執務室へと入った。書類を読むつもりがついつい思考が流される。
こんな時間に、セツナがリペイドへとくる理由がわからない。
リシアからの、転移魔法陣使用の要請も来ていない……。
いったいどうやってくるというのか。
できれば、セツナが私を訪ねてくる理由が
サイラスの加護を取り消すと言った内容ではないことを祈る。
暫くして、絨毯の上に魔法陣が現れ2人の人間が姿を見せた。
1人はセツナ。そしてもう1人はアルトではなく、可愛らしい女性だった。
セツナはすぐに、礼儀作法のお手本かと言えるほどの礼を私に見せる。
その隣にいる女性も、凛とした所作で私に礼をとった。
「セツナ、今まで通りでいい」
口上を述べられるのは好きではない。時間の無駄だ。
「お言葉に甘えさせていただきます」
セツナはそう言って、姿勢を戻した。女性はまだ腰を折ったままだ。
「そちらの女性も、楽にするといい」
私の言葉で、スッと姿勢を元へと戻す。
セツナ同様、洗練されているところを見ると上流階級の人間か。
「セツナの妻か?」
思いついたことを口にすると、彼女のほうが少し驚いた表情を作り
セツナはと言えば、軽く笑い否定した。
「違います」
「そうか、用件を聞こう」
私は、座っていた椅子から立ち上がり
ソファーへと移動して座る。セツナ達にも座るように促し座らせた。
「このような時間に申し訳ありません」
「いや、いつもこの時間に起きているからな。
知っていて、使いの鳥をよこしたのだろう?」
「はい」
「そちらの女性は?」
「彼女は、シエルと言います。
リシアの総帥……こちらの国で言えば、国王といった感じになりますが
その補佐……。いえ、宰相と同等の地位で働いていた人です」
セツナの紹介に、彼女は綺麗に頭を下げた。
私は少し目を見張り彼女を見る。リシアと言えば、大国とほぼ変わらないぐらいの
力を持つ国の1つだ……。その国の宰相。そんな人物がなぜ。
「理由がありまして、彼女はしばらく国を離れることになりました。
しかし、南の大陸はリシアの情報を手に入れようと躍起なんです。
なので、他国で危険におびえながら生活するよりは安心して
生活できそうな、リペイドを紹介したのですが。
彼女の立場が、立場だったので国王様の許可が頂きたかった」
彼女を匿えという事か……。
だが、リシアと事を構えるとなるとリペイドにとっては不利益にしかならない。
セツナに限って、そのような大事の問題をこちらに持ってくることはないと思うが
確認は必要だろう。
「ずいぶん、私を買ってくれているようだが
私をそこまで信用してもいいのかな? 私も国の王だ。
彼女が持っている情報を、私が欲しないという保証はない。
それに、彼女が我らの国の情報を流さないという保証もない。
リシアの王が、各国に通達をだし探すように求められれば
私は、この国を守るために彼女を差し出す」
「情報はともかく、リシアの王が通達を出すことはありません。
彼女の居場所を教えるつもりはありませんが、通達を出させるようなことは
僕がさせません」
セツナは、リシアの王とも面識があるという事か……。
ここまで言い切るという事は、それなりに発言できる関係を築いているようだ。
ここで断れば……彼女を別の国に連れていくのだろう。
それは避けたいところだな。他国とセツナの関係を強くするようなことは避けたい。
色々と思考を巡らせ、リペイドにとってどう動くのがいいかを考える。
「国王様、彼女を城に匿ってほしいわけではありません」
「どういう意味だ」
「彼女が、この国で生活する許可を頂きたい。
彼女は思うところがあって、自分から国を出てきたのですが
彼女を慕う人間が、彼女を探し連れ戻すのを避けたいと思っています」
私が腑に落ちない顔をしていると、セツナが言葉をつづける。
「僕がこっそり連れてきて、街に住まわせてもよかったのですが
万が一、彼女の素性がわかってしまった時
あらぬ疑いをかけられることを避けたかった」
「……」
「僕からのお願いは2つ。
この国に滞在する許可と
彼女の事をギルドに問い合わせない。これだけです」
「セツナもこの国に住むのか?」
「いえ、僕はハルに戻ります」
「彼女を一人残していくのか」
「はい。ノリスさんとエリーさんのところで
雇ってもらえないか、交渉するつもりではありますが」
「私としては、簡単に頷くことはできない」
「断ってもらっても構いません。
次の国をあたりますから」
「私の口が滑るかもしれないな」
「そういう事もありますよね。
けど、次はもうありませんからいいと思いますよ?」
ギルドに告げれば関係を切るか……。
本当なのか嘘なのか……セツナの表情は本当に読みにくい。
「私が、彼女から情報を引き出そうとするかもしれないが?」
「彼女の知りえることを、彼女の意思で話すのであれば
僕は口を挟むことはありません」
「彼女の意思とは、関係なしに機密を手に入れる方法はある」
「無理ですよ。どれほど拷問にかけようが
リシアの機密は、彼女自身も話せないようになっている。
リシアの情報が外に漏れないのは、話せないように深く魔法で
縛られているからです」
「そこまでするのか……」
「なので、リシアの人間は拷問を受ける前に死を選びます。
彼女も、一瞬で命を落とすことができるように体に魔法が
組み込まれている」
そこまで徹底した、情報管理に鳥肌が立つ。
多分これは、真実だろう。
「それに、意図的に彼女を苦しめ
情報を引き出そうとした場合。僕もそれに見合った報復を考えますよ。
国王様に限って、ありえないとは思っていますけどね。
僕はその辺りは、国王様を信用している」
そう言ってセツナは、綺麗に笑うが
眼鏡の奥の瞳は、一切笑っていなかった。
これも真実。彼女を国の利の為に傷つけると
手ひどい報復をくらいそうだ。痛めつけるつもりは最初からないが。
彼女はといえば、傍で拷問にかけるかもしれないと
告げているにもかかわらず、表情をかえずに
ただ黙って私達の腹の探り合いを見ている。
セツナも、彼女も一筋縄ではいかない人間か。
元々こちらの分が悪い。サイラスの加護は未だ戻らず
セツナが冒険者であるという事から、彼はこの国に縛られない。
弱みもなければ、こちらに固執する必要もないのだ。
気に入らなければ、関係を切るそれだけの繋がりだ。
今この繋がりがあるのは、セツナがある程度私達を信用し
私もセツナ達を信用しているからだろう。
その繋がりは、強いものでもあるし弱いものでもある。
私の行動1つで、強くもなり弱くもなるのだから難しいものだ。
それに彼は、竜騎士の契約者。
帝国にでも与されたら、我々はどうあがいても勝てない。
彼の持つ力も、この国には必要だ。リシアと敵対しなくていいのであれば
この先、リシアと何らかの関係を築いていくことができるかもしれない。
きっかけを作る機会もあるかもしれないな……。
こちらから情報提供を求め、彼女が答える分については
セツナは干渉しないらしいから、リシアの技術の一部でも手に入れることができれば
民の生活が少し向上するかもしれない。
彼女に監視はつける必要はあるが、話を聞く限り
利点のほうが多そうだ。セツナの話を信じるのであれば……。
今更の話か……。
彼を信じていなければ、私はもう水辺に居たはずだ。
あれこれと考えながら、深く溜息を吐き出す。
王とは本当に面倒なものだ。これが個人なら
まわりくどい話などせずに受け入れるものを。
張りぼての王である私には、何とも堅苦しく面倒なことだ。
「セツナ……腹の探り合いはやめだ。
時間の無駄だ。単刀直入に聞く、彼女が国に住めない理由を話せ」
「やめるんですか?」
この男は……。
眼鏡をかけているからか、どことなく冷たい印象を抱かせながら
楽しそうに口角をあげていた。
彼女が国を出た理由は、簡単に彼女が語った。
魔力を使えなくなったことが原因だと言っていたが、本来の理由は
もっと別のところにあるのだろう。セツナに視線だけで問う。
「彼女の名前も違いますし、姿も違います。ないとは思いますが
何らかの形で巻き込まれそうになったときは、知らないで通してください」
こちらの逃げ道を確保しているということらしい。
だから、これ以上は聞くなという事か。
彼女の話から見えた事は、彼女が自国を嫌ってこの国に来たわけではないことはわかった。
彼女の会話の端々に見え隠れする、国を思う気持ち。
国を裏切ったわけでもなさそうだ。
これほど、自分の国を愛しながらなぜ国を出ることになったのか
知りたいところだが、口を割ることはあるまい……。
「なぜ魔力が使えなくなった?」
私の問いに、罪悪感を瞳に浮かべ自嘲しながら彼女が告げたのは
一言だけ。自業自得だと。そして彼女は口を閉じた。
「それが本来の理由だとは思わないが……。
とりあえず、それで納得することにしよう」
これ以上は何も語らないだろう。
私は、シエルから視線を外しセツナを見る。
「彼女がギルドと繋がり、こちらの情報を洩らした場合はどうする」
「国王様は、どうされたいですか?」
「私に決めろというのか?」
「ええ」
「……」
「セツナ……」
ここで初めて、彼女が表情を変える。
「僕は、シエルさんを信用していますから」
真直ぐに私を見るセツナに、私は苦笑を浮かべる。
セツナと彼女の間にあるものは見えない糸。
その糸に私を絡めるか否か……。瞬刻考え、結論を出す。
「なら、必要ないだろう」
「後悔しませんか?」
「ああ、そうなった時は
私が愚かだったという事だ」
私の返事に、セツナが呆れたように「危ない橋を渡るんですね」と告げる。
誰の仕業だと言いたい。セツナが彼女の枷にならないように
話を持っていきたかったのだとは分かるが、あれほど真直ぐに彼女を
信用していると言われてしまえば、他に選択肢がないではないか。
彼女を利用して、セツナを縛ることもできるが
その鎖を簡単に切ってしまえることは、予想がつく。
ならば……。
「彼女がこの国にいる限り、この国が危うくなれば
セツナは、何らかの形で手を出すだろうからな」
セツナは何も答えはしなかったが、その顔は楽しそうに笑っていた。
この国の為には動かなくても、セツナは彼女の為ならば動く。
どのような形で、手を出すかはわからないが……。
それは、私達の助けにもなるはずだ。この関係が続いていればの話だが。
今のところは専用契約も結んでいる。この距離で付き合っていければいいだろう。
「この辺りで、借りを返しておかないとな」
返しようがないほど、沢山の借りがあるが……。
それも今更な話だろう。
「好きに暮らすといい。私からの支援は必要か?」
「いえ、何もいりません」
「本当に、挨拶だけしに来たのか?」
「ええ」
「律儀なことだな」
「含むところはいろいろありますけどね」
「ああ」
余計な手出しはしなくてもいいが
彼女が危険に陥った場合、連絡をよこせという事だろう。
「この国で何をする」
「遊学みたいなものだと考えていただければ」
「リペイドから、リシアのハルに遊学するのはわかるが
ハルから、リペイドに来ても学ぶことなどないだろう」
「他国でしか学べないことも、沢山あります」
「それはそうだが」
「彼女には、息抜きが必要なんです」
「……そうか」
チラリと彼女を見ると、確かに線が細い。
色々と悩んだあげくに、国を後にしたのだろう。
「ノリス達の所へ身を寄せるとなると
王妃が茶会に呼ぶだろう、セツナからの紹介と聞くと
好奇心を刺激されて、質問攻めにあうと思うが……。
適当に答えるといい。不敬罪には問わない。
ただ、私の質問には嘘はつくな。答えたくなければ
答えたくないと言えばいい。嘘でなければ、どのような返答でも
不敬罪には問わない」
私の言葉に、彼女は真剣な表情で「はい」と返事をした。
「リシアの国と勝手は違うと思うが
楽しんで生活するといい。困ったことがあれば私を頼ればいいが
全てに手を貸せるわけではない。そして、君が原因でリシアと問題が
起こった場合、私は君ではなくリペイドをとるだろう」
彼女は、深く頷きそしてぽつりと言葉を落とす。
「本物と偽物の違い……は大きいですね」
彼女のつぶやきに、セツナが苦笑し「本物も偽物もありませんよ」と答えている。
私が、黙ってみていると彼女が淡く笑った。
「王が国を守るという言葉の重み。
私は、その事を知っているだけだった。
セツナに手を貸すことを望んでいながら、この国の事を考え簡単には
手を伸ばすことのできないもどかしさに、苦しんでおられた……。
本当の王というのは、その苦しみに耐える人の事を言うのだと。
国の為に、民の為に……。心を砕く人間を王というのでしょうね」
真直ぐに私を見つめ、凛とした空気の中に彼女の真実を見る。
彼女の纏う空気ががらりと変わる。彼女が纏うものは……。
国を知り、治めているものだけが持つ独特のものだ……。
「……おい、国の王を連れてきてどうする」
私の言葉に、セツナも彼女も表情を変えることはせず
首をかしげる。
「白を切るな」
「国王様が、何を言われているのか僕にはわかりません」
「彼女が持つ空気は、私と同じものだ」
「まぁ、そう感じても強ち間違ってはいませんけどね。
彼女は王の影を務めることができる人ですから。
それにリシアの王は、男性ですよ。ご存知でしょう?」
「ああ、そうだったな」
面識はないが、リシアの王の性別と名前ぐらいは知っている。
だが、どこか腑に落ちない。落ちないが、今は諦めるしかないだろう。
しかし……王の影、王と同じ仕事ができる人材か……。
有能な人材は、喉から手が出るほど欲しい。
彼女は、この国を裏切ることはできても
セツナを裏切ることはできないだろう。
セツナが彼女の、心の枷となっているからには
この国の情報が、ギルドに流れることはない。
国への引き抜きは、暫く様子を見て
彼女を知ってから……。あとで影に……。
どちらにしろ、ノリス達と行動を共にするなら影からの報告は入るだろう。
私が思考を巡らせていると、セツナが水を差した。
「国王様、彼女はいつかハルへと帰します。
国に引き抜こうなどと考えないでくださいね?」
「口説くのは自由だろ?」
「頷くとは思えませんが、強要しないのであれば
いくらでも口説いてください。王妃様の嫉妬を買わない程度に」
「意味が違うだろう」
「僕は王妃様に告げ口しますよ。
若い娘に入れ込んでいると」
「おい……」
「冗談です」
「……」
いや、今のは冗談ではないはずだ。
私達の軽口に、シエルは少し表情を崩し笑う。
その様子は、年頃の少女に見える。先ほどの空気はもう消えていた。
「ああ、そうだ。
彼女にサイラスを近づけないでください。
護衛が必要な時は、サイラス以外でお願いします」
「あれが一番強いが?」
「サイラスからの手紙に、女を紹介しろと書かれてありまして。
僕は、彼女をサイラスに紹介するために連れてきたわけではありません。
フフフ……」
「……」
「……」
セツナの目が恐ろしく冷えている。
セツナの隣のシエルも、セツナを見て怯えているようだ。
「もし、サイラスが彼女に手を出した場合
僕は、あれを処分します」
「……」
「……」
私とシエルの視線が重なる。
今の言葉は本気ですよね? と問われているようだ。
私は、静かに頷いて返した。
「セツナ、色恋ごとに関しては
私は何もできないと思うが」
「サイラス以外なら、彼女が誰を伴侶に決めようが何も言いません。
恋愛は自由意志ですから。だけど、僕はサイラスだけは認めません」
「……」
「……」
なぜそこまで……。
「子供に、あのような書物を渡す変態に
大切な友人を近づけたくありませんから」
彼の怒りは本当に深いらしい。理解できるだけに
サイラスを庇う事はない。
「わかった。私からサイラスを近づけることはしない」
「よろしくお願いします」
サイラスの加護を、そろそろ戻してほしいと頼むつもりだったのだが
これでは無理だろうな。
「そろそろ、ノリスさん達が活動する時間なので
僕達は、下がらせていただきます」
「ああ、わかった。
そうだセツナ、あの時計は素晴らしいものだな。
礼を言う」
「どういたしまして。僕も心からの感謝を……」
それ以上何も告げることなく
セツナと彼女が、来た時と同様綺麗に礼をしてから
転移魔法で、消える。
本物の王か……。
本物の王ならば、こんな危うい交渉はしまい。
冒険者でしかない人間と、裏切らないという前提での取引。
帝国の王などは、鼻で笑って馬鹿にするだろうな。
まぁいい。この国を帝国にするつもりはない。
色々と不安要素はあるが、この風をうまく掴まえ
国の発展に持っていけるように心砕くとしよう。
新しい風の訪れに、心が騒めく様な気配を感じながら
この国によき風が運ばれるよう、心の中で神に祈りをささげた。
読んでいただきありがとうございました。





